津々堂のたわごと日録

わたしの正論は果たして世の中で通用するのか?

築山という家

2005-12-25 10:57:57 | 歴史
 細川の根本家臣を考える時、忘れては成らない家に築山家がある。
細川家との付き合いは古く、細川頼之の時代まで遡っている。
先祖附に詳細な「築山家系」なる系図が添えられているが、頼之の代
に「松笠菱御紋附之御具足拝領」して子孫代々家紋に用いるよう仰せ
があったと伝えている。初代築山保俊の室は頼之庶女高秋院(福)で
ある。五代下った貞俊は、将軍義晴の命を受け沼田上野助とともに、
藤孝誕生前の生母の御附をつとめている。綿考輯録にも詳しいところ
である。貞俊の妻は沼田上野介(光兼)女であり、藤孝とは相婿とい
うことになる。「細川家家臣略歴」では五家の築山家を確認できる。
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2 コメント

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本籍地 (よしこ)
2014-03-08 15:31:08
実家の先祖のことを調べておりましたら、こちらに行き当たりました。弟が初代保俊から数えて20代目だったと記憶しております。4月はじめに仕事ついでに生まれて初めて熊本を訪ねる予定で、本籍地にも行ってみたいと新屋敷町389番地を検索してみましたが、政令指定都市となって住居表示が変わってしまったのか、探せませんでした。新表示の住所、もしおわかりになればお教え頂ければ幸いです。
Unknown (津々堂)
2014-03-08 21:17:41
当方サイトをご覧いただき有難うございます。私の知る所では築山家は細川家の根本家臣の中でも一二を争うお家柄だと考えております。幽齋公400年祭におきましても、いろいろお探ししましたが徒労に終わりました。ご連絡をいただきましたことを有り難く存じます。お申し越しの事につきましては、後日ご連絡を申し上げます。よろしければメールフォームからご連絡いただければ幸甚に存じます。
よろしくお願い申し上げます。

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