「日本にもし希望があるとすれば、『風土記』の頃に還ることです」
2年前に京都でお会いしたとき、恩師の鶴見俊輔先生が言われた言葉だ。
「風土記」が編まれた頃、大和朝廷による国家統一の遥か以前、人々の暮らしは、かくも国に脅かされることはなかっただろう。
先日、先生の誕生日に花束を贈った。きょう、お礼状が届いた。
「お花をいただき恐縮しています。86歳 ここからの眺望はさらに、日本にとっての長い下り坂で、目を見開いてそれを受け入れるのがよいと思います。
降り切ったところに何があるのか、私には予測はつきません。となりの国によきことがあれば、日本にも、と思います。鶴見俊輔」
2年前に京都でお会いしたとき、恩師の鶴見俊輔先生が言われた言葉だ。
「風土記」が編まれた頃、大和朝廷による国家統一の遥か以前、人々の暮らしは、かくも国に脅かされることはなかっただろう。
先日、先生の誕生日に花束を贈った。きょう、お礼状が届いた。
「お花をいただき恐縮しています。86歳 ここからの眺望はさらに、日本にとっての長い下り坂で、目を見開いてそれを受け入れるのがよいと思います。
降り切ったところに何があるのか、私には予測はつきません。となりの国によきことがあれば、日本にも、と思います。鶴見俊輔」









