サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

環境新聞連載:「再生可能エネルギーと地域再生」より、13回目:小田原市の再生可能エネルギーと地域づくり(2)

2017年06月16日 | 低炭素社会・エネルギー

前回は、2011年12月に小田原再生可能エネルギー事業化検討協議会がスタートし、事業内容や事業収支が具体化されたことまでを記した。今回は、ほうとくエネルギー株式会社の設立の動きを紹介する。

 

●2人のコーディネイターによる調整と市民参加

協議会のメンバーからコーディネーターが2名選出された。志澤昌彦氏と鈴木大介氏である。2人のコーディネーターは、環境省の研修に参加し、再生可能エネルギーの現状や先進事例、事業の採算等の基礎的なものを学び、さらに各地の先達との面識を得た 。そして。2人は協議会の検討の際に度々開かれた自主的な打ち合わせにおいて、協議会メンバーの意見を調整し、議論の円滑な運営を促す役割を果たした。こうしたコーディネイターの養成の任命と研修は、環境省「地域主導型再生可能エネルギー事業化検討委託業務」の一環として、実施されたものであるが、そうした工夫が上手く機能した例といえるだろう。

市民参加については、協議会発足当初は、事業化までのスピードを重視する委員から「市民の意見を聴くのは会社を設立してから」という意見もあったが、市長からのリクエストもあって、「市民意見交換会」を設置し、協議会の考えや取り組みを周知し、市民から意見を募った。2012年1月を皮切りに、現地見学会を含めて2013年3月までに5回の市民意見交換会が開催された。ほうとくの設立が迫った2012年10月の意見交換会では「私が応援したい会社」をテーマにしたワークショップを行い、設立趣意書に反映した。

 

●ほうとくエネルギー株式会社の設立

太陽光発電の事業化検討において、市内に市民出資型の再生可能エネルギー事業を行う主体がなく、新たに会社を立ち上げる必要が検討された。地域全体で主体的に取り組み,より市民社会の近くから再エネ事業を推進したいという考え方から、民間の株式会社を設立することとした。また、社会的な意義と市民参加する仕組みとして、市民出資による資金調達を行うこととなった。

2012年12月、ほうとくエネルギー株式会社(以下、ほうとく)が設立された。設立時の資本金は24社の出資3,400万円(2013年11月に増資、38社の出資5,800万円)と、数多くの地場企業が出資したことが、小田原の取組みの特徴である。小田原の企業が支店で、本社での取締役会の承認が得られなかった企業もあったが、小田原市に所在する地場産業から多くの出資を得られた。

ほうとくの運営理念は、「1.将来世代に、より良い環境を残していくために取り組む」、「2.地域社会に貢献できるように取り組む」、「3.地域の志ある市民、事業者が幅広く参加して取り組む」、「4.地域社会に根ざした企業として、透明性の高い経営をする」の4点である。

1については、「地球規模では気候変動問題の有効な緩和策であると同時に、様々な問題点を抱えライフラインを支えるエネルギーとして国民の合意を得ることが難しくなっている原子力発電への依存から脱却し、将来世代が安心して生活を営むことの出来るより良い環境を引き継いでいくために重要である」と趣意書に記された。

2については、「地域における関連産業の発展や新たな雇用の創出、事業で得られた収益の地域への還元などが期待出来ることは当然として、化石燃料の輸入費用として、市外、最終的には国外に流出していた資金を地域内で循環させることが可能となり、地域経済の活性化に資する」という地域経済面と、「公共施設などの拠点に再生可能エネルギーを始めとする分散型のエネルギー設備が導入されれば、災害時等にエネルギーの供給が途絶えた場合にも、最低限の対応が可能となり、地域の防災力の強化にも貢献する」という防災面を記している。

なお、会社の名前には、「小田原電力」も検討されたが、小田原に限定せず、西湘地域も巻き込んでいきたいということから二宮尊徳の「報徳思想」にちなみ、現社名となった。

 

●公共施設屋根貸しソーラー事業と小田原メガソーラー事業

ほうとくが設立され、2つのソーラー発電事業が動き出す。公共施設屋根貸ソーラー事業とメガソーラー事業である。小田原市行政は、このような市民参加型の再エネ事業を支援する条例や支援施策を立ち上げ、側面支援を始める。

公共施設屋根貸ソーラーは、小田原市の太陽光発電屋根貸し事業に参加したもので、2013年度は富水小学校、下曽我小学校、及び曽我みのり館で発電開始(あわせて120kW)、2014年度は町田小学校体育館と酒匂川防災ステーションに設置している。この事業は、本連載の3~5回目に記した長野県飯田市のおひさま進歩エネルギーの例を参考に、検討された。

メガソーラー(984kw)は、志澤氏と市内で山林業を営む辻村百樹氏の出会いから始まった。東日本大震災後、加藤市長の紹介で、山林内に古い水力発電所があることから、志澤氏が辻村氏の山林を来訪した。そのとき、辻村氏は志澤氏に山林内のある土地をみせた。神奈川県の建設残土の受け入れており、埋め立て後は木が植えられ、手入れしてから地主に戻るという土地であった。

その土地を、地産地消エネルギー(メガソーラー)用に使う話がにわかにまとまった。辻村氏は、昔はほぼ100%、エネルギーは山から供給しており、山からのエネルギー供給については従来から考えていたという。また同時期に、辻村氏のもとには、航空写真をもとに、2つのだ企業から、太陽光発電所の設置提案が来ていた。しかし、「中央資本でやると、地元には何も残らないため、小田原にお金が落ちないと意味がない」と判断したのである。

2013年度分の公共施設屋根貸ソーラーとメガソーラーを設置するための資金調達は同時に実施された。2014年1月~8月末まで市民ファンドが募集され、2014年10月にメガソーラー市民発電所は竣工された。市民にファンドを募集(想定利回り2%、8年間元利均等の配当、据置2年間、1口10万円・50口まで)したところ、わずか3カ月で1億円が集まった。出資者は179人、うち半分は県内、さらにその半分は市内の在住者だった。ほうとくの資金調達における連携関係を図2に示す。つなぎ融資をさがみ信用金庫から得ており、市民ファンドは外部機関に委託し、事業のためにアセット会社を別に設けている。こうした仕組みにより、小田原の総力を集めた市民共同発電所が離陸した。

 

次回は、2016年4月からの小売電力全面自由化により開始された、一般住宅に再生可能エネルギーで発電した電気を供給する事業(小田原箱根エネルギーコンソーシアム)等を紹介する。

 

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