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前ブログ・フォーカス27「時空の先」

「悪も善」

2008年03月06日 | 前ブログ フォーカス27「時空の先」
「悪も善を知る必要な要素」


悪を無くそう、

自分の嫌いな部分をなくそう、

でも、これは無理。



悪がなければ、善もない。
悪が存在しなければ善の存在も無くなる。

自分の嫌いな部分も必要な悪。

「自分の嫌いな部分があってこそ、自分の良い部分」

「それも含め素の自分」




「悪も善を知る必要な要素」

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3 コメント

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Unknown (つぼ)
2008-03-06 13:02:40
”清濁あわせもつ”

”きれいな水には魚は住めず”

ですか・・・。

返信する
難しいですね (マギー)
2008-03-06 20:43:51
確かに、善だけの人間はいないですよね。

それでも、私は、近年、大きな悲しみと苦しみを味わった時
自分にこんなに汚い部分があったのか、と
自己嫌悪に陥る事があり、それを昇華するのは中々難しいです。
返信する
コメントありがとう (まっつん)
2008-03-07 10:31:56
コメント有難うございます。

☆つぼさん

そういう意味です。
そっちの方が「ピッタリ」ですね。
少し極論過ぎましたが、
必ず誰にでも悪はあって当たり前。
無くそうと思うのが間違いで、
「認めないといけない」と思います。


☆マギーさん

人間、今まで味わった事のない悲しみや苦しみ等、窮地に立たされた時、
自分でも気付かなかった「部分」を発見する事がありますね。
それが、とても嫌な部分の時、
自己嫌悪にもなると思います。

でも、「発見」出来た事が「新しい進歩」であり、
そういう部分があるという「現実」は変わりようのない事実ですから、
それを、まず認める事が大切だと思うんです。
「それも含め、自分」だと。

そして、仮にそういう部分が無くなったとしても、
また違う嫌な部分(悪)は必ず生まれてくると思うんです。

そういう意味では「悪も必要」なんだと思います。
黒があるから白が分かるというか・・。

「発見」出来たのは「いい事」です。
そういう自分も認めてあげて下さい。
自己嫌悪の必要はないと思います。

私、生意気ですね、すみません。
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