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お知らせ

2009-06-24 22:54:27 | お知らせ
第4作品集
「死神公葬映像録」(DVD-R)が
ディスクユニオンで売り切れました。

会場手売り分も残り数枚しかありません。

売り切れた時点で絶版です。

欲しい方はお早めに、会場で。

売り子はもちろん、私、死神です。


そして、現在新作製作中。

今回もDVD-Rです。
最近の公演から厳選した8曲を収録します。

もちろん、曲も詞も演奏も、
1年半前に発売した前作より「遥かに」良いです。
(画質も前作より「遥かに」良いです。)


そこいらの、完全に独自性(オリジナル)の解釈が甘すぎる、
猿真似しかしない、できない、
疑わない、考えないといった塩梅の怠けきったガキ共や、

昔は凄かったと過去にすがるだけで、
結局は何もできない、
受け売りの人生訓を偉そうに垂れるような無能なおっさんより、

表現を(不器用なりにも)、
じわじわ追求し続けているのだから、
これは当たり前なことなのです。

当たり前の成果なのです。

停滞するのも、前進するのも、
全くもって手前のせい・手前の成果なのです。




発売は、7、8月を予定。
是非、「その目」で確認していただきたい。





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動画

2009-06-18 23:32:52 | お知らせ
5月17日に出演した企画「独唱パンク」の
濃縮版の動画を頂戴しました。

はじめの2分くらい私が写ってます。

死神最新の動画です。

物好きな方は見てください。



私の公演を見て、
なんかしらを感じ取ってくれるのはとても嬉しい。

つくづく思うのだが、
表現は、人に見てもらわないといけない。

私は、外(他人)に向けて、発表している。

自らの表現で観客を刺せるか、
観客の視線に刺されてしまうのか。

いざ勝負。

そんな感覚。

旨いか、まずいかは、
まずは直接ご覧になすって。

私はいつでも
「どうぞこの偏屈の刺身を喰ってみてください。」
いや、もう少し強い、
「どうだ、喰らえ」
そういう心意気で、
全身全霊で舞台をやっています。

脳味噌あんだかないんだかわかんないボケ大衆と、
超偏屈人間の私の違いをどうぞ味わいに来てください。


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即興説教、唄うも、徒労。

2009-06-14 11:02:35 | 声明文
げらげらげらげらと笑われる。


独自性をこうして突き詰めていれば、
イロモノと嘲られるなどなど、
当然、当然にして、
こういう反応はあるだろうと、
分かっていながら、
頭にくる。

知恵も感覚も腐敗しきった、
無節操で無教養で無能な連中に、
「適当」に捉えられ、
「適当」にナメられ、
「適当」に馬鹿にされ、
笑われる。


表現で殺せない、
こちらの未熟さ、
そう未熟さなのです。


だから、私は絶対に忘れない。
この屈辱を忘れない。
「絶対」に。


突き詰めて突き詰めて、
表現で、
知恵遅れどもの口を
縫い閉じられるよう、
戦いを続ける。

(大概の事は止めた時点、
辞めた時点で、
敗北なのです、いとも簡単に敗北できるのです。)

執拗に。

だって、
馬鹿なのは、無能な多数派、
お前らの方なのだから。



幻想は捨てなさい

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ようは因果の報復

2009-06-08 23:19:23 | 声明文
私は何度も公言しているのです。

死ぬまで表現体としての
「独演(ソロ)」を貫くと。

協調性がないうえ、
糞頑固偏屈な私の性にあっている。

因果。

で、こういう問いが
結構な頻度で寄せられる。



バンドなり、団体なり、
集団表現をさてはナメてるのかと。
嫌いなんですかと。
ソロならみんな偉いんかと。



何年も独演(ソロ)という形式を、
強調し、提示し続けまくると、
この誤解は相当に受ける。

で結論を言えば、
集団表現であろうと、
独演(ソロ)であろうと、
形式などまるで関係なく、

自立した人間による、
自立した表現、
独自性を武器とした表現が、
種別、括り一切無しで、
好きなのです、
ということなのです。

(もっと感覚的に好き嫌いもありますが。
いくら独自性があってもなんかつまらん、
肌に合わないなんてこともあるから。)

自立した独自性有る人間同士が力を結集し、
創作をしたら、
「一人ではとてもできない」
壮絶な化学反応から、
すんごいものができあがる。

もうそういうのは大好きなのです。

(最近では水族館劇場という団体の、
テント芝居を見に行き、
すっかり波長が合ってしまい、
期間中に3回も
同じ公演を見に行ってしまいました。
役者、スタッフの職人が織り成す、
化学反応の数々すさまじく。)

て、要するにその人間(個体)が問題なわけです。
(自主企画の過去録なんかを見たら、
分かると思う。私の好み。
大半がバンドを占めている、これは意外。)


私は、誰でもできそうな、
適当なギターぽろーん垂れ流し、
更に、いや極めて適当にも程が有る詩を、
歌うようなソロの人々は、
一切擁護したりしない。
大嫌いだから。

(愛とか平和とかもう十分、
聞きあきた。
そんなにもそんなにも、
貧困にあえぐ人々が
かわいそうなら、
全ての財を寄付し、
現地へゆけ現地へ。

現地で歌って、
歌で平和になるか試してみろ。

こういう人々は、
そういう偽善の歌を歌った後、
平気で自宅で寝転がって、
食いたいもん喰って、
飲んで、

いいことしてんなー、
いやっほー俺、善人!

とほくそえんでいるに違いない。
高見の見物。

寄付金送るだけなら、
札束で貧乏人の顔を
ひっぱたいているような気がしてならん。


とりあえず、
私はヨソの貧困に興味はない。
むしろ私の貧困問題のほうが重要なのです。

傘がない。

脱線。)

馬鹿じゃねーのと思う。
でなんだっけ。

そういう阿呆は、
ソロっていう「だけ」で同族意識を持って、
なれなれしくしてこないでください。

まったく同族じゃない。

人の内部にずんずん土足で侵入。


おじゃまします、くらい言え、阿呆。

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