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年内の公演全て終了

2010-12-30 14:33:30 | お知らせ
12月29日遊生解企画終了。

今回は久々に太鼓の演目のみでの公演。

演目紹介

太鼓叩き語り

一、非達磨(新曲)
二、案山子
三、沼
四、死に化粧
五、血しぶき刺身(改題)
六、お悔やみ申し上げません

さて来年、一発目は。
エレキ弾き語り公演で始まります。
自主企画です。
是非ご来場ください。
この日も新曲を披露する予定です。


1月22日(土)

死神企画十七弾
「変人の変人による
 変人のための演奏会ー其の九ー」

開場18時15分
開演18時30分

当日券のみ
1500円(飲代込)

他の出演

ろみ(仙台)
日比谷カタン
井乃頭蓄音団
クリトリス・ガールズ

死神の出番は5番目

今年の掲げた活動テーマは「ポップ」だったが、
(かなり真面目に取り組んだのだが。)
まあ、はっきりいって全然「ポップ」にならなかった。

ただ、
「太鼓叩きながら叫んだりぶつぶつ言う人」から、
「太鼓叩きながら叫んでぶつぶつ言って”唄う”人」
にはなったんじゃないかと思う。

エレキ弾き語りを始めたのもでかかった。

私は「唄う人」であろう。

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四つの懺悔

2010-12-26 00:00:00 | 声明文
私は毎週ここに様々なことを
気まぐれ書きなぐっている。

そして書いてから数日後、
様々な矛盾、
間違いに気づきその都度もれなくがっかりする。

今回何を書こうか迷っていたのだが、
良い機会だ。

一年間の主だった懺悔をしようと思う。


では。

懺悔ひとつめ。

私は公演の集合時間に一度も遅刻したことがない、
何度もそう公言してきた。
(これが私の唯一ともいえる「信用」だった。)

がしかし、
初めてやってしまいました、遅刻。

8月1日、よりによって自主企画。

縁石を乗り越えようと
カートふんと力を込めた瞬間、
取っ手が骨折、
積載量の限界を遥かに越えた機材横転、
車輪のパーツ粉砕。

老婆のように腰を屈めて、
片方の車輪をうまく転がし一旦帰宅。

急遽エレキギター演目用の準備。

時計に目をやる。

ごめんなさい。


懺悔ふたつめ。

私はエアコンをそうそうつけないと書いた。
エアコンを遠まわしに小馬鹿にした。
あれは人を病気にするものだと。

無理でした。

7月は公言した通り、
エアコンなしで耐えました。

8月、無理でした。
毎日つけてました。

9月末まで同じく。

但し、28度除湿設定。
ただぬるい素麺は貫いていました。

論点がずれましたね。

エアコンなんか不健康だ、
糞だと馬鹿にしながら、
「毎日」つけてました。

ごめんなさい。


懺悔みっつめ。

コーヒーは心を入れて淹れろと公言しました。

それこそが本物だと書きました。

何事も心だという真理を知りながら、
何回もその掟を破りました。

淹れ方のコツは掴んだし、
味は少し落ちてもいいから、
コーヒーがトボトボとカップに落ちている間に
「洗い物をしたい」
という誘惑に負けました。

負け続けました。

心を入れたコーヒーは
週末にしか淹れてなくなりました。

そして更に懺悔しますと、
私は12月某日、
自動でコーヒーを淹れてくれる機械を買ってしまいました。

嘘をつきました、
ごめんなさい。


懺悔よっつめ。

マラソンが「趣味」になったと書きました。
たしかにその時はそうでした。

ですが、単独公演を終えたあたりから、
徐々に回数が減り、
ついには丸3カ月さぼってしまいました。

これじゃいけない豚になると、
この間久方ぶりに走りました。

やはり気持ちよかった。

ので、また走りはじめました。

死ぬまで現役の歌手で居たい。

体力は大事だ。

じゃあ、なんで丸3カ月もさぼってんだよ。
矛盾してんじゃねぇの?

ごめんなさい。
すいません。
ごめんなさい。
すいません。
ごめんなさい。
すいません。

誤って謝ってばかりの人生です。


幼少の頃母に、
「ごめんなさいってどういう意味?」
と尋ねたことがある。

そのとき母は、
「もうしませんって意味だよ。」
と教えてくれた。

何回同じようなことで
「ごめんなさい」
と言っているということは、
「ごめんなさい」
と微塵も思っていないのだろう。


こうして人間は堕落していくのだ。

気づかぬうちに。






*************************************************

今年一年、
私に親切にしてくださった皆様方、
公演に足を運んでくだすったり、
音源、映像をお買い求め頂いたお客様様方。
ありがとうございました。

なんとか一年、
生きられました。

私に不親切にしてくださった方々、
一生忘れません。

また来年。

死神

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勘違いの微学

2010-12-19 00:00:00 | 声明文
数年前のある日の公演終了後のこと。

断絶間の窓野氏が私にこう言った。

「臓器抱えた、えたひにんって詞、良いですね。
そんな歌詞思い付かないてすよ。」

と言われ、
はてさて私の歌詞の中にそんなものがあったかと、
脳味噌をチューブのように絞り出してみたところ、
なるほどそれは、
「バケツの水が真っ暗」
という曲の、
「雑巾(ぞうきん)抱えた、えたひにん」
という節であると推測された。

私は即座にあれは、
「臓器じゃなくて雑巾なんですよ」
と訂正したところ、
幾分がっかりしている様子だった。


感動には少々の勘違い、
思い込みの物質が含まれているような気がする。

その方が面白いのかもしれない。

横田ユウ氏の楽曲の中で、
「エイズ撲滅のテーマ」
という大変のどかな手拍子の伴奏のアカペラ曲がある。

歌詞が、
「エイズをなくそうよ この地球から」
しかない。

このフレーズが何度も明るく繰り返される曲だ。

超絶に凝りまくった演奏・アレンジ、
痛烈な社会批判を繰り返す知能犯の氏も、
随分適当な曲を作るもんだなーと笑っていたある日、
とんでもないことに気づいた。

この歌詞の本当の意味は、
「エイズの奴、全員死に晒せ」
なんじゃないかと。

確かに「撲滅」するにはそれしか方法がない。


私は感動した。


このことに気づいたのは、
このメッセージを読みとったのは、
受け取ったのは、
私くらいなんじゃないかと興奮した。
(同時に、
アルバムの「捨て曲」
と認識していた自らを恥じた。)

そしてその数日後、
直接本人にこの意味を確認したところ、
「ちょっと違う」
との回答。
もう少し、気軽に作った曲だと言う。

ますますわけがわからない。

だが、私はこの件に関してはこの勘違いのまま、
感動として留めておこうと思う。

勘違いに気づかぬのは愚かだが、
勘違いを「自覚の上」で勘違いし続けるなら、
こんな面白いことはないだろう。


私は面白いほうを選ぶ。




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鶏の日、豚の日、踊らされない提案。

2010-12-12 00:00:00 | 声明文
味の素いえ、
戦の素キリスト教徒でもない人々が
12月は24日ないし25日に
ケンタッキーの行列に並び鶏を食ったり、
クラッカーを鳴らして吠えたり、
ケーキを食ったり、
プレゼントをあげたり、
受け取ったり、
性交したりする、
クリスマスという日が間もなく到来する。

大の大人が狂態をさらす一大知恵遅れイベント。
それがクリスマス。

もちろん、
その行為一つ一つはなにも可笑しいことはなく、
健全な欲求に違いない。

が、「クリスマスだから」
という理由に基づく行為だから可笑しいのだ。

この踊らされてる感、
堪らなく嫌だ。

が、また反クリスマス的態度を
大々的に示し行動するのもまた、
クリスマスを意識しすぎて
逆に踊らされている感じがして嫌だ。

なのでいつも通りの1日をいつものように
(その時の気分次第で)過ごすのだろう。

ちなみに私の中で
クリスマスという行事は11歳で終了している。


11歳になったばかりのある日私は親に、
「サンタクロースは居るのか?
嘘をつかないで本当の事を教えて欲しい。」
と真剣な眼差しで質問を投げ掛けたところ、
「お父さんとお母さんだよ。」
という宣告を受けた。

やはりそうだったのか。

薄々感付いてはいたが、
それでも心のどこかで
サンタクロースの存在を信じて居た私は
ショックだった。

そしてその瞬間に私の中で
「本当の」クリスマスは終了した。

その後も家族は私が高校を卒業するまで
クリスマスには鶏や巻き寿司、
ケーキなどを用意してくれたが、

あくまで私はそれを今日の晩御飯、
今日のデザートというスタンスで、
今日の飯はアタリ、
豪華な飯の日、
そういう感覚で食べていた。

そしてその後「一切」
クリスマスじみたことをしていない。

クリスマスは、
サンタクロースを信じる子供のためのイベントだ。

信じられなくなった時点で、
クリスマスはおしまいなのだ。

薄汚いベトベトした偽善と
私欲にまみれて腐りきった大人共に
クリスマスの資格などないのだ。

サンタクロースを信じた人間が
夜景の綺麗なホテルで性交ですか?
ビトンにシャネルに花束ですか?
阿呆らしい。

サンタクロースに謝れ、
馬鹿野郎。

そしてソリを洗車して
ワックスがけして更にトナカイに土下座しろ。

そして中原中也の
「汚れちまった悲しみに」
を100回朗読しろ。

そしてそのページをちぎって煎じて飲んで
出がらしも残さず食ってヤギになって糞詰まれ。

書いてるうちに本当にムカついてきたので、
一旦落ち着こう。

ただ、一部の大人達にはしっかりと
クリスマスをプロデュースしてほしい。

サンタクロースの存在を信じる子を持つ
世の父、母はバレるまで、
きっちりサンタクロースをやってほしい。

そして正体がバレたときを
子の精神的自立の第一歩と捉え、
まあいきなり年に一度のご馳走が
食卓から消えてなくなるのはあまりに可哀想なので、
それ位はしてあげることにして、

じわじわとクリスマスにケンタッキーに並ぶのは
恥ずかしい行為だということを叩きこんだり、
クリスマスに踊らされている大人は
気が狂っているということを刷り込んで
私のような嫌な人間、
偏屈な人間を増殖させていけば
少しは生きやすい社会になるんじゃないでしょうか。

でもそんなことをしたら
ケンタッキーが潰れてしまうと
ケンタッキーの人に怒られそうだが、

ケンタッキーはそこそこ人気があるのだから、
上手いことバレンタインのような風習、
即ち「鶏の日」という日を創造、流布し、

2月8日に女子が男子にフライドチキンをあげて、
その翌月、
3月8日を「豚の日」として、
男子は女子に焼豚をあげる習慣を作れば、
ケンタッキーはもとより豚業界も儲かって
日本経済も良い塩梅になるんじゃないかと
投げやりな提案と共に唐突に話を終える。

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12月4日公演終了

2010-12-08 00:00:00 | お知らせ
12月4日(土)
高円寺無力無善寺公演終了。

死神 演目紹介

エレキギター弾きぼやき

1人間団子
2いびつの美学
3なにやってんだ
4真夜中の台所
5床擦れの姿煮
6狂気の正気
7出生拒否中絶歌

憧れの歌手、
三上寛さんとの共演だった。
今でも頭がぼんやりとしている。
完全にのぼせたまんま。

私の公演も見て感想までくださった。
終演後、様々な話をしてくださった。
(どんな内容かはあまり具体的に書きたくない。
大事に留めておきたいのだ。)

寛さんの公演はいつも通り凄かった。
いつでも期待を裏切らない、
素晴らしい公演を演ってくれる。
(そして選曲に関しては毎回程よく裏切ってくれる。)

プロとアマの違いはそこかもしれない。

年一で新作アルバムをリリースし続ける、
還暦を迎えても衰えぬ創作意欲、
クオリティ、恐ろしい。

他の対バンでは特に「受容」が格好よかった。
約2年振りの共演だったが、
無茶苦茶な進化を遂げていた。

彼に限らずいえることだが、
真の「オリジナリティ」を突き詰めている人というのは、
皆、実にしぶとい。

私もそうあらねばならない。

この「~ねばならない」、重要。

で、次の公演。

12月29日新宿ウルガ。
遊生解企画。
「遊生解」の二人は福井県からやってくる。
活動拠点が東京と大阪というのだから驚きだ。
毎回東京まで車で7時間もかけてやってくる。

しかも毎度日帰りだ。
実にしぶとい。
全く無茶な連中だと思う。

ベースとドラムのインストだが、
どうにも説明しがたいことをやっている。

独自性とはそういうものでしょう。

そんな彼らの初企画。

面子は遊生解、カラビンカ、
断絶間、組織暴力幼稚園とこってりな面子。

是非、ご来場ください。


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