そう、丁度去年の今頃です。自分のブログに、移住者としての思い入れや、両側の隣人に恵まれた素晴らしき現実を書き込んだことがありました。それから1年、今年も同じメンバー3夫婦が連れ立って、日本一早い双胴船のカーフェリーにて島原半島に渡り、九州西部の旅をしました。上は約1年前に投稿した、このブログのイントロでした。実は今秋も、同じメンバー6人にて3度目の旅行ができました。ありがたいことです。
とりあえず幹事として年齢のトータルとアベレージを計算してみました。402歳で平均は67歳でした。まだまだ、若い。このイベントあと10年は続けねば・・・が実感です。頑張らねば、楽しまねば!!

爽やかな秋空の下、百年の肥薩線を巡った
前回と前々回は6人が一台の車両にと、ワゴン車をレンタルしてのドライブ移動だったが、今回は肥薩線開通100周年を祝う積りで列車の旅を選んだ。
概略を描いて、中央駅のJR九州旅行鹿児島支店に相談する。スケジュールや観光列車をチョイスして全ての計画を窓口に預けたのが8月下旬であった。それから2カ月。JR九州旅行鹿児島支店から電話が入った。「モシモシ、こちらJRですが、お預かりの乗車券と旅館は全て大丈夫でしたよ…」爽やかな声である。
ありがたい事だ。全てが予定通りに運んでいる。あとは新型インフルエンザにかからない事だと両隣に知らせた。
11月2日、いよいよ観光列車の旅当日となった。夜明けの空はどこまでも澄んでいる。実は楽しいからとか、嬉しいからとかで早起きではないのだ。強いられての早起きなのだ。
鹿児島中央駅発9:27の「はやとの風」に乗車するにはアクセスにバスを利用する。でも田舎のバスは便が悪いし時間もかかる。ましては通勤時間帯の真っ最中。渋滞もあるだろう。「みんなで楽しく…」を貫くためにはアクセスに余裕を見なければ幹事が務まらない。

嘉例川駅に停まる“はやとの風”
「肥薩線」肥後と薩摩を結んでいる。100年前の開通と言うが、明治30年代からスタートさせた国策事業は先に鹿児島〜吉松間の鹿児島線を開業させる一方、北からは八代から球磨川を遡って人吉に至る「川線」を走らせたのが明治41年であった。当然時期的にオーバーラップをする中、明治10年の西南戦争で西郷軍が退路に使った以来であろう山道、杣道の続く難所に、当時の鉄道敷設技術の結集であろう、ループやスイッチバックなどで急勾配をクリアしながら「山線」と呼ばれるルートを開通させたのが明治42年であった。南から完成した鉄道は最大の難所の克服に成功した山線を真ん中にして川線へと繋がり、北へ延びる一本のレールウエイとなって、近代日本に向かう、鹿児島本線が開通したのであった。
悲喜こもごもの想いも刻まれたレールは“人や物”以上の文化や情報を積んだ列車を現在まで走らせ続けていたのであろう。

真幸駅に停まる“しんぺい号”
それから100年。緑濃い山間部に黒煙をたなびかせたSLはとうに世を去っている。今は、心地良い振動と回転音。ディーゼルエンジン独特の刺激が乗客の心を豊かにしている。
真幸駅では「しんぺい」や「いさぶろう」の乗客に幸せを与え、山間部の急勾配は100年前と変わらぬシステムで乗り越えて、矢岳駅近くでの車窓は、霧島の連山を見事なアートとして額装してくれている。

黒光り・・・が逞しい。蘇えったハチロク
人吉駅からはSLの旅となる。列車の旅らしい待ち時間を、山間部になるからか、鹿児島よりも気温がちょっと低めの街で潰した。駅前で、からくり人形に立ち止まり、暫く歩いては温かい山掛け蕎麦に舌鼓を打ち、最近国宝に指定された「青井さん」(青井阿蘇神社)を訪れる。僅かの時間では有ったが季節らしい菊の花にも会えて、駅に向かうと・・・聞こえてきた。汽笛である。目を向ければ黒煙も吹き上がっている。
ハチロクとツーショットSLのお姉さん。ありがとう!!いよいよSL人吉へ乗車する時間だ。やはりワクワクする。仲間に聞けば、昔は皆が利用者だったようで、ジェネレーションが伺える。
50年も遡るだろうか、自分は御殿場線の「SLお別れ運行」を乗りに行った記憶がある。
「オールウエイズ三丁目の夕日」の少し後の時代だったろう。あの頃は冬の夜の澄んだ空気の中で丹沢山に登って、出来たばかりの東京タワーをみて感激したり、何年かは後になるが西丹沢での沢登の後、山北駅だったか、谷峨駅だったか。関東地方最後のSLに乗ろうと、仲間と駆けつけた。そうそう、御殿場線も丹那(箱根の裏)にトンネルが空くまでは東海道本線だったと聞いている。一時期は一部に複線化もしたけれど、ローカル線らしくと完全に単線となった。最近は周辺利用者の増加で電化も強いられたらしく、通勤電車へと脱皮もしているようだ。

プ !…シュー このサウンドとメカっぽさがたまらない
箱根と言えば、今では大学駅伝で全国的に有名だが、少し東京寄りが湘南エリアとなる。JRでの最寄は平塚駅だったと思うが、初期型新幹線の試運転コースがあった。今はどうなっているか定かではないが、湘南平と呼ばれる丘の上で待つと“ピュ‐ン”と通過する。とにかく見たことの無い流線型で、青空の下を真っ白な車両が疾走する様は当時珍しくて楽しかった。
色々と回想した。とにかく脳裏にかすむ残像ではあろうが、色々と思い出させてくれた旅でもあった。同行の人達には感謝だ。
この旅をもっと詳しくは、出発から打上までのスライドショーでどうぞ
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約半年位、忙しくてブログ見る暇が無くて、やっと落ち着いたのでブログ見れました〜相変わらず写真も文章も素敵ですね〜(*^_^*)
私のお気に入りの写真は栗の下の田んぼの写真です。綺麗ですね〜田んぼがこんなに綺麗なんて驚きました。美味しそうの前の綺麗だと思えるなんて・・芸術は食欲を超えるんですね^_^;そうそう、ぶろぐ順々に見てくうちに、行動範囲の広さに驚きました(@_@;)一年の内にどれ程、ゆっくりお家にいるんですか〜(?_?)いいなぁ〜楽しそうだし〜羨ましぃ〜な〜(ToT)