できるだけごまかさないで考えてみる

さまざまなことを「流さずに」考えてみよう。"slow-thinking"から"steady-thinking"へ

そして今日も、今年も筑紫哲也ビーム炸裂

2004-12-23 03:20:25 | Weblog
※ 冬期・直前講習にすでに突入しているため、短文&書き殴り型の文章がおそらく1月末まで続くことをご容赦頂きたい。その代わりなるべく毎日更新をめざすぅううううううううううう!ホテルにもPC持っていって投稿するぞぉ!(もうすぐホテルに軟禁されることになる) 

 さて。今日は帰宅途中から聞き始めた(通勤中は、携帯用ラジオを使ってよくテレビを聞いている)「news23 年末大争論スペシャル」について。筑紫哲也が田原総一朗、桜井よしこ、鳥越俊太郎と4人で、今年のさまざまな出来事について「争論」する、というもの。

 社民党&共産党の代弁者として「まず権力批判ありき」で今年もがんばってきた筑紫哲也であったが、今日のスペシャルも、まさに今年の筑紫哲也のしめくくりにふさわしかった。最も象徴的だったのは、「自己責任論」について。以下覚えている範囲で再現。

筑紫:「(イラク人質事件などについて)自己責任とは当たり前のことで、それをことさら強調するというのはいかにもインチキくさい。」

田原:「自己責任とは当たり前のことなのだが、その声があまりにも強かったことに対して、マスコミが反論できなかったところがまずかった。」

桜井:「人質の家族の『じゃあ兄弟が殺されてもいいんですか!』などの発言に対して、国民が反応した結果ではないか。」

田原or鳥越:「そういう場面を繰り返して流したテレビにも責任はあるんじゃないか。」

筑紫:「テレビの問題もありますが、『まずお上には従え』という国民の意識が問題じゃないか。では次の話題へ」


 オイオイ。話がテレビの責任の話になるとすぐに話題を変えるんかい。そもそも、切り出しである「自己責任とは当たり前のことで、それを強調するのはインチキくさい」という発言自体が全く論理的でない。その文脈における「自己責任」とは何なのかをはっきりさせずに、要するに自己責任論自体を「インチキくさい」とレッテルを貼ることが目的のような言葉の使い方である。これが権力批判というのであれば、新橋の立ち飲み屋で酔っぱらって叫んでいるオッサンたちと語り合う方がまだはるかに建設的である。

 なぜ彼らに対して「自己責任」という言葉がたたきつけられたのか。それは、危険とわかっている場所に、何ら対策もせずに、さらに言うなれば

「僕たちは『いいこと』をしているんだから、きっとみんなわかってくれるよ=僕たちは危険な目に遭わないよ」

と思われても仕方がないような判断レベルで、イラクに入ったからである。例えば専門家でさえ判断が微妙である劣化ウラン弾の影響について、高校を出たての一少年(今井君)が、ひとりでイラクを流浪したところで何の学問的な調査もできはしない。「イラクの人たちのためになりたいから」という理由でボランティアをしても(高遠君)、あれだけ国内治安が悪い状態であれば、残念ながら「焼け石に水」状態である。その中で強引に自分だけボランティアをするというのは、自分をナイチンゲールか誰かに投影しているだけの「自己満足」にひたることしかしていないと言われても仕方ない。そもそも何をボランティアでしてきたのか?

http://www.asyura2.com/0403/war51/msg/186.html

北海道新聞の記事を見つけた。『高遠さんは現在、シンナーなどの薬物を常習する「ストリートチルドレン」を救うため、薬や食事、冬服を届けている』(2003年12月17日の記事の時点で)とのこと。一人で薬や食事、冬服を届けるって…どのくらいできるのだろうか?それは公平に、平等にできるのだろうか?

さらにこんなページも。
http://xyyz.hp.infoseek.co.jp/kouen_iraq.html#jump1

どの情報を信じるべきかは微妙だが、ざっと見ても、危険な場所に行っていることを自覚し、対策を立てているような様子はうかがえない。

 郡司カメラマンは不運だったかも知れない。今井&高遠ペアに会っていなければ、あんな事件に巻き込まれなかっただろう。しかし、彼も、常に死と隣り合わせであることに対し、どれだけの覚悟があったのか…当時の報道を見ても見いだせないのだ。

 つまり、イラク人質事件における「自己責任論」とは、「あんな危険な地域に行った」ことを問題視しているのではなく、「そんないい加減な姿勢で行っておいて、助けてもらうときだけ一人前かい!」という点を(無意識にでも)問題視した国民が発した言葉だったと私は思う。少なくとも私はそうであった。

 話を元に戻すが、自己責任論ひとつとっても、これだけ細かい議論ができるのに、時間だか何かの都合があるのだろうが、「当たり前のことを強調するのはインチキくさい」という論理で全てを一言で流してしまう。こういう言動こそ「インチキくさ」くなくて何であろうか。私が彼に対して最も嫌悪する点は、このように、自分がうまく主張できない部分に対する執着のなさ(おそらく意図的なのだろうが)なのである。

 放送時間の制約があるのであれば、途中に入っていた下らないコントを削れば良い。面白くも何ともない政治風刺(と彼らは思っているだけで、何も伝わらない)コントを、無名芸人がクソのように垂れ流す時間があるのなら、少なくとも「自己責任」の言葉の意味くらい、文脈から明確に定義すべきであっただろう。

 さらに、これだけ穴だらけの筑紫哲也の発言に対し、残りの3人も何の気兼ねがあるのか、普段の切れ味をほとんど見せずに時間だけが過ぎた。この点もきわめて不可解である。筑紫哲也とガチンコでぶつかった方が、視聴率もはるかに上がるだろうに、一体なぜなのだろうか。


 結局長くなったので今日はこのくらいに。一つ見つかった新しいテーマは、「ボランティアは絶対善なのか」である。ご意見があったら頂戴したい。急に寒くなったのでみなさんご自愛を。
キーワード
自己責任論 イラク人質事件 焼け石に水 ナイチンゲール 北海道新聞 劣化ウラン弾 立ち飲み屋 桜井よしこ 田原総一朗 鳥越俊太郎
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