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8月29日公演終了 演目紹介

2012-08-31 00:49:34 | お知らせ
8月29日死神レコ発スリーマン終了。

この日のことは近いうちに、声明文に書く予定。
それくらい、良い一夜だった。

殺生に絶望、例のK、
私はこの二組を心から敬愛している。

8月29日死神演目紹介

ギター弾き語り

1、病は伝染る
2、いびつの美学
3、自殺の唄
4、見えない饅頭
5、水を飲んでも眠れやしない

太鼓叩き語り

6、自縛自爆、血しぶき刺身
7、二足、影絵踏み
8、未明の孤独
9、太鼓独奏
10、案山子

以上

今回は死神の名刺代わりの定番のレパートリーを披露。
今年に入ってから作った新曲はあえて全て外してみた。

次回は初の大阪公演。
楽しみでならない。

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※追記あり※いよいよ、明日8月29日は死神/「四十二円の怨」レコ発スリーマン。

2012-08-28 00:04:42 | お知らせ
※追記※

来れるか分からぬという方へ

本日の公演で予約なしでも、
死神を見にきた」で前売り扱いに致します。

是非お越しください。

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8月29日(水)
東高円寺二万電圧

死神企画25弾

死神"葬撃"の42円アルバム
「四十二円の怨」
レコ発スリーマン


「死神例の殺生」

開場18:30
開演19:00

前売券 1500円+飲物代500円
当日券 1800円+飲物代500円

出演

19:00~19:45①殺生に絶望
19:55~20:40②例のK
20:50~21:35③死神

太鼓叩き語りとギター弾き語りで出演予定

ご予約はこちら


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死神42円アルバム「四十二円の怨」”4名”のコメント、レビュー

2012-08-26 11:05:27 | 作品
2012年8月29日発売

42円、42分のフルアルバム


死神/「四十二円の怨」
発売にあたり、

敬愛する4名の方々から、
推薦コメントを頂きました。

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あれから何年だろう。俺は死神を知った。

死神は紙芝居を演り、客席に爆竹を放り、
ライブハウスの床と自らを墨汁にまみれさせ、
踊ったり這いつくばったり、
それら全てに次々飽きて今、
道中で確実に上達したギターをつま弾きながら
高らかに唄った自らの創作物に、
駄洒落で破格をつけた。

あらためて死神を知った。
相も変わらぬ「ふるいおとこ(古い男・奮い男)」。
俺はこの死神と、まだ付き合ってゆける。

カノウ ヨウゾウ(例のK)

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おれの職場ではおれ宛に死神からメールが届く。
死神から電話が掛かってくる。

7年程前、たまたま珍妙な自主制作DVDを手にした日からずっとだ。

そして6年前からは不定期だが死神自体がやってくようになった。

死神は表現活動をしに来る。
彼に対して取り憑かれた頃から一貫して感じている事がある。

伝統工芸品のようにしなやか且つ力強い表現力と独特のユーモア、
そして結構ハンサムだという事だ。

いつからか死神の訪問を心待ちにするようになり、
時には来てくれとお願いするまでになった。

今日届いた1分1円の怨は1円にも満たない
おれの一生を特殊なものにする金で買えない死神との縁だ。

望月阿太郎(二万電圧)

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何年も前の20000V。プルルル…ガチャ「はい20000Vです」
「もしもし死神と云う者ですが」「え?」
こんなやりとりから始まったような気がする俺と死神の関係。
四十二円の怨は日本古来の情景を思い出させる。
初期ウルトラシリーズにも共通する陰鬱で美しい世界。
これが妙に物悲しくていい。
こんなサービス精神旺盛でユーモアに溢れる死神になら
俺は連れ去られても構わない。

東高円寺二万電圧 店長/FIREBIRDGASS Vocal
ISHI


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その名に背かず不吉の象徴として、
忌みながらも決して避けられぬ数多の無残な点景をうたう、
文字通りの“死神”が、此処に居ます。

彼が音に言葉に乗せ、泡沫のように浮かべては弾く、
日常を破壊するような眼を反らしたくなる光景は、
実はすべて現実のもの。
詠じられる病の孤独や重圧、
あらゆる死に様のえげつないまでの描写。

しかしそれらは悲哀や恐怖といった負の感情を超越し、
透徹した『写実』であり、時折滑稽な戯画ともなり得る。

閉塞しながらも果てなき無間を思わせる、
残響に特化した無機質な録音環境は“死神”という、
醒めた達観者の歌を記録するに相応しく、
鮮明な意識によって産み出されたこの作品は、
幽かなポップささえ内包しています。

さて、この世に顕現してしまった死神は、何処へ向かうのか。
否、もっと言うならば、 “死神”のままで居られるのか。
彼の足取りを握るのは、あなたの四十二円なのです。

ヤマダナナ(ライター)

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死神之読書「偏」歴1/6

2012-08-26 00:00:00 | 声明文
150ちょいこの声明文とやらを書いていると、
ある程度パターンというか
そういうものができてくる。

じゃあ今回は意図的に
そいつを外してみようじゃないか
というわけで、
私の読書遍歴をご紹介しよう。

私は小学生の頃から
家で読書をする習慣をつけさせられていたため、
なんとなく読書というものが
義務的でお勉強的で嫌いだった。

低学年は、「きいろいバケツ」とか、
タイトルは思い出せないが、
卵が好きな王様が出てくるあのシリーズのやつ
(なんだっけ?)はたくさん読んだ。

中学年になってからはやや難易度が上がり、
偉人、英雄、まあつまり伝記もの、
例えば、野口英世、エジソン、
ヘレンケラー、コロンブス、ライト兄弟、
ゴッホ、ベーブルース(←偉人なのか?)、
ベートーベン、ファーブル、田中正造、
二宮金次郎、坂本龍馬、織田信長とか。

それらをクリアーし高学年に上がると
今度は考える系の道徳もの、
まあオトタケの五体満足や、
星野富弘とかの身障もの、
ちょいとカタイとアンネの日記など弱者系。

私は読書なんかより、
ジェイリーグだったし、
ストツーだったし、
高学年からはもっぱらビーズだったし、
音楽だった。

結構分厚い「岩窟王」という本が、
兄からのお下がりで襲来したときは、
兄から粗筋を聞いて読んだことにして誤魔化した。
(兄があれを「退屈王」と言っていた。
本当その通り睡眠薬が入ってるとしか思えないような
糞つまらない内容だったので、
つまらなかったということだけはよく覚えている。)

中学からは音楽にのめり込み、
読書の義務を放棄した。

自主的に読んだのは沢木耕太郎
「深夜特急1~6」だけ。

これは何回も読んだが、
元々は電波少年というテレビ番組の
ユーラシア大陸横断企画の元ネタと聞いて
読み始まったという手合い。

だが読書は依然として嫌いなままだった。

正確には、「言葉」というものを
全く信用していなかった。

本など現実を目の前にしたら
明らかに無力だったし、

私の問題(天然パーマ、漏斗胸、
ほお骨の出っ張り、疑心暗鬼な性格、
溢れて止まらぬ過剰な自意識)を
解決も誤魔化しもしない無用なものだった。

よっぽどエックスジャパンや
ジュラシックジェイドなどの音楽の方が
私を現実世界からトリップさせ、
とりあえず明日へ生きさせる力になった。

続く

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尊厳などあるじゃなし

2012-08-19 00:00:00 | 声明文
5月3日、高円寺で公演を終えて
実家宇都宮にスッ飛んだ。

全く湘南新宿ラインという電車は素晴らしく、
新宿からわずか90分で
我が身を運搬してくださる。

有り難い。

帰るなりヤレ飯だなんだと
バタついて会話各種を交わし
風呂入る寝る起きる出掛け困憊また飯から飯。

1年半ぶりに我が家族は全員集合したわけで、
夜、延命治療の希望の有無、
死んだ後のあと始末について、
各自大まかな希望を述べあった。

私は死んだあとの我が身に
全く興味も執着もないので、
墓も要らないし、
面倒な行事も人様の迷惑になるから
やらないで良いと思っている。

私を適当な宗派に押し込め、
般若心経なんかベーベーやられても、
有り難みもなければ
神も仏もそもそも居ないのだから、
クダラナイというか、金の無駄。

そんな金があるなら、
鰻重、かんぴょう巻き、
鶏の揚げたやつ、
トマトサラダなどを誂えて食べたら良い。

金は生きる人に使うべきだ。
偶像や死人に使うべきではない。

延命治療の残酷さにも直に触れ、
私ははっきりと御免蒙る。

祖母が今1年半寝たきりになっている。
脳梗塞だかでブッ倒れた。
延命治療は止めて欲しいと
もともと周囲に伝えてあったらしい。

しかしいざ延命治療の有無を問われたその親族は、
本人の以降を知りながら
自分達が辛いから悲しいから
という理由だけ延命治療を押し進めた。

頭もボケておらず目もしっかりと見え、
耳もしっかり聞こえている。

祖母は寝たきりだが、
医者の治療方針の話しに
首を振って反対の意思を表したが無視、
胃ろう(口から栄養が取れないから胃に直接、
栄養を流し込むやつ)
の管も何度も何度も引き抜こうとしたらしい。

首を振って動かせる体の部位を揺すって
抵抗したという。

そのうち、抵抗できないよう手袋をはめさせられ、
紐で縛られ、観念したらしい。

ボケていればまだ苦痛は少ないかもしれない。
しかし、全くボケていない。
私が話すとその話をきちんと理解している、
例えば、
「眠れたかい?」
と問えば首を左右に振るし、
手を握れば聞き取りにくいが
有り難うなどの一声発することもある。

自然の流れに従って死にたかってであろう祖母は、
まさに今自殺の選択も許されぬ
生き地獄の病床で日々呼吸をし、
冴えた目と耳と頭で毎日何かを見、
何かを聞き、
何かを考えて過ごしているのだろう。

果たしてこれが人間の尊厳ってやつなのか?

答え出ぬままの上京の車中。

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