思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

「石原慎太郎くん、いい加減にしなさい。」 11年前半前のBlog再録。

2016-09-18 | 社会批評

以下は、11年6か月前のBlogです。
こういう男に支配されて平気な人は、ただのマゾとしか言えませんね。バカバカしく愚かしい限りです。


怒・「石原慎太郎くん、いい加減にしなさい。」横暴な独善者には退場してもらいましょう!

2005-03-30 | 社会思想

28日夜、NHK「クローズアップ現代」で、東京都教育委員会による「君が代」強制指導の実態と、「日の丸」を壇上の真ん中に飾ることの強制指導の実態とを見ました。

学校の自由も先生の自由も生徒の自由も一切ありません。上からの徹底した強制と締め上げは、見ていて激しい怒りがこみ上げてきました。日本の首都がなぜ隣の独裁国を真似しなければいけないのか!陰湿な暴力を連想させるおぞましい「力」による強制は、許しがたい愚行です。

その権力主義的な発想と態度は、NHKの解説者も憤りを隠せないほどひどいものでした。

居丈高で紋切り型の「横山洋吉」という名の教育長と「賀澤恵二」という名の課長は、「モラル!?として先生、生徒に強制指導する」と息巻いていましたが、モラルが一番欠けているのは、この二人であることは、おそらくこのテレビを見ていた人に共通する認識だろうと思います。

更にたちの悪いのは、この役人たちを後ろで操る石原慎太郎という小心者ゆえにヒステリックによく吠える政治家であることは、言わずもがなでしょう。 「石原くんよ、権力を使って自分のイデオロギーを他者に強制する悪戯はいい加減によしなさい。」と都庁にはメールを出しておきましょう。 そういえば、君は、都知事になるずっと前に、月間「マリンダイビング」誌で、おれは水中銃で魚を撃つのが好きなんだ。撃った魚が第一次世界大戦の複翼機のようにキリキリと旋回しながら堕ちていくのを見るのは快感だ、と言っていましたね。自分がどのくらい民主社会の政治家に不向きかを自覚して、一刻もはやく辞職することを私は勧告したいと思います。

明治天皇賛歌の「君が代」の強制―「天皇制国家主義」の復活は、明仁天皇自身も反対しているはずですが、それを目論んでいるかのごとく、国家主義丸出しの首都東京の「狂育」には背筋が寒くなる思いです。人権無視・人権侵害がこれほど白昼堂々と教育の場で行われている社会を、いったい何と呼んだらよいのでしょうか? 国旗と国歌を「踏み絵」として利用し、モラルという言葉を悪用して思想統制を行う狂気を、ブログ者皆で正していきましょう。石原知事と東京都教育委員会の所業に反対する記事をどんどん広げていこうではありませんか。

もう、35年も前のことですが、私は都立高校3年の時、NHKの「10代ともに」という番組に出て、当時の東京都教育長・小尾虎夫と議論し、だいぶやりこめた記憶がありますが、彼の方がはるかに紳士的な物言いだったなと、思い起こしました。

日本人にいま一番必要なのは、自由です自由に考え、発言し、行動する人がこれほど少ない国は、「先進国」のどこにもありません。自分自身の政治的、思想的な意見を言わない、言えない教育をし続けてきて、今またさらに黙らせようというのは「狂気」以外の何ものでもありません。自由の行き過ぎ?などという笑止な発言をする人がいますが、ワガママや犯罪はあっても、自分の考えをつくり主張し行動する自由な人は、わが国にはごく稀にしかいません。いま日本社会に一番求められることは、自由な個人をどう育てるか?なのです。思想統制をし、国家主義を復活させることではありません。精神的に自立した魅力ある個人の育成こそが急がれるのです。形式主義の古い道徳を持ち出し、鋳型にはめることが「マナー」だという低レベルの思想は、日本を元からダメにしてしまいます日本万歳の国家主義者こそが、私たちの国を貶める最たる人たちなのです。真に自由に自分の頭で考え、行動することのできる人をどう育てるか? 家庭も学校も会社もその課題に真剣に取り組まなくてはならないのです。個人の自由な考えと行動がなければ責任という意識は発生しません。それがいま一番大切な課題です。くれぐれもお間違えのないように。賛成する自由?はどんな独裁社会にもあるのです。民主制社会では、「反対する自由」が保障されなくてはいけないのです。一から勉強し直しなさい。石原くん。

独裁社会以外のどこに、卒業式のやり方を自分の学校で決められない国があるのですか!事細かに政治=行政権力が卒業式のやり方を指導し、従わなければ処分する!何という愚かで、ハレンチな所業でしょうか。こんな独裁権力をどこの誰が都知事や行政マンに与えたというのか!レベルの低い小説家にして独善者が、自民党の国家主義者と徒党を組み、子どもたちと教師たちに手前勝手な命令を下すなどということを、私は都立高校卒業生として、元・生徒会会長として、けっして許すわけにはいきません。なぜ多くの都民がこんな三文文士の言いなりになっているのか?なんとも不可解です。


後日、私が「白樺文学館」創設時に入手した文書=志賀直哉が2月11日の建国記念日制定―紀元節復活に反対した文書をご紹介しましょう。私の手元に生原稿のコピーがありますので。

☆我孫子市「白樺文学館」誕生秘話は、 「白樺文学館創成記」をご覧ください(クリック)


2005.3.29(30日改定) 武田康弘


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