摂理人独り言

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末端の声がトップに届く 風通しのよい摂理

 宗教だけでなく、国家や会社でも、末端の声がトップに届かない場合がある。
 腐った組織とはこんなものではないだろうか。
 末端が何かを訴えても、幹部がそれをトップに報告せず握りつぶす。もし報告したら、自分が責任を問われるから、保身のためにするのだろう。そして、よい報告ばかりする。
 すると、トップは、その素晴らしい報告の数々は、自分の素晴らしい手腕の結果だと勘違いし、舞い上がる。裸の王様になってしまう。
 ワンマン経営、独裁国家にありがちだ。日本においても、そういう体験をした方は少なくなかろう。
 どうしても、腐った組織をいくつか体験してきた私は、摂理とそれらを比べずにはいられない。


 昨日の先生の説教を聴きながら痛感したことがタイトルの通りのことだ。
 「摂理は私のような末端信者の声が、トップである先生に届いているのだ」と。
 末端信者の心情を、悩みを、先生が代弁されていたのだ。
 末端信者の声に関する具体的な内容に関してはここでは控えさせていただくが、昨日(2008/10/19)の説教を聴いた人ならば見当がつくかもしれない。 

 摂理には、先生直通の手紙システム(私が勝手にそう読んでいるだけ)がある。先生宛に電子メールを送る。それが翻訳され先生に届くようだ。私もそのシステムができてから、数十通の手紙(メール)を送っている。
 「そんなの知らねー」という新しめのメンバーは牧師様にでも聞いてみてほしい。私のように人に悩みを話すのが苦手な方にもお勧めだ。先生がどういう方かよく分からんという人もやってみてはどうだろうか。
 以前、先生はが説教でおっしゃっていた。「皆さんからの手紙に返事は書けないが、全て読んでいる」と。
 だからこそ、説教の中で信者の声を代弁できるのだろう。
 そして、対処できる。
 私はそれで安心できるのだ。

 
 取るに足りないような末端の一信徒(それは人間の見方であり、天から見たら違うのだが)の声が直接トップに届く。これは健全なことではないかと声を大にして言いたい。
 先生がいい報告ばかり聞いて舞い上がり、裸の王様になるような人物でないことも嬉しく思った。

追記
 先生は、手紙を全て読んでいるとおっしゃった。
 それを確認することはできないが、信じている。
 今は、手紙を読めるような状況ではなさそうだが、おそらく、声は届いていると信じている。
 そして、返事が来たことはないが、手紙を送ることで不思議と状況が動くことは毎回のことだ。だから信じている。問題の内容にもよるのだろうが、私が昔所属していた某宗教団体のように、奇跡が起こらないのは信心の不足だとか、そんなけち臭いことは言う必要がない。大きな問題は時間をかけて、小さな問題はすぐに、手紙を送ることによって解決に向かう。
 だから、先生がよく分からないけれど、知りたいという人は試してみればいい。
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