津々堂のたわごと日録

わたしの正論は果たして世の中で通用するのか?

■鎌田軍兵衛殿

2017-06-26 06:20:09 | 人物

                                        上質厚紙・指物附、天明6年10月福田軍0045.4cmx31.2cm

 鎌田軍兵衛は「鎌田泰家」の5代目で御鉄炮廿挺頭(千石)である。
先祖は團平八郎、美濃国岩村城主(肥後先哲遺蹟では大垣城主としているが?)で織田信長に仕え明智光秀謀反の折に御供にて討死した。嫡子・市兵衛は福島正則に仕え番頭、市兵衛嫡子・五右衛門は福島正則落去に際し浪人、初代源大夫は五右衛門の三人兄弟の次男である。兄弟三人が豊前で忠利公に召出された。(300石)
初代源大夫については面白い逸話がある。
       忠利君御代、御庭に蘭植させ被成御好被成候て、蘭のこやしにハ月代の毛を蘭の根に置たるか吉と御聞被成、
       御側ニ被居ける衆中へ右之御物語被成、銘々月代剃候ハ其毛を集置候へとそ被仰付ける、何も奉畏けるに、其
       中に鎌田何某とかや申ける御児小姓十三歳成けるか、申上けるハ、私儀ハ御断申上候、何そや士の頭毛をこや
       しに仕候儀ハ何様ニ御座候ても成申間敷とそ申上る、忠利君被聞召、成程其方云分尤也、予あやまりたりと被仰
       けるとそ、此御児小姓成長之後鎌田源大夫と申ける由    綿考輯録巻五十三(忠利公・下p438)

さて指物にある家紋は「釘抜に梃子」、「三幅のふきん」に染められているが「ふきん」とは「布でつくった巾」と解すべきだろう。

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■「おあむ物語」by上妻文庫 その(二)

2017-06-25 16:32:17 | 歴史
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■「おあむ物語」by上妻文庫 その(一)

2017-06-24 14:31:15 | 歴史

 古文書に親しみたいので、テキストとして何か提供していただけないかとのご要望がある。
細川家の藩譜採要なども所持しているからどうだろうかとも思うのだが、量が膨大でそして読み下しが全く進んでいないので、釈文の提供ができない。いろいろあさっていたら、上妻文庫の「おあむ物語」が出てきた。
これならば内容をご存知の方もおられようから、七回ほどに分けてご紹介しようと思う。
釈文は http://www.j-texts.com/kinsei/oan.html をプリントアウトして下さい。
(但し内容が強烈ですから、お気をつけて・・・)

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■加藤清正卒す

2017-06-24 09:23:09 | 歴史

 慶長16(1611)年の今日・6月24日、加藤清正が熊本で亡くなった。
帰国途中船内で発病したとされ、毒饅頭を食したなどと伝えられるが単なる風聞であろう。
前年には京都において「容易ならざる」体調であったことが、時慶卿記にしるされているが、体力の衰弱などが響いたのかもしれない。
一周忌の17年の7月23日、菩提寺の熊本本妙寺では、全山の僧が法華経を一夜にして写経をしたことから、以後「頓写会=とんしゃえ」と称して熊本の夏の風物詩となり、お詣りの参拝客でごったがえす。
昨年は地震の影響で中止されたが、今年は賑わいを見せることであろう。どうぞお出でまっせ。

 

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■松寿庵先生ー242講

2017-06-23 08:33:07 | 史料
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■「蛍丸」復元さる

2017-06-22 10:35:58 | 熊本

          ウイキペディアから

刀身が3尺3寸4分5厘(約100.35cm)もあるという阿蘇惟澄の佩刀とされるこの太刀は、阿蘇神社に伝えられてきたが、戦時中その行方が判らなくなった。
2015年その復元計画(レプリカ)が持ち上がり、今回完成を見て阿蘇神社に奉納された。
メディアが取り上げていた映像を見ると、尋常ならざる大太刀である。
一度は拝見したいものだと思うが、展観されるのだろうか。
阿蘇神社は先の熊本地震で甚大な被害を受けた。こちらの復興がいつになるのか、2022年を目途としているとのことだが・・・

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■「細川家史料」にみる山家藩御家騒動記

2017-06-22 10:09:52 | 論考

この論考は寛永4年12月の末に亡くなった谷衛友の跡目に関わるものである。細川忠興・忠利親子は谷家の遺領相続に大きく関わっている。
衛友の遺言通りの跡目を主張したが、幕府の相入れるところではなかった。砂をかむような思いが残った。
細川家は衛友の息・谷大蔵允を家臣として迎え入れている。
これ等の顛末を「細川家史料」から解明されているが、一時期私も年表を作りながらも途中で頓挫してしまった。
それゆえにこのような論考に出会うと感慨一入である。
         「細川家史料」にみる山家藩御家騒動記

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■ドメイン+レンタルサーバー

2017-06-21 10:09:55 | 徒然

 私のサイト shinshindoh.com のドメイン+レンタルサーバーの更新時期である。同じ会社が取り扱っているのだが微妙に時期がずれている。
請求も一緒には来ないし、メールで来る案内を開くための当方のIDやPWがそれぞれ違っているので、確認が大変である。
契約を一年更新にしているから、一年ごとにPWを記した書類を探すのに大ごとで、去年は地震の直後で良くやったものだなと思う。
ことしもどこかに紛れ込んだファイルをようやく探し出して契約更新を済ませた。
年間5,000円ほどのことだから、三年とか五年契約にしておけば、この様な苦労もしなくて済むし少々は安くもなるのだが、何となく一年契約で約14年を過ごした。クレジット支払い契約をすると、延長契約は自動的に行われるのだが、昔からの習いで振り込み決裁である。
途中何度もPCのトラブルで貴重な資料をなくしてしまったが、サイト内の記事などはサーバーに残っているから、ブログなども資料のメモ代わりになっているきらいもある。つまらぬ私事が時折登場するのは、日記替わりのようなもので、皆様のお目を汚すことになっている。

サイト開設から14年、切よく20年まで頑張ってみたいと思っているが、昨今の体力低下で全く自信がなくなってしまった。
差し当って来年の契約更新まで、くたばらないよう頑張ってみましょう。

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■応仁の乱

2017-06-20 11:25:18 | 書籍・読書

                                               応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書) 

 呉座勇一氏著「応仁の乱」が35万部突破したとか報じられている。
友人から「読んだかい」と聞いてきた。買ったけどまだ忙しくて読んでいないと返事をして、慌ててAmazonで購入した。
それでもなかなか時間が取れず、床の本の山の頂上に鎮座したままであった。
また「どうだった?」と聞かれるとまずいので、昨日一気呵成に読了した。うん・・35万部売れたというのが判るような気がする。
この手の本はなかなか読みずらいものだが、新書とはいえ一晩で読むには読むほうの力よりも本の内容が伴わなければそうはいかない。
本体900円、ご一読をお勧めする。

呉座氏はまだ37歳、今後いろいろ教えを乞うことになると期待が膨らむ。ご活躍を期待する。

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■図書館行き

2017-06-19 19:56:59 | 徒然

 梅雨入り以来雨が降ったのは二日ばかりだったろうか、明日から雨模様となり一週間ばかり降り続くようだ。
熊本県立図書館は明日は休館日とあって、今日は午後から自転車で出かける。
数家分の「有禄士族基本帳」を取得、一部は高瀬藩(新田藩)のものとあって関係資料を調べる。
高瀬藩は「慶応4年3月4日、肥後新田藩は10代藩主利永を始め、藩をあげて江戸を離れ本藩のある肥後高瀬に下った」ものであり、明治3年9月4日、明治4年の廃藩置県を前にして、高瀬藩は本藩に統合された。資料がいたって少ないが、熊本藩の資料として「高瀬藩士代禄帳」が県政史料として残されている。
ところがこれには人名索引がなく、該当人物を探すのに何とも不便な資料である。先祖附も本藩のようにな微細なものではない。

そのうちにPCを持ち込んで自分で作ろうと思っている。

その他、次の史談会の史料を見つけようと、上妻文庫や雑撰録を数冊拝見、都合50数枚をコピーして終了。
そして本は借りずに帰宅。(購入した本がそのまま床に山を作っているから・・・)

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■物知り殿様

2017-06-19 07:33:16 | 徒然

 八代藩主重賢公は熊本版百科事典「雑事紛冗解」をおつくりになるような方だから、いろいろお物知りである。
「遺秉集」抜き書きから
            御馬の動かさる節御差圖之事
        或時御馬を率て参に其御馬ぎすとも動かさる故力を出し聲をかけ■けとも動かず
        兎角其の内御覧遊され霊感(重賢)公ぬかづきを吹け/\と御意有しかとも知ら
        ざれば手を出
すへきよふなく居たりしかは又鼻の穴を吹け/\と御意有鼻の穴を
        ふきけれは何の事
なく参りけり妙なことを知召るヽ殿様なりと咄ける

もし動かない馬を見つけたら、「鼻の穴」に息を吹きかけて上げましょう。????
          

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■尚歯会

2017-06-18 21:31:34 | 歴史

 熊本藩年表稿、安永6年6月18日の項に「竜口邸にて尚歯会を催され、七十才以上の御知音老人を招き、又出入の者、家中の男女七十才以上の者に料理等下さる」とある。
宇野東風著「細川霊感公」に「養老」という項を立てて次のように記されている。

  齢は爵徳のニと共に、天下の達尊也、故に古来聖王賢主、皆老を養ひ給ふ、
  公亦特に耆老を憫み給ひ、町方在方の別なく、奉行所に命じて調書を進達
  せしめ、士農工商の別なく、年歯九十に達するものには、其の品位に従ひ、
  士分以上には目録を添へ、農工商には、金子に酒を添へて賜へり、然して
  此の恩典は、初めは年の六月に下賜せられけれども、六月まで半年を経過
  せむには、或は老木の風を待たぬ例もあれば、其の恩典に漏るヽものあり
  なむとて、遂に改めて正月十一日に下賜せらるることヽなれり、其の他鰥
  寡孤獨の救恤を怠らせ給うことなく、領内無告の民なかりき、
  (尚歯会については)
  嘗て江戸にて尚歯会を催し、七十歳以上の人々を招きて、終日饗宴ありて
  大いに歓楽を盡さしめ、壽字を蒔繪したる杯一個宛、萬歳杯と稱して、引
  出物にせられ、且つ賤者には金子を與へ、當日往復の輿料をも添え給へり、
  又女は同日小君の許に召して、同じく饗宴を賜へりとぞ、

  この尚歯会は御客、筑前・有馬備後守共八人、家臣・成瀬尉内共九人、町人・寺町百庵共五人、雑人・七人、女十九人とある。

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■しなす・・

2017-06-18 13:29:48 | 熊本

 ある本を読んでいたら「迷惑かけ候半ようしなす・・・」とある。「しなす」という言葉は現在ではあまり使われないと思うが、熊本の田舎ではまだ現役で使われている。自分の意思であることに変化をつける状態をいうのだが、例えば「いつもは手入れもままならない頭にパーマでもかけようものなら」、すぐさま「どうか、あーた(貴女)はえらい頭にしにゃーて(しなして)」と言われることになる。
「どうか」も熊本独特の「感心した時,驚いた時,あきれた時などに出る「うわぁ,どうだろうか」と言った感動詞」である。

「しなす」は「為成す・為做す」だが、先にご紹介したお堅い文のように、かって遠く都から伝わったこのような古語が、未だ田舎にこのような砕けた言いようが残っている。古語は時を経て方言として定着している。

 

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■6月例会

2017-06-17 06:57:34 | 熊本史談会

 今日は熊本史談会の6月例会、昨晩は配布資料づくりが就寝前までに及んだ。
私の悪い癖で切羽つまらないとやらないのが原因である。午前中の ■六月十四日・祇園会 が余計だった。
大きな原稿は近所のコンビニまで出かけてコピーを取らなければならない。その40枚程のコピーを切り合わせたり、糊貼りしたり・・・
A4原稿は別に60枚程我が家でコピーをとり、これ等を仕訳したりと大ごと。
それから説明用の原稿や読み下しに関するコピーを準備して、それぞれに目を通す。75爺にはこれらの作業が堪えるようになった。
9時過ぎに終了一段落、ロックで焼酎を一杯、シャワーをして一息つく。
就寝しても忘れ物はないかと考えていると中々眠りにつけない。今朝は少々早めの起床と相成った。
最近はバスを利用して出かけるが、バスの中で再度説明用原稿を読み返すことにしよう。

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■六月十四日・祇園会

2017-06-16 18:25:19 | 史料

 「歳序雑話」という古い記録がある。熊本の歳時記ともいうべきものだが、六月の項の「祇園会」を抜粋してみた。
原文は白文であるが、これが掲載されている「日本都市生活史料集成3ー城下町篇1」では「レ点や一二、送りカナ」が振られている。
それでも中々読むのに難儀するが、チャレンジしてみた。

   (六月)十四日は祇園会也、七日より十三日に至ル、社頭ニ詣デ尊卑於道路ニ支(わか)ルコト竹葦ノ如ク稲麻ニ似タリ、
   一駄橋ノ前後、社壇ニ及マデ茶店ヲ構エ、仮屋ヲ飾リ種々ノ売買ノ珍異、玩弄ノ具物、酒肴ヲ置時果ヲ備エ、来往ノ求ヲ
   俟ツ、又道ノ傍ノ乞食人、声々ニ一銭ヲ求ム、是國初ヨリ河原ノ地ヲ卜(ボク)シ、曾テ世ノ交リ無シ、故ニ寛仁ノ世ニ
   至テモ猶斯ノ如ク乎、往反朝ヨリ暮ニ至リ、暮ヨリ明ニ達ス、夜々月光明々、水色清々、涼風袖ヲ翻ス、故ニ遊舟ニ棹シ、
   坪井ノ流ヲ降リル、一駄橋ノ下ニ至リ、棹ヲ閣(お)キテ往還ノ行粧ヲ見レバ、多々舟中酒ヲ置キ、吟風弄月楽ヲ以テ尽
   ス、亦女童ノ商売ノ遊船傍ニ有リ、倡瞽(しょうこ)ハ淫楽ノ器ヲ鳴シ、淫風ノ歌ヲ謳ウ、種々其ノ求ムルハ一種ニ非ザ
   ル也、陸者ハ舟中ヲ窺ヒ、舟者ハ陸路ヲ仰グ、述ベキ情患耳ヲ忘ル、
   祭日ハ両座ニ於テ申楽ノ能ヲ興行ス、舞台上下ノ桟敷、芝居ノ結構、巨細毫ヲ以テシ難シ、六曹ノ一人上ニ代リテ至リ見
   ル焉士長群臣列ヲ曳キ席ニ著ス、臘次ヲ敢テ乱サズ、其式御所ノ体ト異ル莫シ、楽七番ヲ以テ限ト為ス

難しい熟語があり解しがたいが、喧噪の中の祭りの様子が見事に白文の中に凝縮されている。
ざわめきの中に人々の笑顔が見えるようである。

                    

 かっての祇園社、現在の北岡神社では6月30日「夏越の大祓」の茅の輪くぐりが催される。むかしの賑わいを取り戻したいものだ。

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