津々堂のたわごと日録

わたしの正論は果たして世の中で通用するのか?

■家老職三度

2017-05-16 18:48:24 | 歴史

           

 文久二年家老職を退いた人といえば長岡(米田)是豪である。しかしながら三ヶ月後には復帰している。
二度目の家老職を勤めた時期に(慶応二年七月)第二次長州征討の勅許に基ずく小倉戦争勃発。
藩は戦争回避を図り反対、是豪は派遣を拒否するが入れられず二番手を勤めた。そんな中最も果敢に戦ったのが是豪勢であったと言われる。
署名の名前が初見でありよくわからない。ご存知の方はご教示給わりたい。


   10代・是豪(左馬助・監物・与七郎・波門)
        
安政六年十月遺跡相続、家老職、大組頭 

             安政六年十月~文久ニ閏八月 家老
             文久二年十一月~慶応三年三月 家老
             明治元年二月~明治元年七月 家老

        明治二年九月本姓米田に復、波門のち与七郎と改名
        十一番士隊長 明治五年九月隠居

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ■お安く読む・潮新書「読めれ... | トップ | ■高麗門護札ノ事 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。