できるだけごまかさないで考えてみる

さまざまなことを「流さずに」考えてみよう。"slow-thinking"から"steady-thinking"へ

また宮川光治、おまえか!

2012-02-22 16:56:19 | Weblog

今日は忙しいのでさらに短く。

月曜日の、光市母子殺害事件の最高裁の最終判決はこれ。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120220164838.pdf

で、日の丸・君が代裁判と同じように、宮川光治裁判官が「反対意見」をつけている。

反対意見をつけること自体は何らおかしいとは思わない。ロジカルである限り、傾聴に値するものだと思っている。

 

しかしである。部分抜粋する。

 

 裁判官宮川光治の反対意見は,次のとおりである。

(中略)

3 もっとも,原判決が指摘しているとおり,少年法51条1項は,死刑適用の可否につき18歳未満か以上かという形式的基準を設けているのであり,精神的成熟度及び可塑性の要件を求めていないのであるから,精神的成熟度が不十分であるからといって少年法51条1項を準用し死刑の選択を回避すべきであるということには直ちにならない。しかしながら,「少年司法運営に関する国連最低基準規則(北京ルールズ)」(1985年)は,少年保護の基本理念に基づいて,「死刑は,少年が行ったどのような犯罪に対しても,これを科してはならない」としているのであり(17条2項。「少年」とは,各国の法制度の下で犯罪のゆえに成人とは異なる仕方で扱われることのある児童もしくは青少年である。2条2項(a)),留保的表現がなく,およそ,少年について死刑の選択は許さないという考えが明瞭である。18歳以上の少年に死刑を認める少年法51条1項は,この趣旨に合わない。もっとも,上記北京ルールズは,国連総会で採択された決議にすぎず,法的拘束力はない。北京ルールズ自らも「この規則の実施は,各加盟国の経済的,社会的・文化的条件に応じて進められなければならない」(1条5項)としている。我が国は,指導理念としてこれを尊重し,実現に向けて努力すべきものであり,少なくとも,少年法51条1項は死刑をできる限り回避する方向で適用されなければならないと思われる。(ここまで)

 

・・・「指導理念としてこれを尊重し」なければならない根拠がどこにもない。宮川自身が、この「北京ルールズ」に法的拘束力がないことも、各加盟国の経済的、社会的、文化的条件に応じて進めなければならない」としていることを引用までしているにもかかわらず、

 

>我が国は,指導理念としてこれを尊重し,実現に向けて努力すべきものであり,

 

と主張するからには、「ではなぜ、努力すべきなのか」についての「追加の根拠説明」が必要である。これは冷静に、論文として添削しても、こう言わざるを得ない。

 

>少なくとも,少年法51条1項は死刑をできる限り回避する方向で適用されなければならないと思われる。

 

したがって、この主張も、その前段を根拠にしていると推測する限りは、成立しない。

 

この裁判官は、弁護士出身らしいが、こういう、論理的に言っても全く成立しない主張を組み立てている点から言っても、主張の方向性に関係なく、最高裁の判事としての適格性は著しく低いと言わざるを得ない。

 

少なくとも、宮川光治裁判官に関しては、次の裁判官判事国民審査では×をつけるべきだ。

 

 

 

 

ジャンル:
社会
キーワード
法的拘束力 光市母子殺害事件
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