プチウツなねこのしっぽ

ありのまま自分を自分で受け止めて、少しずつ表現できるようになりたくて自由に書いて読んでもらえる場を作りました。

自分が一番感じる感情

2017-06-14 21:20:54 | Weblog
今日も、そうだが、一番感じる感情。
みじめな気持ち。
これが私にとって一番のネックでそれを一番感じて、それを受け止めたくなくて、なんとかごまかして、日々やりくりして生活している。
でも、人と会話して、そのみじめさをちょこっと出すと、そこは
まともに受け止めることは普通難しいし、やっぱりそこそこで人をフォローするような受け答えをする。それでも、自分のみじめさをアピールするとフォローに困り、なんとか、フォローした上で話題を変えようとする。
これが普通。
私もやっぱり多分そうなら、そういう反応をするだろう。

めいっぱいタダコネをしてきた友人の私にとって心がダメージを受ける言葉たちに、いつのまにか、、私の心はいっぱいいっぱいになって、ある日小爆発した。
その後も、友人とのやりとりで軌道修正しようとしたが、やはりお互いに人柄や会話のクセが変わるわけではないので、心に溜まった傷が自分の意図ではなく嫌みのように吹き出てしまう。
友人は、期せずして私の心の中の地雷を踏み、私は不意打ちで感情のコントロール不能になってしまう。

また、久しぶりに会った友人との間でも、距離というか、ああ、違う人間なのだと感じた。
当たり前なのだが、お互いが離れたことでより、お互いにそれぞれの人柄に応じて個性的になり、それぞれの価値観の違いがよりはっきりと表れて、感じられるようになった。

私は、相手の価値観に巻き込まれて、自分の正直な気持ちが表現できなくなっていて、その時も小爆発したのだが、今回も、自分の気持ちを押さえ込まないで済むように、必死に自己主張していた自分を感じた。

まったく違う2人だが、似た面がある。

私は、彼女らといて、穏やかな時を過ごすことができるのだろうか?
彼女らは本当に自分を包み隠さず、ストレートに表現してくる。そのストレートさに私はなぜか心が波立つ。
彼女らの潔さ?なのか、過去の充実した日々への嫉妬なのか?

圧倒的に充実した青春を過ごして育った上に立つ、現在の状況に対するみじめさなのか。
私はいつも、その時々に感じるみじめさを隠して、それを感じたくなくて、必死に生活しているので、そこをつかれる感じがするのかなぁ?

今も過去を私と上手に会話してくれる人は、私を上に立たせてくれる人。
私はこのまま、このプライドにしがみついて苦しい気持ちで生きていくしかないのかなぁ?
昔よりずいぶん自分のダメさ加減とみじめさを表現できるようにはなってきたが、まだまだ穏やかではいられず、お互いに疲れてしまう。そのため、苦しい時間になってしまっている気がしている。
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