ひとひらの雲

つれづれなるままに書き留めた気まぐれ日記です

蝉しぐれ

2017-08-13 18:00:38 | 日記
 ようやく蝉しぐれが聞こえるようになりました。夏の風物詩はやはり花火、風鈴、蝉の声、祭囃子に朝顔、ひまわりといったところでしょうか。縁台に浴衣がけ、団扇なんていうのもありますね。若い頃はほんとに夏が好きでしたけれど、最近は熱中症になりやすく、体調が悪くなることが多いのですっかり苦手になりました。そんな時、蝉の声を聞くと心が癒されます。今この辺で鳴いているのはミンミンゼミ、アブラゼミ、ヒグラシでしょうか。

 アブラゼミ   蝉の抜け殻

 蝉の声といえば、何といっても真っ先に浮かぶのが「閑(しづか)さや 岩にしみ入る 蝉の声」ですけれど、同じく芭蕉の「やがて死ぬ けしきは見えず 蝉の声」というのもあります。蝉の声は夏の風物詩として詠まれることが少なく、歌や俳句にはどうしてもホトトギスを詠んだものが多いのですが、珍しいところでは「城門や 溺るるばかり 蝉時雨(桟一)」というのがありますね。大きな城門がまるで溺れてしまいそうに思える蝉しぐれ。鳴き声の凄まじさが伝わってくる一句です。

 万葉集や古今集にも歌われていますが、ほとんどが日暮(ひぐらし)を詠んだものです。日暮が蝉の総称だったのでしょうか。
 蜩(ひぐらし)の 声もいとなく きこゆるは あき夕暮に なればなりけり(紀貫之)
 ひぐらしの なく山ざとの ゆふぐれは 風よりほかに とふ人もなし(読み人しらず)

 『枕草子』にもひと言だけ出てきますね。「虫は、鈴虫。日暮(ひぐらし)。蝶。松虫。きりぎりす。促織(はたおり)。われから。ひを虫。蛍。蓑虫、いとあはれなり」とあって、日暮そのものを掘り下げてはいないので、それほどの興味はなかったのでしょう。『源氏物語』には「空蝉」という巻名がありますけれど、これは人を空蝉に譬えたものなので、蝉そのものではありません。

 物語文学では何といっても藤沢周平の『蝉しぐれ』でしょうか。NHKでドラマ化され、内野聖陽さんが主人公の文四郎を演じました。まだ青年の主人公が、反逆罪で切腹させられた父の亡骸を引き取りに行くのですが、処刑場になっている龍興寺での場面。「寺の奥から介錯の声が聞こえては来ないかと耳を澄ましたが、人声は聞こえず、耳に入って来るのは境内の蝉の声だけだった」、と原作ではそれだけの描写になっているのですが、ドラマでは蝉しぐれが効果的に使われていたと記憶しています。

 真夏の炎天下、父の亡骸を荷車に載せて15、6歳の青年が一人で帰るのですが、当然人目につき、注目を集めます。さらし者ですね。身に余る大きな荷物を運ぶ蟻のように、文四郎はただひたすら歩き続けます。最後の力を振り絞って途中にある坂をのぼろうとするのですが、一人ではのぼれません。原作では杉内道蔵が手伝ってくれるのですが、ドラマでは幼馴染のふくという少女になっています。ここでもまた騒然と蝉の声が聞こえてくるんですね。

 あれは忘れられない印象的なシーンでした。ふくという女性は文四郎の想い人でもあるのですが、二人が結ばれることはなく、最後に一度だけ思いを遂げるというお話になっています。そこでもまた蝉の声が…。

 蝉の声は私たちの思い出の中に、何回登場するのでしょう。

 マイホームページ   おすすめ情報(『薬子伝』)
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 血統のゆくえ | トップ | 江戸の夏・女たちの装い »
最近の画像もっと見る

日記」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。