思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

松橋桂子さん追悼     武田康弘さま  小宮多美江   

2017-06-09 | 学芸

以下は、音楽の世界社のホームページに載っている松橋桂子さんの追悼文で、わたしに宛てて書かれたものです。
なお、追悼文を書かれた小宮多美江さん(1931年生まれ)は、すぐれた音楽批評家として知られる方で、多くの著作のある作曲家です。

2017年5月16日 (火)
松橋桂子さん 追悼

武田康弘さま


 先月の末、東京を離れる前に人づてに松橋桂子さんの訃報を聞きました。ここ北杜市甲斐大泉の山の家におりますと、いろいろ思い出されることがありまして、いきなりですが、お便りを差し上げる次第です。

 彼女とは昨年の11月、清瀬保二の「ヴァイオリンとピアノの二楽章」が演奏されるコンサートで出会ったのがさいごでした。そのときは貴方様も聞きにおいでになられたのではないでしょうか。開場まえの列のなかで、彼女が人待ち顔にしていたことも思い出されます。

 今回ネット上に、白樺文学館関係の情報として載せてくださったものを拝見し、あらためて彼女についていろいろ考えております。

 私が彼女と知り合ったのは1960年代のはじめ、当時の社会情勢のなかから生まれた日本音楽舞踊会議という団体ができたときでした。彼女がそれより前に劇団に所属しておられたことなどは知りませんでしたが、ただ、渋谷修という作曲家の看病をしていたなかで結核にかかったということなどは聞いておりました。その渋谷氏が演劇と関係があったのかもしれませんね。

 私自身は、1980年から音楽評論家三人で日本の作曲家の仕事を世に出そうという動き(クリティーク80)をはじめました。それは彼女がすでに手をつけておられた清瀬保二研究と併行する形になりました。同じように友人関係を通して私も柳兼子さんを知りましたが、松橋さんの柳兼子研究はほんとに立派なものと思っています。

 彼女はこの山荘に良くおいでになり、しばらくは一人で過ごしたこともあった気がします。秋には、サルナシという蔓生の植物の実(良いお酒ができます)の収穫に夢中になったものですが、北海道ではそれをコクワといって、山へ入ったときはよくつまんで食べたものだときかされました。この山荘は八ヶ岳の南麓、標高1200メートルのところにあります。ちょうど釧路あたりの山とそっくりだったのでしょう。

 そんなわけで、ここで彼女が過ごしたときの気持ちをしきりに思い出しております。とりとめもない文章ですが、妹さんもまったく存じ上げていないものですから、哀悼の気持ちを共有していただけたらと願ってここに送らせていただきます。

 小宮多美江

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