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宮司よりひとこと

                        

                      春日の神鹿

 春日大社の境内は御蓋山(みかさやま)を含めて30万坪。その一角に「飛火野(とびひの)」という芝生の丘陵があります。万葉の昔、乙女たちが若菜を摘み、官人たちが打毬を楽しんだ所で、烽火(のろし)を上げて合図をしていたところから、この名がついています。この辺りで芝生を食んでいる群れ鹿の光景は実に長閑で、万葉の昔を偲ばせてくれます。

 奈良の鹿は神鹿と呼ばれて、大切にされてきました。奈良に都が出来た時に、都の守護神として、春日大社が創建され、藤原氏が深く信仰していた常陸の国の鹿島神宮から、武瓶槌神(たけみかづちのかみ)をお迎えしました。この神様が鹿に乗って来られたところから、春日の神の使いとして、長い間崇められてきたのです。因みに春日大社の神様はこの外に、香取神宮の経津主神と枚岡神社の天児屋根命、比売神の四柱です。

 戦中戦後の食料難には、密猟が頻繁に行われ、79頭にまで激減しました。この危機を乗り越えるために国に申請して、天然記念物の指定を受けました。これを機に年々増加の一途をたどり、1400頭を超えて久しい年月が過ぎています。鹿が過剰となると、餌を求めて春日山原生林にまで進入するようになりました。冬になれば鹿の餌である芝生が枯れるので、鹿たちは立ち上がって木の葉を食べます。それで奈良公園の森の木立は、地上から180㎝は枝葉がなく、見通しの良い特殊な林相になっているのです。

 明治以前まで狼がいて、過度な増殖が抑えられていたのですが、それもいなくなり、加えて観光客から貰う鹿せんべいのお陰で栄養が行きわたり、数が増えて自然のバランスが崩れつつあるのです。
                         宮司 中 東  弘


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