KIND OF BLUE

「苟に日に新たに、日日に新たに、又日に新たなれ」

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戸田城聖第二代会長 獄中の悟達

43年(昭和18年)7月6日、戸田第二代会長は東京・白金台町の自宅に刑事の訪問を受け、治安維持法違反、不敬罪の容疑で検挙されました。高輪署に留置されてから3日目、刑事から牧口初代会長も検挙されたことを知らされた戸田第二代会長が、何よりも心配したのは高齢の初代会長のことでした。 警視庁に移送後、初代会長の姿を目にすることができたのは一度だけでしたが、初代会長が警視庁から東京拘置所に移送される折には、 . . . 本文を読む

人権闘争を貫き殉教

国家神道を精神的支柱として戦争を遂行しようとする軍部政府は、思想を統制し、皇大神宮の神札をまつるよう勧告していました。しかし、民衆の幸福と平和を願い、日蓮大聖人の仏法を実践する初代会長、第二代会長は、神札を断固として拒否したのです。 当時、日蓮正宗宗門は、こうした国家神道を破折するどころか、臆病にも、完全に権力に屈服していました。43年(昭和18年)6月、初代会長、第二代会長を大石寺に呼び付け、 . . . 本文を読む

弘教・座談会の先頭に立つ

初代会長は、高齢にもかかわらず、自ら活動の先頭に立ち、北は北海道から、南は鹿児島まで足を運びました。 例えば39年(昭和14年)、68歳の時には福岡の八女へ。東京駅から片道20時間以上の旅程で弘教に赴いたのです。 その翌年、翌々年にも九州へ。福島県の郡山、二本松へは71歳の時。それまでにも、茨城、北海道、新潟などへと足を運び、座談会に、弘教に、家庭指導にと、労をいとわず庶民の中に飛び込んでいきま . . . 本文を読む

創価の源流

初代会長は1871年(明治4年)6月6日、柏崎県刈羽郡荒浜村(現在の新潟県柏崎市内)に生まれました。14歳で北海道に渡り、苦学して北海道尋常師範学校を卒業。教育者の道に進み、上京後、32歳で名著『人生地理学』(1903年)を出版しました。その10年後から、いくつかの尋常小学校で校長を歴任します。 日蓮大聖人の仏法に帰依したのは1928年(昭和3年)。東京の白金尋常小学校の校長を務めていた時でした . . . 本文を読む

広宣流布の基盤を確立した三代会長

一切衆生(全人類)の幸福と平和のために説かれた日蓮大聖人の仏法は、今や「世界」へと広がりました。創価学会の前進によって、仏教史上はじめて、一閻浮提(世界)広宣流布の理想が現実化したのです。 今日、「21世紀の世界宗教」として飛翔する学会の盤石な基盤を確立したのが、牧口常三郎初代会長、戸田城聖第二代会長、池田大作第三代会長です。 私たちは、この「三代会長」が築き上げた創価学会の偉大な歴史を学び、広宣 . . . 本文を読む