津々堂のたわごと日録

わたしの正論は果たして世の中で通用するのか?

■「つづら林」という地

2017-03-20 09:53:45 | 熊本

 長崎県島原市に高岳山晴雲寺という曹洞宗のお寺がある。このお寺のサイトを見ると、このお寺はもともと熊本にあったことがわかる。

 慶長9年(1604)、肥後之州熊本府葛籠林(つづらばやし)という場所に、肥後城主加藤清正公の家臣荘林隼人なる人物が伯父の晴雲真高居
 士の菩提の為に建立し一峰玄鐵和尚を迎えて開山とした。清正公亡き後、開基家である荘林家も衰退し次第に晴雲寺も貧窮し、寛永4・5年
 頃島原に移り領主松倉重政公より境内地を賜り、玄鐵和尚自ら境内を整地し再興した。

実は最近、荘林隼人のご子孫からご連絡をいただき、55頁にもわたる「御奉公之覚帳」他数点の資料をお送りいただいた。
「先祖附」についてはお持ちではないということで当方からお送りし、又明治三十二年に東京帝国大学附属図書館に納められた「庄林氏由来」についてもお送りする準備をしている。
「御奉公之覚帳」は藩政期の最後の当主曾太郎氏の筆になるもので、初代・二代に関わる記述は詳細ではないが、これは「庄林氏由来」によって補完ができることになる。
上記の「晴雲寺」の件等も大いなる参考となるものである。

さて「肥後國誌」をひも解くが「蔦木ノ森迹」は見えるが「葛籠林」の記述は見当たらない。(ひょっとすると同じか?)
昨日のブログでご紹介した「熊本城下町地図」には「靏ノ林」の書き込みがあり「俗ニツゞラハヤシト云」と記されていた。
ちなみに、つづらばやし(赤尾口の西)から北に500mばかりの地(現・花園5丁目)には「靏ノ茶屋」の書き込みも見える。
共に鶴が飛来する場所であったのだろう。熊本市西区花園支所の近くに「鶴の茶屋」と名付けたアパートがある。
「つづらばやし」にしろ「つるのちゃや」にしろ、古い地名は一般市民には馴染みのないものになっている。 

 

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