思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

日本に一番必要な政党は、共和党です。民主主義をきちんとするには、共和主義しかありません。

2017-08-05 | 社会思想

 明治維新政府、伊藤博文が中心となってつくった新政府の思想は、吉田松陰から受け継ぐ水戸学のイデオロギーで、天皇を現人神(あらひとがみ)とする国家神道です。

 これは、現代の言葉ではカルトそのもので、それを政府が小学1年生から教育し、さまざまな手法で国民を洗脳したわけです。この国家神道は、靖国思想=国体思想とも呼ばれます。それは、長い武家社会の中で祭祀を司る役割を担ってきた天皇ー皇室を、国家の表舞台に引き出し、長州藩の下級武士たちが自らの日本支配を正当化するためのアイテムとして利用したのです。

 この「明治政府のイデオロギー」をいまに受け継ぐのが、安倍晋三首相であり、「日本会議」に集う人々(篭池夫妻や大阪維新の政治家や安倍首相をはじめ自民党の多数派)であることは、多くの方がご存知の通りです。

 戦後、新憲法ができ、主権者は天皇から国民へと180度変わったわけですが、この「戦前思想」をきちんと清算できずにいるために、いまだに民主政治=自治政治が根付かず、教育も思考力を育てるものとはならず、パターン知(ただの事実学・技術知)の仕込みで、一人ひとりの精神的自立をつくることができません。いつまでも上位下達(忖度)の集団同調主義で、個人の自由と責任に基づく生き方と社会がつくれないのです。

 いま、日本の精神風土をよきものに変えていくためには、日本の伝統を壊して明治がつくった天皇教(=集団同調主義)を改めることが必須ですが、そのために政治に求められるのが共和主義です。

 国家元首をどうするか?それを天皇だとすれば、明治の国家神道(靖国思想=国体思想)に戻ってしまいます。そうではなく、現代の主権を国民とする民主国家にふさわしく、大統領を選び元首とし、政治の実際は首相があたるようにすればよいのです。天皇は、日本の最大旧家=皇室の長として、文化的な行為を自由に行い、国際親善の役目を担うのがよいでしょう。言論や行為の自由も含めて人権を回復することが急務です。

 共和主義とは、市民・国民が市民精神に目覚め、主権在民に基づく自治政治でダイナミックに国をつくっていく基本思想です。

 天皇一家は、徳川家の江戸城ではなく、京都御所に帰り、よき伝統に根差して自由な生活をすること、政治とは関わらずに(国事行為から解放され)、文化を中心とした生活に戻られるのがほんらいの姿で、自然です。
 現実政治は、すべて市民・国民が、シチズンシップに基づき、全責任をもってつくりあげます。それが21世紀の日本に最もふさわしい共和主義です。共和党をつくらないと、日本に明日はありません。

 共和主義の先駆者は、戦前、東大教授を辞め、大原孫三郎がつくった「社会問題研究所」の所長として活躍し、いまの新憲法の骨子をつくり、戦後改組されたNHKの初代会長となった高野岩三郎です。共和国憲法私案もつくっています。

 
武田康弘

 

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