できるだけごまかさないで考えてみる

さまざまなことを「流さずに」考えてみよう。"slow-thinking"から"steady-thinking"へ

最高裁までこじれつつ、「あの時代」まで…(笑)<国旗・国家の「義務化」は違法!の判決

2006-09-22 04:30:08 | Weblog

 …今日は早く寝たかったのにこんなネタが…。

国旗・国歌で起立・斉唱強制、都教委通達は違憲…地裁(読売 06.09.21)

 東京都教育委員会が、入学式や卒業式で教職員が国旗に向かって起立し国歌斉唱するよう通達したのに対し、都立学校の教職員ら401人が都と都教委を相手取り、通達に従う義務がないことの確認や損害賠償を求めた訴訟の判決が21日、東京地裁であった。

 難波孝一裁判長は、「通達や都教委の指導は、思想・良心の自由を保障した憲法に違反する」との違憲判断を示し、教職員に起立や国歌斉唱の義務はなく、処分もできないとする判決を言い渡した。また、慰謝料として1人当たり3万円の賠償を都に命じた。

 都側は控訴する方針。

 判決によると、都教委は2003年10月23日、都立学校の各校長に対し、入学式や卒業式などで国旗の掲揚と国歌の斉唱を適正に実施し、教職員が校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問うとする通達を出した。

 この通達後、式典で起立などをしなかったことを理由に、延べ345人の教職員が懲戒処分を受けた。

 判決はまず、日の丸」や「君が代」について、「明治時代から終戦まで、皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられ、国旗、国歌と規定された現在でも、国民の間で中立的な価値が認められたとは言えない」と判断。「教職員に一律に、国歌斉唱などの義務を課すことは、思想・良心の自由の制約になる」と述べた。

 その上で、判決は、〈1〉通達は各学校の裁量を認める余地がない一義的な内容になっている〈2〉都教委は、職務命令に違反した教職員に対し、違反回数に応じて減給や停職などの懲戒処分を行っている――ことなどから、「通達や都教委の指導は、教育の自主性を侵害する上、一方的な理論や観念を生徒に教え込むよう教職員に強制するに等しい」と述べ、教育基本法や憲法に違反すると結論付けた。

 また、不起立などを理由にした処分についても、「都教委の裁量権の乱用にあたる」と述べた。

 一方で、判決は、国旗掲揚や国歌斉唱について、「生徒が日本人としての自覚を養い、将来、国際社会で信頼されるために、国旗国歌を尊重する態度を育てることは重要で、式典で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることは有意義」と認め、「教職員は国旗掲揚、国歌斉唱に関する指導を行う義務を負い、妨害行為や生徒に起立などの拒否をあおることは許されない」とした。

 ただ、教職員個人が起立を拒否しても、「式典の妨害や国旗国歌を尊重する態度を育てる教育目標を阻害するおそれはない」とし、「懲戒処分をしてまで強制するのは、少数者の思想良心の自由を侵害する行き過ぎた措置」と述べた。

 この通達後に懲戒処分を受けた教職員のうち、延べ287人が処分の取り消しを求めて、都人事委員会に審査請求している。

 中村正彦・都教育長の話「判決内容を詳細に確認して、今後の対応を検討していきたい」

 ◆尾山弁護団長「画期的な判決」◆

 判決後、原告と弁護団は東京・霞が関の弁護士会館で報告集会を行った。

 尾山宏弁護団長が「精神的自由にかかわる判決としては画期的で、教育のあり方が問われる裁判として最も優れたものの一つだ」と報告すると、原告や支持者ら約400人が拍手で応じた。

 原告の一人で、入学式と卒業式で起立せず戒告などの処分を受けた都立高校教諭、川村佐和さん(48)は「東京の高校は自由にものが言えない状態になっている。判決は明るい未来を見せてくれた」と話した。

 

 教育改革を掲げる安倍政権下では、教育基本法の改正にからみ、この問題も主要な論点の一つになるかも知れない。まぁなろうがなるまいが、一審で難波孝一裁判長が憲法判断に踏み込んでいる以上、主に憲法判断が必要な審理を行うとされている最高裁まで、敗訴した側が上告していくのだろう。そこまで先を読み、「一石を投じた」という意識で彼は判決を下したのだろうと思う。それ以上の裁判官の心理については、私ごときにはわかるはずもない。

 今日、私がこれに関連してアーカイブしておきたいことは、岩波『判例基本六法』に載っている、憲法一九条「思想・良心の自由」に関するこの判例である。有斐閣の「法律学小辞典」でも「参照せよ」と出てくるくらいに有名な判例だ。時間がないので今日はこれだけやっておく。

 

日本国憲法 第19条 思想および良心の自由は、これを侵してはならない。

最高裁大法廷判決 昭和31.07.04(岩波の要約による)

民法723条にいう名誉回復処分として、加害者に新聞紙等への謝罪広告の掲載を命ずることは、それが単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するにとどまる限り、加害者に屈辱的もしくは苦役的な労苦を課し、またはその倫理的な意思・良心の自由を侵害するものではないから、強制執行することもできる(反対意見もあり)。

 

  調べてみて良かった。今では普通のこととなっている「謝罪広告の掲載の命令」には、このような法的根拠があったわけね…。

 難波裁判長がこの立場に立って今回の判決を下したとするならば、起立や国歌斉唱の義務化は原告者に「屈辱的もしくは苦役的な労苦を課し、またはその倫理的な意思・良心の自由を侵害している」から「起立や国歌斉唱の義務化は憲法違反である」という判断を下したわけであるし、

 難波裁判長がこの立場に立たずに今回の判決を下したとするならば、この判例にとらわれない新たな「思想および良心の自由が侵されている判断基準」が提示されたということで、

 

 どちらにしても、今後はかなりもめるだろうということが、私ごときにも簡単に予想ができる。例の、首相の靖国参拝の、大阪高裁での「傍論」による違憲判断、などの「反則技」が炸裂しない限りね(苦笑)。

 

 今日はこのくらいにしておくが、

>「日の丸」や「君が代」について、「明治時代から終戦まで、皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられ、国旗、国歌と規定された現在でも、国民の間で中立的な価値が認められたとは言えない」と判断

というのは、いかにも苦しい判断で笑った。このフレーズは、クソガキどもが「先生の言うことを聞かないのも憲法で保障された『思想の自由』だろ!」などという理屈でますます傍若無人になり、各現場で学級崩壊がさらに進むことを防ぐための、必死の「防波堤」となっている。

 逆に言えば、今回の判決は、どういう内容の事柄については『思想の自由』という根拠で守られるべきかということを、「国民の間で中立的な価値が認められているかどうか」という基準で線引きをしたということだ。

 

 …おいおい、また裁判所が、価値の中立性を判断したのかよ?例の大阪高裁の判決と同じ構造じゃねえか(苦笑)。 

 裁判所が法律自身の解釈を行うのは本業であるとして、個々の社会現象の価値判断まで裁判所が行っているという最近の流れ…その根拠は何なの?双方の言い分だけを聞いて、個々の社会現象の価値判断を、裁判所が行っていいということ???

 …news23風に言えば、また「あの時代」を彷彿とされるものがあるな(嘲笑)。 

 

 また後日、別角度から考察してみよう。(ホントか?)

キーワード
良心の自由 思想・良心の自由 思想の自由 教育基本法 日本国憲法 人事委員会 東京都教育委員会 弁護士会館
コメント (0) |  トラックバック (0) |  この記事についてブログを書く
Messenger この記事をはてなブックマークに追加 mixiチェック シェア
« 他者への批判と自... | トップ | 福岡のいじめも問... »

コメント

コメントはありません。

コメントを投稿

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。

あわせて読む