甲は,自己の取引先であるA会社の倉庫には何も保管さ
れていないことを知っていたにもかかわらず,乙の度胸を
試そうと思い,何も知らない乙に対し,「夜中に,A会社
の倉庫に入って,中を探して金目の物を盗み出してこい。」
と唆した。乙は,甲に唆されたとおり,深夜,その倉庫の
中に侵入し,倉庫内を探したところ,A会社がたまたま当
夜に限って保管していた同社所有の絵画を見付けたので,
これを手に持って倉庫を出たところで警備員Bに発見され
た。Bが「泥棒」と叫びながら乙の身体をつかんできたの
で,乙は,逃げるため,Bに対し,その腹部を強く蹴り上
げる暴行を加えた。ちょうど,そのとき,その場を通りか
かった乙の友人丙は,その事情をすべて認識し,乙の逃走
を助けようと思って,乙と意思を通じた上で,丙自身が,
Bに対し,その腹部を強く殴り付け蹴り上げる暴行を加え
た。乙は,その間にその絵画を持って逃走した。Bは間も
なく臓器破裂に基づく出血性ショックにより死亡したが,
その臓器破裂が乙と丙のいずれの暴行によって生じたかは
不明であった。
甲,乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点
は除く。)。
1 乙の罪責について
(1) まず、乙がA会社の倉庫に侵入した行為について
建造物侵入罪(130条前段)が成立する。
(2) 次に、当該倉庫内からA会社所有の絵画を倉庫外
に持ち出した行為について窃盗罪(235条)が成立し
うる。
(3) では、その後、Bに対し丙と共に暴行を加えた行
為について、事後強盗致死罪の共同正犯(60条、23
8条、240条後段)が成立するか。共同正犯の成立要
件として故意の共同を要するとすると、加重結果に
ついて故意がない以上結果的加重犯の共同正犯は認
められないように思われるため問題となる。
ア そもそも、共犯の処罰根拠は、共犯が正犯の
行為を介して、あるいは正犯と共に構成要件該当
事実を間接惹起、あるいは共同惹起した点にある
と解される(因果共犯論)。そうだとすれば、共同
正犯の構造は各人が行為を共同することによって
各人の犯罪を実現するもの(行為共同説)と解する
のが自然であり、故意の共同は不要である。
よって、結果的加重犯の共同正犯も認められる。
イ よって、乙の当該行為について事後強盗罪の共
同正犯が成立する。
(4) 以上より、乙には建造物侵入罪、窃盗罪、事後強盗
致死罪の共同正犯が成立しうるが、窃盗罪は事後強
盗致死罪に吸収され、事後強盗致死罪と建造物侵入罪
は目的、手段の関係にあるといえるので、牽連犯(54
条1項後段)となる。
2 丙の罪責について
(1) 丙が乙と共にBに暴行を加えた行為について、事後
強盗致死罪の共同正犯が成立するか。丙は乙の窃盗
行為には関与していないため、まず事後強盗罪の構造
が問題となる。
ア この点、事後強盗罪の構造を身分犯と解する見解
がある。しかしこの見解では、事後強盗罪の既遂・
未遂は暴行・脅迫の既遂・未遂で決せられることに
なるが、これは事後強盗罪の罪質が財産犯であり、
その既遂・未遂は先行する窃盗罪の既遂・未遂で決
せられると解されていることと矛盾し妥当でない。
よって、事後強盗罪の構造は、窃盗罪と暴行・脅迫
罪の結合犯と解するのが妥当である。
イ そうだとすれば、本問では丙は暴行にのみ関与し
ているにすぎないので、丙の罪責については承継的
共同正犯の成否が問題となる。
(ア) そもそも、前述のような共犯の処罰根拠につ
いての因果共犯論の見地からは、後行者は先行
者の惹起した事実について因果性を及ぼし得な
い以上、処罰根拠が認められない。
よって、承継的共同正犯は認められない。
(イ) よって、丙の当該行為について、事後強盗致
死罪の共同正犯は認められない。
(2) では、丙の当該行為について障害致死罪の共同正犯
(60条、205条)が成立するか。本問では、Bの死亡結
果が丙の関与前の乙の暴行によるものか、関与後の
丙と乙の暴行によるものか不明であるため、障害致死
罪に207条の適用が認められるか問題となる。
ア そもそも、同条は誰かが「無実の罪」を負うことに
なることを正面から肯定するものであり、その合理
性は極めて疑問がある。よって、同条の適用範囲は
なるべく限定的に解するのが妥当であり、法文上明
示された傷害罪についてのみ適用があると解する。
よって、障害致死罪に同条の適用は認められない。
イ もっとも、同条は傷害罪には適用されると解する
以上、本問では、丙の当該行為について傷害罪の共
同正犯(60条、204条)が成立すると考える。確かに、
207条の合理性には疑問があるものの、同条の適用
を認めないと、意思の連絡がある場合とない場合と
で不均衡が生じ妥当でないからである。
(3) 以上より、丙は傷害罪の共同正犯の罪責を負う。
3 甲の罪責について
(1) まず、甲が乙に対してA会社の倉庫に侵入するように
唆した行為について、建造物侵入罪の教唆犯(61条1項、
130条前段)が成立する。
(2) では、乙に対し同所から金目の物を盗み出してこいと
唆した行為について、窃盗罪の教唆犯(61条1項、235条
)が成立するか。甲は同所には何も保管されていないと
思っていたので、故意が認められないのではないのか、
いわゆる未遂の教唆が問題となる。
ア そもそも、前述のように共犯の処罰根拠について
の因果共犯論の見地からは、故意が認められるため
には正犯による既遂惹起の認識・予見が必要と解さ
れる。よって、未遂の教唆は故意が認められず、不
可罰と解する。
イ よって、甲には故意が認められず、同罪は成立し
ない。
(3) 以上より、甲は建造物侵入罪の教唆犯の罪責を負う。
以上
れていないことを知っていたにもかかわらず,乙の度胸を
試そうと思い,何も知らない乙に対し,「夜中に,A会社
の倉庫に入って,中を探して金目の物を盗み出してこい。」
と唆した。乙は,甲に唆されたとおり,深夜,その倉庫の
中に侵入し,倉庫内を探したところ,A会社がたまたま当
夜に限って保管していた同社所有の絵画を見付けたので,
これを手に持って倉庫を出たところで警備員Bに発見され
た。Bが「泥棒」と叫びながら乙の身体をつかんできたの
で,乙は,逃げるため,Bに対し,その腹部を強く蹴り上
げる暴行を加えた。ちょうど,そのとき,その場を通りか
かった乙の友人丙は,その事情をすべて認識し,乙の逃走
を助けようと思って,乙と意思を通じた上で,丙自身が,
Bに対し,その腹部を強く殴り付け蹴り上げる暴行を加え
た。乙は,その間にその絵画を持って逃走した。Bは間も
なく臓器破裂に基づく出血性ショックにより死亡したが,
その臓器破裂が乙と丙のいずれの暴行によって生じたかは
不明であった。
甲,乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点
は除く。)。
1 乙の罪責について
(1) まず、乙がA会社の倉庫に侵入した行為について
建造物侵入罪(130条前段)が成立する。
(2) 次に、当該倉庫内からA会社所有の絵画を倉庫外
に持ち出した行為について窃盗罪(235条)が成立し
うる。
(3) では、その後、Bに対し丙と共に暴行を加えた行
為について、事後強盗致死罪の共同正犯(60条、23
8条、240条後段)が成立するか。共同正犯の成立要
件として故意の共同を要するとすると、加重結果に
ついて故意がない以上結果的加重犯の共同正犯は認
められないように思われるため問題となる。
ア そもそも、共犯の処罰根拠は、共犯が正犯の
行為を介して、あるいは正犯と共に構成要件該当
事実を間接惹起、あるいは共同惹起した点にある
と解される(因果共犯論)。そうだとすれば、共同
正犯の構造は各人が行為を共同することによって
各人の犯罪を実現するもの(行為共同説)と解する
のが自然であり、故意の共同は不要である。
よって、結果的加重犯の共同正犯も認められる。
イ よって、乙の当該行為について事後強盗罪の共
同正犯が成立する。
(4) 以上より、乙には建造物侵入罪、窃盗罪、事後強盗
致死罪の共同正犯が成立しうるが、窃盗罪は事後強
盗致死罪に吸収され、事後強盗致死罪と建造物侵入罪
は目的、手段の関係にあるといえるので、牽連犯(54
条1項後段)となる。
2 丙の罪責について
(1) 丙が乙と共にBに暴行を加えた行為について、事後
強盗致死罪の共同正犯が成立するか。丙は乙の窃盗
行為には関与していないため、まず事後強盗罪の構造
が問題となる。
ア この点、事後強盗罪の構造を身分犯と解する見解
がある。しかしこの見解では、事後強盗罪の既遂・
未遂は暴行・脅迫の既遂・未遂で決せられることに
なるが、これは事後強盗罪の罪質が財産犯であり、
その既遂・未遂は先行する窃盗罪の既遂・未遂で決
せられると解されていることと矛盾し妥当でない。
よって、事後強盗罪の構造は、窃盗罪と暴行・脅迫
罪の結合犯と解するのが妥当である。
イ そうだとすれば、本問では丙は暴行にのみ関与し
ているにすぎないので、丙の罪責については承継的
共同正犯の成否が問題となる。
(ア) そもそも、前述のような共犯の処罰根拠につ
いての因果共犯論の見地からは、後行者は先行
者の惹起した事実について因果性を及ぼし得な
い以上、処罰根拠が認められない。
よって、承継的共同正犯は認められない。
(イ) よって、丙の当該行為について、事後強盗致
死罪の共同正犯は認められない。
(2) では、丙の当該行為について障害致死罪の共同正犯
(60条、205条)が成立するか。本問では、Bの死亡結
果が丙の関与前の乙の暴行によるものか、関与後の
丙と乙の暴行によるものか不明であるため、障害致死
罪に207条の適用が認められるか問題となる。
ア そもそも、同条は誰かが「無実の罪」を負うことに
なることを正面から肯定するものであり、その合理
性は極めて疑問がある。よって、同条の適用範囲は
なるべく限定的に解するのが妥当であり、法文上明
示された傷害罪についてのみ適用があると解する。
よって、障害致死罪に同条の適用は認められない。
イ もっとも、同条は傷害罪には適用されると解する
以上、本問では、丙の当該行為について傷害罪の共
同正犯(60条、204条)が成立すると考える。確かに、
207条の合理性には疑問があるものの、同条の適用
を認めないと、意思の連絡がある場合とない場合と
で不均衡が生じ妥当でないからである。
(3) 以上より、丙は傷害罪の共同正犯の罪責を負う。
3 甲の罪責について
(1) まず、甲が乙に対してA会社の倉庫に侵入するように
唆した行為について、建造物侵入罪の教唆犯(61条1項、
130条前段)が成立する。
(2) では、乙に対し同所から金目の物を盗み出してこいと
唆した行為について、窃盗罪の教唆犯(61条1項、235条
)が成立するか。甲は同所には何も保管されていないと
思っていたので、故意が認められないのではないのか、
いわゆる未遂の教唆が問題となる。
ア そもそも、前述のように共犯の処罰根拠について
の因果共犯論の見地からは、故意が認められるため
には正犯による既遂惹起の認識・予見が必要と解さ
れる。よって、未遂の教唆は故意が認められず、不
可罰と解する。
イ よって、甲には故意が認められず、同罪は成立し
ない。
(3) 以上より、甲は建造物侵入罪の教唆犯の罪責を負う。
以上