新札幌礼拝堂の最新情報 主日礼拝 毎週日曜日 午前11時より

今日の礼拝堂の様子をお届けします。礼拝に来られなかった方たちと、遠くにいる友たちと恵みを分かち合うために。

7月9日「今日の礼拝堂」

2017年07月12日 | 今日の礼拝堂

聖霊降臨後第5主日

「今週の祈り:私たちの造り主、救いの神さま。新しい祭司の群れに入れられた私たちが、誠実にあなたの召しに応え、福音の証し人として、あなたの約束を全世界に告げ知らせる者にならせてください。み子、主イエス・キリストによって祈ります。」

(礼拝堂の花です)

(外出が許可されて2カ月ぶりに礼拝に出席した仮出所のブログ担当者です)

 

 

 〇聖霊降臨後第5主日説教 日笠山吉之牧師(週報掲載説教要旨)マタイ9:35-10:15

「深い憐れみ

 

本日の福音には、イエスさまが選ばれた12人の弟子たちの名前が記されています。筆頭は、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ。次に、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ。彼ら2組の兄弟は、いずれもガリラヤ湖の漁師たちでした。以下、フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ…と続きます。徴税人マタイの召命物語は、先週の日課(9章9〜13節)に出てきたばかりでしたね。イエスさまは、ファリサイ派たちの言い掛かりをものともせずに、律法の上では罪人とされていた徴税人たちと交わり、食事を共にし、そのうちの一人を弟子として選ばれたのでした。12弟子のリストの最後には、イスカリオテのユダの名前もあります。イエスさまを銀貨30枚で祭司長たちに引き渡した当人です。イエスさまはユダが裏切ることを分かった上で、弟子として選ばれたのでしょうか?もちろん、ユダだけではなく他の11人の弟子たちも皆、最後にはイエスさまを見捨てて逃げ去ったのでしたが。こうして見てみると、イエスさまの肝いりで選ばれたわりには、なんだかパッとしない12人です。それでも、イエスさまは彼らを呼び寄せ、汚れた霊に対する権能を授けられました。あまりにも多くの人々が、「飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれていた」からです。弟子たちはまことに欠け多き器でありましたが、それでも宣教の働きのために、イエスさまによって用いられたのです。

私たちも弟子たちと同じ働きに召されています。たとえ信仰弱く、欠け多き者であったとしても…です。なぜなら、人々が疲れ果て、打ちひしがれているという現実は、昔も今も変わらないからです。いくら生活が便利になり、文明や医学が発達し、情報が瞬時に手に出来る時代になろうとも、それで私たちの苦労がすっかりなくなり、あらゆる悩みや思い煩いから解放されるというわけではありません。かえってストレスがたまり、追いつめられ、身も心もより一層打ちひしがれてしまうこともありはしないでしょうか?このような私たちのありのままの姿をご覧になって、イエスさまは今も「深く憐れんで」おられるに違いありません。イエスさまの憐れみとは、単なる同情ではありません。それは、自分の腸がよじれるほどの痛みです。自分の体が十字架に打ち付けられるほどの痛みです。まことの愛ゆえの痛みです。それは、弱い私たちには到底もちえない痛みであり、憐れみであり、愛でしょう。それでも、イエスさまの弟子とされたからには、宣教の働きに召し出されていくのです。然り、私たちもまた主イエスの弟子の一人なのです!そのことを忘れずに、この世に遣わされていきましょう。まことの飼い主をすっかり見失ってしまっているこの世に、すっかり弱り果て打ちひしがれた群れの中に。主イエスから命じられたように、『天の国は近づいた』『平和があるように』という御言葉を携えて。

〇7月16日 午前11時 聖霊降臨後第6主日
〇司式:中島和喜牧師
〇説教:中島和喜牧師
〇奏楽:滝田裕美姉
〇聖書朗読:藏谷俊夫兄
〇礼拝当番:小川照美兄

〇聖書:エレミヤ20:7-13・ローマ6:1-11・マタイ10:16-33
〇讃美歌:170・362(1,2)・362(3-5)・424
〇7月12日(水)14日(金)は中島和喜牧師の在宅日で、オープンチャーチをしています。どなたもお気軽にお立ち寄りください。 
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