隠久日記(こもりくにっき)

机に向ひて硯をならせど趣向中々にうかばず、いたづらに今日も暮れぬ。

工芸品のように

2012年02月12日 | 日々

 やっと出来上がった下地に油絵具で描いて行く。その下地も一旦隠れてしまうが、油絵具の特性と後処理によって無意味ではなくなる。この辺りの描き方は以前と較べると工芸的である。画家が工芸的と言う場合、多くは否定的な意味で、工芸職人に対する無意識の侮蔑があるのかもしれない。だが、危うさを知った上で、自作に関しては、作品の質を高めるために工芸的である必要がある。

新しい大理石のパレット

2012年02月12日 | 日々

日本画を意識するようになって、油絵具の使い方も変わってきた。混色を控えるようになり、パレットの状態は至ってシンプル。理由は別にあるが、この方が顔料の力が生きて来るだろう。

少しずつ顔が変わる

2012年02月12日 | 日々

 習作で培ったイメージを元に、眉と額付近を中心として表情を微調整していく。美人画ではここが上手くいかないと、制作を先へ進める気持ちがなくなる

四季草花下絵和歌巻

2012年02月11日 | 日々
 小林秀雄の全集は、以前新旧二組持っていたが、引っ越しの際に古い方を処分した。その残った新版の方は、購入直後から何故か著者から心が離れ、紐解くことが少なくなっていた。しかし、プルーストからフローベール、ウルフと翻訳文学への熱中から、日本古典文学へと興味の対象が変化し、それをテーマに「日本の絵画」を描こうとしている今、気になっている小林秀雄の随筆がある。

 「光悦と宗達」、この一文は、若い頃から、現代に生きる画家として問題を突き付けられているようで、忘れられないものだった。しかし、今、読み直してみると、以前よりその問題が増えて見える。

 不当に無視された「古今」「新古今」の形式美は、現代に於ける形式の混乱に、無言の復讐をしてはいないか。形式美は遂に形式美より他のものを現さぬという粗末不遜な考えの極まるところ、僕等は心の美しさも失わざるを得ないのではないか。(小林秀雄)

 アルカイックを、中世美術を、持ち上げていれば「教養人」であると言うような通念から、私は万葉集を見てはいないかと自分を訝って見るべきだ。

 この歌巻の表現しているものは、極まるところ、幸福というものの秘密ではないだろうか。この考えは、光の様に、僕を照らしたが、すぐ消えた。恐らくそれは、僕の不幸を照らし出したが為である。(小林秀雄)

 芸術に限らず、私達は、自由と自己主張を得た引き替えに、幸福を失ってしまったのではないか。小林秀雄はこう続ける。

 幸福は、己れを主張しようともしないし、他人を挑撥しようともしない。言わば無言の智慧であろうが、そういうものも亦大思想であると考える事が、現代では、何んと難しい事になったか。(小林秀雄)

額から眉にかけて

2012年02月10日 | 日々

 「ももしきの 大宮人は 暇あれや 梅をかざして ここに集へる」の部分習作を描く。

素描アーカイブ

2012年02月09日 | 素描アーカイブ(1996年〜)

習作は素早く

2012年02月08日 | 日々

 エスキースを鉛筆で描いていると、そのトーンを作る速度がイメージの展開に追いつかないようで、最近は、水墨調に、黒の透明水彩を、リス毛の水彩筆に着けて一気描きをしている。

 これは、万葉集、梅シリーズの二作目、山上憶良「春されば まづ咲くやどの 梅の花 ひとり見つつや 春日暮らさむ」から構想して描いているところ。

顔の微調整

2012年02月07日 | 日々

 この歌を選んだのは、黒髪を描くと言う観点からで、「梅をかざして」の梅より、かざしている髪に重点がある。下塗りの段階では褐色だが少しずつ黒髪に近付けていくつもりだ。

カンバスに入る

2012年02月06日 | 日々

 「ももしきの 大宮人は 暇あれや 梅をかざして ここに集へる」、まず、顔の部分から決めていく。

紀女郎の心

2012年02月05日 | 日々
 美人画ではない万葉集シリーズを描き始める。手始めは季節柄梅を詠んだ歌、約百首抜き出し、その中から「闇ならば うべも来まさじ 梅の花 咲ける月夜に 出でまさじとや」を選ぶ。
 エスキースを始めると、意識していたわけではないのに、何故か梅の木が女性化してくる。歌を詠んだ作者の気持ちが伝わったのか。絵の色調は月光でもかなり明るくするつもりだ。