隠久日記(こもりくにっき)

士やも 空しくあるべき 万代に 語り継ぐべき 名は立てずして  山上憶良

絵画資料

2012年08月19日 | 日々
 今日は、日本の髪型と小袖の資料を大量にスキャンした。スキャナは新旧二台あるが、400回を超えるスキャンとなると、読み取りスピードの違いは大きく、最初は使いやすい場所に設置してある旧型で始めたが、途中から新型を移動して、これに切り替えた。

 所謂、髷を結う浮世絵風の日本髪は、まだ、自分の絵には使えないが、例外的なこともあるだろうし、将来的には不透明なので、江戸時代から現代までの髷もスキャンした。女性が髷を結ったのは古代初期と江戸時代からで、平安時代から桃山期までは、長い髪を垂らしている。絵巻の十二単に髷は見ないし、中世に型の完成した能でも、ほとんど髷は結わず、束ねるくらいだ。

 髪型にしろ着衣にしろ、時代設定をして、その考証をする気はない。現実の空間も時間も自分のテーマではない。でも、日本の伝統にこだわった絵の要素が欲しい。

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美人画家の言葉

2012年08月18日 | 日々


 最近、和柄や小袖について調べることになった発端のひとつに、鏑木清方の随筆がある。

 物を見てただ写しただけの絵の詰らなさは言うまでもないが、・・・・・・・それでいいのなら、私は画家の絵よりも着尺の友禅を採る。(鏑木)

 鏑木の随筆集は面白すぎて、制作時間を損ないかねないと警戒心がいるくらいだが、同じ美人画家の上村松園もけっこう書いている。

 現在ありのまま、物は写実に、はっきりとゆくのが現代でしょう。裸は裸、あらわなものはあらわに、そのままに出すのは、今の世の習わしなんですが、私には、どうもそれが、浅まに見えてなりません。(松園)

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抽象から具象へ

2012年08月17日 | 日々
 小袖の文様について調べていて面白いことに気付いた。小袖が衣装の表舞台に出てきて、その意匠が絶頂の寛文小袖に至る道程は、抽象から具象へと向かうもので、近接で見る個々の構成単位は具象文様であっても、小袖全体が語る形態は、まず最初に抽象ありきであった。そして、江戸時代も後期に入り、長大化する帯に全体の構成を分断され、小袖の文様が衰退期に入ると、今度は具象から縞模様等の抽象へ変わった。

 ヴォーリンゲルの「抽象と感情移入」を思い出したのだ。人類最初の芸術表現は抽象であった。自分の絵が写実・リアリズムであった昔から、彼の主張に対抗できる説得力を持った、まず具象ありきの説を聞くことはなかった。あのモンドリアンの樹木の連作、写実から単純化、抽象へと向かった軌跡が、多くの人の躓きの元だ。そうではなく、自然形態と無関係の純粋な形、例えば円があり、それに人は後から自然界の形を移入し顔となる。

 ヴォーリンゲルの説は、太古の芸術表現の始まりをさしているが、小袖の変容は近世のもので、抽象から具象への意味合いは少し違うが、かけ離れた時代に似たものを見つけて興味を惹かれたのである。

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美人画習作

2012年08月07日 | 日々

 立体表現を抑えると、今度は線の問題が出てきた。カンバス上で線を使った経験がない。

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美人画習作

2012年08月05日 | 日々

 陰影表現を極力抑えるための習作

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