札幌のクリスチャン鍼灸師

札幌市中央区山鼻地域、石山通沿い側で、脈診流による経絡治療専門の鍼灸院をしています。

キリスト教教派間の溝

2017-10-31 23:59:59 | キリスト教
今日のキリスト教、特にプロテスタント内の教派間の溝は、地域性や年代によって、少しずつ変わってきているように感じます。
私は1990年代半ばから10年ちょっと、通っていた自分の教会に留まりつつも、聖霊運動に片足突っ込んでいました。
当時の私の印象として、1990年代ぐらいまでは、聖霊派と非聖霊派間に、はっきりした溝が在りました
聖霊派の人達が「非聖霊派」の事を、「福音派」と呼んでいたほどです。
もちろん非聖霊派=福音派ではないのですが、当時私も知らず知らずにその様な意味合いで使っていた事もないでもないです。
それがリバイバルミッションが全盛期の頃、そして聖霊運動の「第三の波」の存在が目立ってきました。
その後は福音派と聖霊派がお互い接近し合ってますが、それらの教派は「逐語霊感説」という聖書解釈で纏まれるのかもしれませんが、やはり当然リベラル派からしてみれば、逐語霊間説は受け入れがたいので、そこにまた溝が出来てしまっているというのが、私の印象です。
数年前札幌で、フランクリン・グラハムを呼んで、超教派で集会が行われました。
決起集会が行われていた頃、うちの教会に関係者がレーナ・マリアを伴ってアピールに来ましたが、自分としては違和感があったし、うちの教会がその集会に曲がりなりにも関わったのに対して、私はかなりの躓きになってしまいました。
2013年10月6日の記事、コメントも含めて参考にしてください。
http://blog.livedoor.jp/shinqroom/archives/52385006.html
この事で、私は8ヶ月ほど教会に行かなかったほどです。
案の定といいますか、うちの教会員がフランクリン・グラハムがどのような人物なのか知らないでその集会に行き、違和感を感じて帰ってきました。
やはり、リベラルな立場とファンダメンタルな立場では、纏まりようがないというのが、私の率直な感覚です。
とはいえ、纏まる事が出来なくても、お互い足の引っ張り合いはすべきではないでしょうね。
カルト化した教会は、また別な話しですが・・・・。
今では私もそれらの違いをそれなりに理解しているので、ファンダメンタルなクリスチャンの人達と議論するつもりもないし、ネット上においても、わざわざそこに出向いていちゃもんをつける事もしません。
リベラルな人達が集う所に、ファンダメンタルな立場の人が現れて議論をしてきたりすれば、当然激しい言い争いにもなるでしょうし、また逆もありです。
それだけに、たまにありますが、私のこのブログに反論するコメントが書き込まれれば、それを排除はしないものの、それ相応に私の立場は表明します。
相手が何時までも反論してきて終わりが見えないようだと、私のブログでなく他でやるよううながしますし、実際そういうこともありました。
立場の違うクリスチャンに対して、普段真面目そうな、女性であれば、普段優しそうな姉妹が、いきなりヒステリックになるなんて事もしばしば見られます。
はなはだしいものになれば、お互い悪魔・サタン呼ばわりです。
意外とその様な人は、自分の信仰に自信が無い、だから人に指摘されると揺らいでしまうのかもしれません。
ヨハネ 21章
21節: ペテロはこの弟子を見て、イエスに言った、「主よ、この人はどうなのですか」。
22節: イエスは彼に言われた、「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか。あなたは、わたしに従ってきなさい」。
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思い起こせば今日はバプテスマ記念日

2017-09-21 19:57:45 | キリスト教
ふと思い起こせば、今日9月21日、1986年のこの日、バプテスマ(洗礼)を受けた事を思い出しました。
あの日は雨模様でその時期にしては気温が低かった様に記憶しています。
バプテスト教会では基本的に「洗礼」とは言わず、「バプテスマ」といい、全身を水に沈める「浸礼」です。
例外は別として、バプテスト教会は額に水を垂らす「滴礼」ではありません。
バプテストリーの水もぬるま湯ではなかっただけに、ちょっと冷たかった様に記憶しています。
その後、一時期は聖霊運動に片足を突っ込んでいた事もありましたが、何とかそのまま今も、札幌バプテスト教会に留まっています。
まぁ、けっこうさぼって、数ヶ月間教会に行かないなんていう事も、しばしばありますけどね。
それに、クリスチャンになったからとて、特別自分の人格が変わったという訳でもないですしね。
元を正せば、10代の頃は、無宗教でした。
実際口先だけの無宗教ではなく、迷信や占い、民間信仰、心霊現象などなど否定してました。
そこがよく見られる口先だけの自称無宗教という人達とは全く違う事を、自信を持って言えます。
という事で、例年ならこの日を思い起こす事なく、日が経ってから思い出すのが殆どでしたが、今日たまたまふと思い出しました。
本来ならバプテスマを決心するまでのいきさつを詳しく書くべきなのかもしれませんが、詳しく書くとなると、何日もかかってしまいそうなので、とりあえず思うままざっと書いてみました。
もし暇でしたら、7月11日に書いた
「私のキリスト教信仰と聖霊運動との関係」
をあわせて読んでいただければ、少しはその事が分かるかと思います。
http://blog.livedoor.jp/shinqroom/archives/52484108.html




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「韓国はなぜキリスト教国になったか」を読みました

2017-08-29 19:02:27 | キリスト教
「韓国はなぜキリスト教国になったか」
鈴木崇巨著
(春秋社 
2012年9月発行)
を読みました。
本の内容の紹介として、

いまや人口の4割近くをキリスト教徒が占める韓国。そうなるまでの過程には、日本が深い関わりを持っている。信仰にもとづく韓国人の精神性と行動の原理を、クリスチャンの視点から解き明かす。

と、ありました。
この著者は、日本基督教団の牧師です。
元々在日大韓基督教会で受洗したという事もあるのか、韓国に重い入りが多い様で、戦前戦中の歴史観がかなり左寄りである事が、どうも私には引っかかりました。
まぁ、歴史観もいろいろな角度から見る方向が変われば違ってくる事は、よく私も言っている事ですし、まして私としても、日本が朝鮮半島を支配していた事を、美化するつもりはないですけどね。
その点五階無くお願いします。
それでも、韓国のキリスト教史を知る意味では、私としても有意義な本でした。
また、近年では韓国がキリスト教国である事を、もっと一般に認識されるべきという事は、そのとおりだとも思いました。
ただ、不祥事牧師の事を無批判に取り上げている事には、どうも納得出来ないという事が、私の正直な思いです。
確かに、チョ・ヨンギの存在を無くして韓国のキリスト教会を語られない存在なのかもしれませんが(P143)、
前にも取り上げた様に、東日本大震災に対して「神様の警告」という発言は、非難されて当然です。
http://blog.livedoor.jp/shinqroom/archives/52384796.html
また、有罪判決も確定してます。
http://maranatha.exblog.jp/25805753/
その他、以前から不倫・重婚のスキャンダルも言われていますし、神学的問題も指摘されてもいます。
http://maranatha.exblog.jp/21438898/
2012年に出版されていただけに、有罪判決はその後の事だけに、まぁしかたがないにしても、最低限この様な事を付け加えてチョ・ヨンギを取り上げるのであれば問題ないかと思いますが、一言も触れられていません。
また、刑事裁判では無罪だったものの、セクハラ・パワハラなどで民事では敗訴となっている、日本在住の韓国人牧師、ビュン・ジェイチャンの書籍も引用しています。(P167)
もちろんそれらのスキャンダルについては全く触れられていません。
http://mordecai.jp/
その他、韓国教会に対する日本の教会側からの批判、勧告教会の異端問題に関しても、もっと取り上げるべきだと、私は感じました。
他にも思うところがありましたが、これらが印象的な事です。
いずれにしても韓国教会を持ち上げ過ぎ、それがこの本に対する率直な私の感想です。
最後に一応付け加えておきますが、私としても韓国の日本に対する政治姿勢に対しては批判的な思いもありますが、韓国人全てが反日ではなく、親日の韓国人もいる事を知っています。
また、韓国キリスト教会の全てを否定するものでもありません。
その事も書きたいのですが、長くなるのでまたそれは別の機会にします。




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私はクリスチャン 日曜日に教会に行く事よりも鍼灸の勉強会を優先

2017-07-22 15:25:51 | キリスト教
今年の2月12日に
「私はクリスチャン 聖書を読む暇があるぐらいなら」
http://blog.livedoor.jp/shinqroom/archives/52464212.html
として書きました。
それに関連してです。
表向き熱心なクリスチャンにありがちな話として、
自分はクリスチャンで日曜日教会に行かなければならないから、仕事よりも教会を優先する、はなはだしいものになると、日曜日にクリスチャンは教会に行くべきで、仕事をしてはならないなどと、的外れな事を言う人がいたりします。
あそこでも書きましたが、
鍼灸氏としてやらなければならない事を疎かにしてまで、自分の信仰に対して自己満足する事はしないという事です。
たとえれば、仕事など、社会人としてやらなければならない事を無視して教会に行く、それが日曜日だったとしても、仕事より教会を優先して同僚や取引先に迷惑をかけるとしたら、本末転倒です。
これは極端なたとえかもしれませんが、私にとっては似たような感覚です。
鍼灸の勉強会は、日曜日に行われる事が殆どです。
それだけに日曜日に教会を優先するのではなく、私が2013年から札幌支部の支部長を努める、脈診流による経絡治療による鍼灸の研究団体である、東洋はり医学会の例会などの研究会活動、その他の勉強会を優先して、積極的に参加するという事です。
だからこそ今私は、鍼灸師として経絡治療かとして、この様にいられる訳です。
そもそも、もしもキリスト教人工が100パーセントの地域で、日曜日に働いている人がいなくなれば、社会の機能は止まってしまうし、日曜日働いている人達がいるからこそ、われわれらクリスチャンもその様な人達に日曜日お世話にもなるという事です。
ものの本によると、古代イスラエルの安息日、ユダヤ教では土曜日ですが、今日ででいう労働基準法で定休日が保障されていたという事らしいです。
神も七日目には休んだのだから、われわれ人間も七日目を定休日として休みなさいという様な、意味合いだった様です。
新約聖書
マタイによる福音書 12:8
人の子は安息日の主である」。
マルコによる福音書 2:27
また彼らに言われた、「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない。
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私のキリスト教信仰と聖霊運動との関係

2017-07-11 17:06:03 | キリスト教
私は1986年に今の日本バプテスト連盟所属の教会に行き、そこでバプテスマを受けました。
多くの場合、たまたま行った教会が○○派だったという事が多いかと思いますが、私の場合はそれなりに教派についても素人なりに調べて、いろいろな教会に行ってみて自分に合った教会を選ぼうとしました。
それほど多くの教会に行かずに、今の教会にたどりついたというところではありましたが、意味もなく「あれもだめ・これもだめ」という教会は避けてました。
というのは、英会話目的ではありましたが、それ以前にモルモンに2年近く行ってました。
日曜日は数えるぐらいしか行きませんでしたが、今の教会を選んだのは、少なかれモルモンでの影響が大きかったかと思います。
あと、科学を否定する様な教えには抵抗がありました。
たとえば、進化論などです。
進化論を肯定したままではクリスチャンでいられないという事であれば、たとえキリスト教に関心を持っていても、少なくとも教会に通う事はまずなかったかと思います。
で、それなりに他教派の事を意識していたわけで、クリスチャンになってからも、異端も含めて、他教派の事も調べる様になりました。
そして聖霊運動に関心を持ち、1990年代半ばから10年ほど、今の自分の教会に留まりつつ、聖霊派の人達と接触する様になりました。
それだけに、私が聖霊派の人達と接触している事に対して、自分の教会内に、それを良く思わない人もいた事も事実です。
ただ、前にも少し触れましたが、
http://blog.livedoor.jp/shinqroom/archives/52384274.html
カルロス・アナコンディアの集会で危険な体験をするなどして、聖霊運動の悪い面も知る様になり、行き過ぎた聖霊運動に対して批判的になりました。
とはいえ、うちの教会ではというと、当時はリバイバルミッションが全盛期で、また教会成長論も言われていただけに、まずは1998年の特別伝道集会で、同じ日本バプテスト連盟所属ではありますが、聖霊派の浜崎栄一牧師を招きました。
次の年は、大和カルバリーチャペルの大川従道牧師を招いたりもしました。
大川牧師に対しては、役員会でも賛否が分かれた様です。
私としては聖霊運動に関心を持っていただけに、うちの教会も大きく変わるのだろうかと期待したものでしたが、基本的にはそう変わらなかったというところです。
そして正直なところ、私としても、近年の大川牧師の言動に対しては批判的に見てます。
その後うちの教会に赴任した前主任牧師は、うちの教会からの招聘状を受け取った時、伝道集会で大川牧師を招いた事を知って、札幌バプテスト教会はその様な教会なのかという事で、躓いたなどと冗談紛れに言ってました。(笑)
そういう事で、基本的にうちの教会は、聖霊運動に対しては否定的です。
社会運動に対しては、札幌キリスト教連合会に所属している教会は、リベラルから福音派・聖霊派まで在りますが、積極的に関わっているのはリベラルな教会だと言えるし、うちの今の主任牧師が委員長です。
https://sapporo-kirisutokyo-rengokai.jimdo.com/
このHPから、札幌キリスト教連合会の活動がお分かりだと思います。
ただ断っておきますが、私がこれらの活動に必ずしも賛同している訳ではない事も、付け加えておきます。
また、日本バプテスト連盟全体からしても、一般メディアでよく取り上げられる教会員として、奥田知志牧師
http://blog.livedoor.jp/shinqroom/archives/52434054.html
パキスタンやアフガニスタンで活動している医師、ペシャワール会中村哲氏
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/
また、ルワンダで活動している佐々木和之氏
http://rwanda-wakai.net/
などからしても、日本バプテスト連盟全体の雰囲気がお分かりかと思いますし、うちの教会はバプテスト連盟の主流派の部類です。
ですから、行き過ぎた聖霊運動は否定するものの、それでも少しは聖霊運動の影響を受けてもいますが、そのあたりは分けて考えています。
というか、完璧に自分に合った教会が存在すればそれに越した事はありませんが、それはまずありえない事なので、妥協すべきところは妥協しているという感じです。
ただ、ある意味すでに聖霊運動から冷めてしまっている事もたしかですけどね。
リバイバル・リバイバル、祈りが足りないなどなど、そんな事考えていたら疲れてしまったという感じです。
今考えてみても、あの頃はけっこう熱心だったかもしれませんね。
その反動なのか、祈る事も聖書を読む事も、かなり疎かになってますが、それでいいと思ってます。



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