しなこじダイアリー

日常生活のあれこれ

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公園の花に心癒されて

2011-08-30 07:36:13 | Weblog

                  五百羅漢全100幅を図録でながめていたら眼も疲れて、
                  曇り空でしたが公園の花を見たいと思い、出かけてみました。

 

                 

                   早朝に歩いている公園ですが花壇が開くのは9時

 

         

         

              夏の花は終わりに近く、チョウは蜜あつめに大忙し

 

 

 

        

              マンデビラ  ローズ・ジャイアントの鮮やかな色に心奪われ

 

 

        

              ノーゼンカヅラの木陰の白いベンチで夢見心地

 

 

         

               そう今夏はこの花が話題に、撫子模様が巷にいっぱいでした

 

         

         

         

 

                

        

                 大輪のアメリカフヨウ

 

         

         
         
         

         

          

 

        

        

                いろいろな蝶を見かけました

 

 

        

             萩は花をつけはじめました、桔梗は夏から咲いていますが

 

                    

                      女郎花と共に秋を感じる花です

 

              

              夏を惜しむ花、秋を感じさせてくれる花、美しい模様の蝶と
              木場公園の花壇はいつも心を癒してくれます。


        
              今朝も早朝に歩きましたが、涼しい風に、遅くなった夜明け、
              秋が近いことを感じて嬉しくなりました。
              夏嫌いな私には、一番待ち遠しい季節です。

 

 

 

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高円寺 「阿波おどり」

2011-08-28 06:48:51 | Weblog

                    東京 高円寺の阿波おどりは、55回目を迎え、
                    杉並区のJR高円寺駅周辺で27日に始まりました。
                 

 

                    

                  電力不足の懸念から昼間(午後3-6時)開催でした

 

 

           

               「ヤットサー」のかけ声を共に、艶やかな衣裳に身を包んだ女踊り

 

 

           

                    法被に白足袋、鉢巻き姿の女性たちの男踊り

 

 

           

                 子供達も  この日は4900人の踊り手だったそうです

 

 

           

                 編み笠姿の女踊りはしなやかな歩みで進みます

 

 

 

                    

                      こんな踊り手さんもいました

 

 

                   

                  73の「蓮」と呼ばれる踊り手グループが参加
                  高円寺の「蓮」が登場

 

               

                     ひときは拍手が多かった

 

                  

 

           

           

           

                大人数で賑やかな「蓮」は男性が主役、周りを圧倒していました

 

 

           

                    踊り手は8ヶ所の演舞場を回ります

 

 

           

                沿道は大変な人出で近寄れなくて、数カ所の演舞場を移動

 

 

         

                   順番待ちの踊り手さん

 

 

                 

                        山形の「蓮」も参加

 

          

                  「蓮」は日本中から集まっています

 

 

                 

                       粋なお兄さんでした

 

 

           

                   正面はJR高円寺駅ホームです

 

 

     

             提灯は倒れたのではなく、倒して見せます、演技なんです!

 

 

         

                 やはり女踊りは艶っぽい!

 

 

         

 

               

                     「てんぐ蓮」の女踊り

 

 

               

                   こちらは外国人カップル、人気でした

 

 

         

                 この場所の最後はマイクロソフト連

 

         

                   踊り手は若手が多かった

 

            例年なら始まる時間6時に終了、昼間の阿波踊りは初めてでしたが、
            沿道は観客で埋め尽くされ、観客は数十万だったとか。

 

 

       

        「踊って日本を元気にしよう」と踊り手も、沿道の人々も心がひとつになれた。
        高円寺 阿波おどりは、今日28日も午後3時ー6時まで開催されます。

 

 

 

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五百羅漢  其の三

2011-08-26 22:06:19 | Weblog

               ここからの3部、10幅にわたって続く「禽獣」のパートでは
               一信はさほど明確な計画を立てずに描き勧めたのではないか。
               「羅漢動物園」を作るようなつもりで。

 

          

                     第61,62幅  禽獣

           61幅では、羅漢が一角獣と鹿とが合体したような動物の耳掃除をしている。

           62幅では、従者が巨大な亀を指さして羅漢に語りかけている。
           甲羅には星のような模様があり、羅漢は占いの結果を書き留めようとして
           いるのか。    すっかり手なずけられた動物たち。

 

 

            

                  第63,64幅  禽獣

             63幅では、雌雄一対の鳳凰が飛来する、羅漢たちはその様子を
             一斉に見上げる。
             前景の3人だけでなく、遠景の円相が重ねられるほど小さく描かれる
             羅漢までも、クライマックスでも主役以外は素知らぬ顔をしているのに
             ここでは全員一致で喜んでいるようだ。

             64幅でも、同様に鳥が飛来する、でもこちらでは「なんだこれは」と
             巨大な赤い鳥の飛来を恐れているように見える。
             この鳥実は右手前従者の暢気に餌をやっている龍の子を狙って
             いるのである。
             ガラスの器に入れられて過保護の龍、危うし。

 

 

            

                    第69,70幅  禽獣

             69幅  羅漢たちがなんとか手なずけようとしているのは、霊獣・白澤、
             角は5本も生え、目は脇腹にも沢山ある。
             麒麟ビールの「麒麟」のようなものだと思われるとよい。

             70幅では、2匹の獅子がきれいな模様の玉を手にじゃれ合っている。
             それをにこやかに眺める羅漢。  従者の1人は面白がって、獅子を
             ちょいちょいと突いている。

 

 

                  羅漢たちは海に出て行き、竜宮を目指す

 

           

                第73,74幅  龍供 (りゅうぐ) 

            八人の羅漢たちが列をなして、74福に描かれている竜宮の主・竜王の
            出迎えを受ける。
            73幅右下、最後に到着した最も老齢の羅漢は、従者に手を取って
            もらいながら、ようやく竜宮入り口の石畳に登ろうとしている。

            右上には、先に到着した2人の羅漢が、手厚いもてなしを受けているのか
            相好を崩して座る。
            その背景には水墨の龍の衝立、いかにも狩野派的な画題であり、
            一信が自らの出自を示す、密やかな自己主張である。

 

 

            

                   第75,76幅  洗仏等

             75幅、まず目を引かれるのは、胸も露わにぐったりとうなだれ、従者に
             介抱される女性。
             その下では、羅漢が生まれたての赤子を手に持ち、産婆が水を掛けて
             いるから、釈迦の誕生の場面。

             一信は、灌頂盤の上にのる誕生釈迦仏から発想したのだろう。
             それにしても出産直後の母、つまり摩耶夫人をこの様にエロティックな
             姿で描くとは。
             53福の首吊り死体と同様、一信の女性に対する屈折した視線が濃厚に
             反映されている。

             上部には、仏像、光背。蓮台を洗う羅漢たち。
             「洗仏等」という外題の「等」には実は本題の画題から逸脱した一信の
             構想が示されているのである。

             76幅では、舎利、つまり釈迦の遺骨を洗う羅漢たちが描かれている。
             これから分骨しさまざまな宝塔に納めようとする場面。

             しかし遠景にはこの「洗舎利」とは一見無関係な、巨大な鯉の口から
             童子がはき出される場面が描かれる。
             その光景に驚く羅漢たちのモデリングには、弟子・一純の関与が
             想定される。

 

 

            

                    第77,78幅  堂伽藍

             寺院建立のため、大工として労働に従事する羅漢たち。
            
            77幅では、机の上に設計図が広げられ、墨壺、曲尺などもおかれている。
            「羅漢設計事務所」打ち合わせの図である。
            遠景には材木を切り出し鉋で削る羅漢たち。

            78幅では材木を鋸で挽いたり、鑿でほぞを刻んだり、さらに詳細な建築の
            行程が描かれる。
            
            一信は、北斎「富嶽三十六景」、広重「東海道五十三次」などの浮世絵に
            描かれる職人たちの情景に感化されつつ、現実の江戸の町における
            建築現場も、注視していたのだろう。

            この「五百羅漢」の制作途上、安政2年(1855)には安政の大地震が
            江戸を襲った。
            一信が幼児から親しんだろう本所の羅漢寺も大きく被災した。
            現実を見つめる一信の視線が濃厚に反映されているのである。

 

            「羅漢建築事務所」から「羅漢工務店」に発注された寺院の建設は
            黙々として働く大工としての羅漢たちに悪鬼たちも殊勝に協力し、
            建築が進み、骨格が出来上がって行く。

 

 

           

                   第81,82幅  七難 震 (しん)

          第81~90幅まで、これまでの画面構成から一転して、背景はすべて真っ黒に
          塗り込められている。  その陰鬱な画面の中に、人生において見舞われる
          かも知れない、7つの災難、しかし経文を唱えることによって避けることができる
          災難が面々と描かれて行く。
          だがいずれも上部に羅漢を配し、下部に災難に見舞われる人々を描くという
          画面構成は、10幅すべてに共通する凡庸なものであり、ここでもはや一信は
          下絵の制作にすら関与していないのではないかと思われる。

          
          81,82幅とも地震の場面、もちろん安政2年(1855)旧暦10月2日、
          安政の大地震は弟子と共に体験しているから、リアルな記憶が反映
          されているはずだ。

          また円山応挙による「七難七福図巻」に類する丸山四条派の作品を参照した
          可能性もある。

 

 

            

                    第83,84幅  七難   風 (ふう)  

             地震だけではない、安政3年(1856)8月には、台風による大洪水が
             江戸を襲い、甚大な被害を与えた。
             この「七難」の場面はその数年後、被災の記憶を反映して描かれたもの。
             やはり円山四条派から感化された可能性もある。

             83幅左下、海の中で孤立しながら、観音菩薩を一心に拝む女性が
             小さく描かれる。
             観音は二筋の光明を届けるが、その姿はほとんど闇の中にとけ込む
             かのよう。 救済のありようは、この場面では著しく後退している。

             84幅では、沈没寸前の船から、羅漢が乗組員を救済しようとする場面が
             描かれる。  錫杖など羅漢から差し出されたものにすがる人々。
             だが、上方4人の羅漢たちはかたちだけ祈るばかり、これでは助からない。

 

 

            

                   第85,86幅  七難  羅刹 (らせつ)

            「七難」の後半、第85~90では「羅漢ビーム」が全開。  激しい動きが
            ある場面だが、いずれも背景は黒で塗り込められ、全体として画面構成が
            単調になっていることは否めない。
            一信本人が関与する割合はさらに低くなっている。

            85幅では、杵を付く親子に羅刹が襲いかかる、その奥には恐れおののく
            老婆。  親子三代の平穏な生活に、突然降りかかる災難。
            遠景には、捕らえた人たちを棒に括りつけて運ぼうとしている、羅刹を
            懲らしめるビーム。

            86幅では、山中で悪鬼に襲われた人々が描かれる。
            ビームを放つ羅漢が持っているのは、経本、その本をアコーデオンのように
            操って光を放つ羅漢の攻撃はよほど強烈なのか、悪鬼たちはっちまち
            退散しようとしている。

 

 

            

                  第87,88幅  七難  刀杖 (とうじょう)

             いつまで経っても戦争や犯罪を繰り返す愚かな人々。

             87幅では、甲冑に身を固めた兵士たち同士の戦いを描く。
             敗走する兵士に追い打ちをかけようとするもの、その刀の一振りで
             危うく切られそうになるが、すんでのところでビームが届いて、刀は
             バラバラと折れる。

             88幅では、旅する商人たちの一行が、盗賊たちに襲われる場面が
             描かれる。
             びゅーんと腕を伸ばした羅漢の手、その手が持つ宝珠から放たれる
             ビームが、やはり刀をバラバラと折る。 羅漢が腕を伸ばす特徴的な
             図像にも先例はあるが、それをさらに劇的に強調して描かれている。

 

 

           

                 第89,90幅  七難  加鎖 (かき  加に木偏が付く)

         89幅は、罪人たちが裁きを受ける場面。 建物の奥には閻魔大王がいるから
         地獄の入り口の審判なのだが、手前に描かれる刑罰の様子はいかにも生々しく
         江戸時代に実際に行われていた拷問を反映していることは間違いない。

         羅漢は罪人にも、獄卒にも、さらに拷問の道具にもビームを放つ。
         裁く方も、裁かれる方も、もうこんな事はやめなさい、と言わんばかりに。

         90幅は、「鬼平犯科帳」など時代劇でおなじみの押し込み強盗の場面。
         富裕な商家を襲う強盗、屋敷の奥では、当主、妻、娘が冷静に向き合っているが
         手前には凄惨な光景が描かれている。

         羅漢は錫杖で盗賊を小突いたりするが、ビームは一筋のみ。富裕な人々に
         対しては冷淡である。
         ここまでの「七難」の場面、一信は入念な下絵を描いたであろうが、病を発した
         彼に前半分のような筆技を駆使する力は残っていない。  
         ほとんどが弟子・一純が描いているのだろう。

 

 

 

           

                  第91,92幅  四州  南

           「五百羅漢図」全100幅も最終盤。 ここに至って一信の余命もそろそろ
           尽きようとしている。
           最後の10幅で描かれるのは、「四州」すなわち須弥山を中心とする仏教の
           世界観で外周に位置する東西南北の「州」=「島」のありさまである。
       
           残る10の場面を割り振るに際して、一信は南に4幅をあて、残り6幅を
           東、西、北に2幅ずつあて。
           資料に寄れば一信は96幅まで描いたところで没し、残り4幅は10分の1の
           下絵をもとに妻と弟子が補作したとされる。

           91,92幅はインドのアショカ王が即位する場面、ほとんど連続する図様で
           ある。  両幅とも画面下方に描かれる、やまと絵風の松に違和感が
           一信はこんな指示をしてなかったはずだ。

 

 

          

                   第93,94幅  四州  南

          93幅の右中ほどにいるアショカ王が、仏塔を建立する場面。
          94幅には、完成した仏塔、建設途上の仏塔が描かれる。
          それにしても完成したはずの仏塔の描写が、なんとへにょへにょと弱々しい
          ことか。 ここでもはや10分の1の下絵だけを残した一信は、ほとんど本画の
          製作には関与していないのだろう。
          羅漢をはじめとする人物の所作もバラバラで、いかにも散漫な画面となって
          しまっている、残念だ。

 

 

       

               第95,96幅  四州  東

       富裕な人々の暮らしが描かれる。
       95幅では、俵に詰められた品々を従者たちがせっせと運ぶ、。 天井から降りて
       様子を見に来た羅漢に、童子が供物を差し出す。

       そこにはお約束のように富の象徴、つまり戦後日本におけるダイアモンドのような
       アイコンである珊瑚が描かれるが、羅漢はもちろんさっぱり無関心。

       96幅では、絹織物や魚の交易の様子が描かれる。
       この2幅はさしずめバブル期のデパートの光景、羅漢たちはこれも徹底的に無視。
       そんな図様は一信の発想だろうか、弟子たちはもはやそれを描ききる技術も
       気力も持ち合わせていない。

 

 

        

                 第97,98幅  四州  西

        98幅では牛馬が、98幅では、羊が交易される様子が描かれる。
        羅漢たちはもはや現実世界にはなかなか降りてこようとはせず、ほとんどが
        天井に小さく描かれる。
        背景の最上部にはうっすらと朱が施されており、この壮大な叙事詩の終篤を
        予告している。 一信はこの下絵を描いた頃、四州の西、つまり西方浄土へと
        向かう心づもりをすっかりしていたのだと思う。
        また妙安や弟子たちも、ここに至ってはすっかり覚悟を決めていっと思われる。

 

 

          

                 第99,100幅  四州  北

             西方浄土の光景、もはや羅漢たちは、天井から見下ろすだけ。
             この寂しげな結末を、果たして一信自身どれほど見届けることが
             できたのか。

             100幅の落款には「法眼一信書」と記される。
             一信が法眼に叙任されたのは、文久2年(1862)7月10日
             没したのは翌文久3年9月22日である。
             これと同様の落款がおそらく叙任以前の作にも見られるから、
             いずれも彼が自ら記した落款ではない。
             妙安、あるいは一純が筆癖をまねて記したに違いない。

             一信はただひたすら絵を描きたかったのである。
             その絵が150年近くの歳月を経て今甦る。
             草葉の陰の一信が、少しは喜んでくれるだろうか。

 

 

          

               釈迦文殊普賢四天王十代弟子図      (成田山新勝寺)

          安政5年(1858)に完成した成田山新勝寺不動堂に描かれた強大な壁画
          明治33年(1900)に壁画から外され、軸装にあらためられた。
          ここ30年ほど、公開される機会はなく、寺外で展示されるのははじめて。

          増上寺「五百羅漢図」と並行して描かれたものだが、こちらは水墨を基調として
          金泥が加えられるのみで、増上寺本のような彩色は施されていない。
          しかし明らかに増上寺本と共通する鋭い形態感覚、筆技の冴えが見られ、
          一信壮年期の充実した画業を示す壮大な画面である。
              (縦4m、横5mを超える大きさ)

 

          増上寺が所蔵する「五百羅漢図」全百幅がこのためだけに展示されて、
          大きさが130×90と聞いていましたが、実際表具も含めると縦が3m位、
          2幅ずつ展示されていました。

          ほとんど予備知識なく実物をいきなり見て、衝撃を受けたあとでこの図録
          (明治学院大学教授・山下裕二氏)をゆっくり見直しました。

          全幅見たあと頭の中でごちゃごちゃになっていたのをようやく少し整理して
          紹介しましたが、一信が30代後半から約10年の歳月を費やした命がけの
          仕事を見ていただきました。
          見ていただきありがとうございました。

 

 

 

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五百羅漢  其の弐  

2011-08-24 21:58:41 | Weblog

          

              左から 第21,22幅  六道 地獄

        「其の弐」は地獄から始まります。
        深刻な罪を犯した人は、死後、人、天、修羅、餓鬼、畜生、地獄の六道を巡る。
        地獄の描写は、全100幅を通じて一信が最も意気揚々と筆を走らせている場面、
        従来の羅漢図にこれほどアグレッシブに地獄の描写が加えられることはなかった。

        21幅では、地獄で釜ゆでにされる人々に対して、羅漢が長い錫杖を垂らし、
        掬い上げようとする。
        しがみついた人はなんとか助かりそうだが、それを追って我も我もと手を伸ばす。
        獄卒の鬼たちの淡々とした表情がおかしい。

        22幅では、ザーッと刷毛で一気に引かれた風の表現が見事。
        龍が吐きだす炎も消し飛ばそうとしている。 ここに至って、一信のアドレナリンは
        最高潮に達している。

 

          [渾身の地獄絵を描き終えた後、鬼趣(餓鬼道)、畜生道すなわち六道輪廻で
          動物の姿になった者たちと羅漢との関わりを描き、修羅道ではあの世に
          行っても戦いをやめない「どうしようもない奴ら」を描き、羅漢たちがうんざりした
          表情で、もう救済する気さえ失せてしまった有様を描いている。]
         

 

        

                           第33,34幅  六道  人 

         鎌倉時代に描かれた国宝「六道絵」以来「人道」といえば生老病死、人生の

         さまざまな苦しみが描かれてきたが、一信はここではもっぱら栄達を遂げた
         成功者たちの有様を描写する。

                 33幅では王侯貴族が前景に大きく配される、羅漢たちはその宮殿へと向かう
         道にひっそりと紛れ込み、小さく描かれる。

         34幅では羅漢たちが手前に、後景に宮殿が小さく描かれる。
         ここで羅漢を撮影するショットは逆方向に切り替わっているわけだ。
         脇役に回った彼らは、現世での立身出世などなにほどのものではない,
         と言いたげに無関心な表情である。

 

 

          

                    第35,36幅  六道  人

           羅漢たちに、豪華な品々を満載した宅配便がぞくぞくと届く。

           35幅では、遠景の橋の上に駱駝が荷物を運んでいる様子が描かれる。

           36幅では、前景に急な坂道を重い荷物を二人がかりで運ぶ様子が描かれ、
           やはりショットが逆方向に切り替わっている。
           35幅では、羅漢たちが宅配便にちょっと喜んでいるものの、36幅では
           まったく無視。
           山中に籠もって、豪華な品物などお構いなしに修行に励む。
           一信の富裕な人々に対するシニカルな視線が密やかに表明されている。

 

           つづく「天道」4幅でようやくいったん第1部が締めくくられ、羅漢たちが
           天へと向かう場面と「やっぱり面白くなかった」と言いたげな表情で
           天からかえってきた場面など描かれている。

           一信は気持ちを切り替えて「第2部」の構想へと向かっていくのです。

 

 

           

                 第41,42幅  十二頭陀 阿蘭若(あらんにゃ)

            ここから「第2部・羅漢さんアゲイン」がはじまる。 天道から戻ってきた
            羅漢たちは不満げな表情だった。
            「十二頭陀」つまり羅漢たちの最も重要な十二の修行。衣食住を超越した
            頭陀行描く場面では、一信が仕切り直して、さらに凄まじい精力を傾注
            してゆく。

            41幅では、従者たちが仏像を彫っている。 清涼寺式の釈迦をもしたもの。
         
            42幅では、手前の羅漢が数珠を作っており、従者はそれを手伝う。
            この2幅では、建物の透視遠近法的表現が目立ち、急速に西洋画法の
            摂取に傾斜していったことがうかがえる。

 

 

         

                第45,46幅  十二頭陀  節食之分 (せつじきしぶん)

            托鉢を受けて食物を得た後、羅漢たちはどうしているのか。

            45幅「節食之分」では、せっかく受けた施しを口にすることなく、修行に励む
            羅漢たちが描かれる。
            何とも不気味な陰影表現が際だつことから、全100幅中、研究者間で最も
            注目されてきた場面である。

            46幅は、托鉢で得た食物を調理し、あまったものを分け与える場面。
            未消化で実験的な陰影方をいったん封印し、せっせと働く羅漢たちを
            描こうと気を取り直したようだ。
            2幅の連続性はほとんど考慮されていない。

 

 

           

                第47,48幅  十二頭陀  納衣

             衣食住の「衣」に関する羅漢のふるまいを描いた場面。
 
             47幅では、前景で裁縫をしていたり、洗濯をしていたり、さらに後景では
             死体から衣を剥ぎ取るすさまじい場面が描かれる。
             その傍らでは、従者たちが地面に穴を掘り、衣を剥ぎ取られた人を埋葬
             しようとしている。
             十二頭陀の行で、羅漢たちは「糞掃衣(ふんぞうえ)」というきわめて
             粗末な衣服を着なければならなかった。

             48幅では、手前で従者が糸を紡ぎ、その後ろで羅漢が染め直し、さらに
             奥では洗い張りをしている。 「仕立て屋・羅漢」の情景である。

 

 

            

                 第49,50幅  十二頭陀  家間樹下(ちょうげんじゅげ)
                                     (家の冠に点がない字)

            45,46幅で実験的な陰影法を試みた一信は、その後の3幅でその方法を
            いったん封印していたが、この2幅で再度強烈な陰影法を駆使し、全100幅
            を通じて最も独創的な一信ならではの表現が生み出されることとなる。

            49幅では、「家間樹下」すなわち塚=墓地の樹木の下での修行の様子が
            描かれる。
            奥の羅漢は、野辺に打ち棄てられた亡骸を観想していることが、マンガの
            吹き出しのように描かれている。

            50幅では、マングローブのように気根を伸ばしたいかにも南方的な樹木の
            下「路地」すなわち野外で修行する羅漢が描かれる。
            鈍く輝く満月が、いっそう不気味さを助長している。

 

 

                 

                       52幅  神通の一部

              全100幅の後半線。「神通」すなわち神通力=超能力を描いた場面、
              ここからの10幅で一信は従来の羅漢図であり得なかった突飛な
              発想を描き出している。

              この絵は羅漢が自らの顔を剥いで、実は火炎を背負った不動明王を
              示す、ここに至って一信のイマジネーションは暴走し、かろうじて
              その確かな技量だけが制御する弁となっているのである。

 

 

           

                  第53,54幅  神通

            53幅、首吊り死体を淡々と片づけようとする羅漢。 全幅中最も生々しい、
            衝撃的な場面である。
            一信はこんな女の死体を見たことがあったに違いない、でなければこんな
            絵は描かない。   遠くにいる3人の羅漢は、そんなことなどお構いなし。

            54幅では、火炎の中にいる羅漢、つまり不動明王となった羅漢が描かれる。

 

                

                   悪鬼を退散させようと羅漢が光のビームを放つ

 

 

           

                   第55,56幅  神通

            55幅、羅漢がベリベリと顔の皮を剥ぎ、実は観音菩薩であることを示す。
            その化現を目の当たりにした3人の驚く様が描かれる。          
            しかし従者や他の羅漢は涼しい顔「そんなことも知らなかったの」と
            言わんばかり。

            56幅、羅漢が手にする観音菩薩の画像から放たれるビームは二筋だけ、
            しかも見得を切る羅漢の背後を通して、控えめである。

 

               

                       実は観音菩薩

 

 

           

                 第57,58幅  神通

            58幅では、岩の中、静かに入定しようとする羅漢が描かれる。
            不動明王はもはや不動明王たることを諦めようとすらしている、悪鬼や
            阿修羅たちは、総動員でこの入定を妨げようとする、だが他の羅漢たちは
            積極的に戦おうとはしていない。

 

                

            57幅、羅漢が手にする鏡面から放たれる釈迦のビームは強烈である
            だがその手前には、腹を突き出し、いかにも暢気な羅漢がよりいっそう
            大きく描かれる。

 

                

            一信はここで明らかに超俗のアイコンとしての布袋を羅漢の代表として
            描いている。  布袋のまわりにじゃれつく子供達の図像は、布袋図には
            お決まりの唐子をアレンジしたもの。
            釈迦のビームの右上、左手をことさらに広げて天を仰ぐ男の図像にも
            先例があり、一信の幅広い学習を示す好例である。

 

 

           

                    第59,60幅  神通

              60幅では、凄まじい神通力を見せつけられて、最後には釈迦像から
              発するビームですっかりおとなしくなった悪鬼たちが降参している。

              ぽっかり浮かんぶ満月を見上げる、遠景の陽気な2人の羅漢。
              

 

                 

              59幅は「羅漢病院」  瘤ができた人、骨折した人、お灸をすえる人、
              羅漢が処方箋を書き、患者たちの与えているところだ。

 

 

                

                右上方、大蛇の口の中にいる羅漢が何とも面白い。
                病院を見下ろしながら、「おーい、お前たち、ちゃんとやってるか」
                というところだろうが、病院経営にはさほど関心がないようだ。

                一信のバーチャルな構想が全開となった「羅漢さんアゲイン」の
                第2部ハイライトはここで終息する。

 

 

 

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五百羅漢

2011-08-23 08:23:42 | Weblog

                  江戸東京博物館で7月はじめまで開催されていた
                  増上寺秘法の仏画「五百羅漢」の鑑賞を前に
                  学芸員の方による講習があり楽しみに出かけました。

 

           

                   3月30日に紹介した東京港区芝の「増上寺」

 

           

                   江戸東京博物館友の会{えど友」のイベントです

 

                     

               幕末の絵師『狩野一信』は名前を忘れられていた画家といわれ、
               謎の多い絵師のようです。

 

                     

               増上寺に秘蔵されていた五百羅漢図百幅、公開されるまでは
               全部見ている人は10人以下でしょう、との学芸員の解説に
               驚きました。

 

                      

                     百幅一度に見られるのは貴重な機会でした

 

 

                

                 図録を見てまた楽しみ、百幅はとてもまとめられなくて
                 今になりました、時間がかかるかもしれませんが、紹介
                 したいと思います、よろしかったらお付き合いください。

 

           幕末の絵師・狩野一信が48才で没するまでに、約10年の歳月を費やして、
           96福までを描き、残り4幅を妻・妙安、弟子・逸見一純らが補作して
           文久3年(1963)に奉納されたものである。

           明治初期の廃仏毀釈の嵐も、第二次大戦の東京大空襲による罹災も
           奇跡的に免れていまに伝わるこの知られざるすさまじい絵を、ともかく
           まずは多くの人にいきなり見ていただきたい。

           そんな一心で企画したこの展覧会です。 一般の方はもちろん、日本
           美術史の学者も、美術館博物館の学芸員も、さらに所蔵される増上寺の
           方ですら、少なくとも戦後においてはほとんど誰もその全貌を見たことがない
           「五百羅漢図」全百幅を、関連資料と共に一挙初公開する展覧会なのです。

              (一信、「五百羅漢図」への道のり  はじめに 山下裕二 )

 

 

 

 

 

       

              右側から 第1幅 、2幅 名相 (みょうそう)

       基本的に2幅で一対です。 名相 羅漢たちの日常生活を描いている、経を読んだり
       談笑したりしている。(丸い輪があるのが羅漢、2福で10名の羅漢が描かれている)

       一信が「五百羅漢図」製作に着手したのは文久4年(1864)の開眼供養にまつわる
       資料などにより嘉永7年(1854)春であったことが判明する。

       以来文久3年(1863)9月に没するまで10年足らず、第1幅から順次構想を練り、
       下絵を周到に準備し、百福の壮大な叙事詩とも言うべき全体像を構築していったと
       思われる。

 

 

 

          

             第3,4幅 名相  やはり羅漢たちの穏やかな日常生活

         第3幅の大あくびをする童子の図様が注目される。 室町時代の画家・霊彩の
         「欠伸布袋図」以来江戸時代にキャラクター化されて描き継がれてきたポーズ
         であり、一信が羅漢図のみならず、幅広い様々な画題から図様を摂取している
         ことを示す好例です。

 

 

          

                   第9、10幅  浴室

             この2幅は、軸の裏に添付された外題によれば「浴室」となっており、
             「名相」と区別されているが、羅漢の日常を描くという意味において、
             「名相」のむしろ重要な場面と考えられる。

             簾がかけられた浴室に向かう羅漢、また入浴後の羅漢の様子が
             ほのぼの描かれている。
             髭を剃られたり、爪を切られたり、簾越しに会話していたり。

 

 

               

                     第11,12幅  受戒

             「受戒」すなわち羅漢さんたちがこれから僧になろうとする人に対して
             様々な戒律を授けている場面。
             他の場面に比べてきわめて動きが乏しい画面となっている。

 

 

            

                 第13,14幅  布薩 (ふさつ)

          「布薩」とは、いわば羅漢たちの反省会である。 毎月二回、定められた場所で
          会合を開き、その間にもし罪を犯したなら、告白、懺悔する。

          印相によれば阿弥陀如来であると思われる仏像を前に焼香する羅漢の廻りを
          他の羅漢たちが取り囲む。
          それを見守る梵天(右13幅)帝釈天(14幅)、そして左奥の毘沙門天。
          羅漢たちは神妙に反省会を開いているが、左中程の従者2人は、にやにや
          しながら無駄口を叩いているようだ。

 

 

            

                 第15,16幅  論議

           「論議」すなわち羅漢たちのいくぶん気楽なフリー・ディスカッションである。
           そのため表情には精彩があり、15幅の下方に座る羅漢は、意気揚々と
           議論を仕掛け、16幅左下、赤い衣の羅漢はその発言に対して身を乗り出し
           目を剥いて応戦している、さながら「朝まで生テレビ」である。

 

 

 

            

                   第19,20幅  伏外道

              「伏外道」すなわち羅漢たちが、異教徒である外道を力ずくでも
              仏道に入信させている場面である。
              19幅では右下の外道が骸骨の首飾りをはずし、左下の外道は
              炎が燃えさかる冠をつけたままだが、それを外すように、すでに
              改心して外道に説得されている。

              ただ後ろの羅漢は暢気に耳掃除をしていたりするのがおかしい。

 

                

             20幅では、右手を高く上げ、仏塔をかざす羅漢の決然とした表情が
             とりわけ目立つ。
             青い外道はすっかり改心し、合掌した手をことさら伸ばす。
             下方では、他の外道が異教の教典を食いちぎり、焼き捨てている。
         
             外道制圧作戦はこれにて完了。 これから羅漢たちは、さらに凄まじい
             戦場・地獄へと向かう。

 

 

 

 

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「レカン」

2011-08-20 06:57:57 | Weblog

              銀座四丁目ミキモトビルの地下にあるフレンチのレストラン「レカン」に、
              6月の私の誕生日祝いに招待いただいたレストランがお気に召さず、
              7月はじめにお祝いのやり直しとkiyさんに招待していただきました。
                   

 

                

                     銀座の老舗レストランです

 

           

                  静かで落ち着いた雰囲気です

 

           

                  コース料理をいただくことにしました

 

 

           

                  アミューズブーシェはトビウオ  飾りはトビウオのヒレでしょう

 

           

                    暖かいパン、すぐ手が伸びてしまいます

 

 

           

                  前菜  シャラン産鴨とピスタチオのテリーヌ仕立て

 

 

           

                夏野菜のガスパチョスープ、セロリのグラニテと共に
                セロリのグラニは初めてでした、ガスパチョにぴったり!

 

 

           

                牛ロースのロースト、グリーンペッパーのソース

 

 

                もう一つのお楽しみ

           

            ワゴンデセールはこの種類です、ぜん~ぶいただきたくてお腹と相談

 

           

                 少しづつとお願いしてこの種類  選びきれなかったのです!

 

                 これで終わりではありません

 

          

                次に運ばれてきたのは”宝石箱”

 

           

                   美しい宝石がいっぱい!

 

           

                    プティフール です 

 

                相変わらずよく入りますね~なんて聞こえてきそうです。
                いえいえメインは肉料理と魚料理の両方も選べるのですよ。

 

                「料理は頭の中から生まれるものではありません。
                自ら足を運ぶことで出会えた素晴らしい食材と向かい合い
                その時と空間の中で、手を動かしながら研ぎすまされた
                感覚と共に生まれるものだと考えます」
                 
                  シェフ 高良康之氏の言葉

 

                「レカン」は大好きなレストランです。
                そう度々行けるところではありませんが、その雰囲気といい、
                品格の良さはいつも変わりなく、料理の満足度ももちろんです。

                誕生日祝いを2回もしていただいちゃいました。
                誕生日からふた月も過ぎようとしていますが、あらためて
                この1年も元気に過ごしたいと思いました。

 

 

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八月花形歌舞伎

2011-08-17 07:06:26 | Weblog

                 歌舞伎を見る機会があり、午後6時からの開園にあわせて
                 新橋演舞場に出かけました。

 

           

                 5時半頃、演舞場の前には多くの人が開場を待っていました

 

 

           

 

           

             八月花形歌舞伎は三部構成、若手の役者さんが多く出演しています
             

 

                

                     第三部を楽しみました

 

 

           

                13列目、花道からすぐのよい席でした

 

 

                

 

             最初は「宿の月」という舞踊劇、めでたく祝言を挙げたおつる(扇雀)と
             亀太郎(橋之助)。  やがて子宝に恵まれお宮参りにやってきます。
             我が子を抱いてはしゃぐ夫に対して、貫禄の出てきた妻は、自分の
             好まないことをせぬように夫に神様への誓いを立てさせます。

             歳月を経て小判磨きに熱心な妻、外で怪しい物音が聞こえ、おつるは
             夫を外へ突き出します。
             妻の愛情を確かめようと、賊に襲われたように装う亀太郎。
             おつるは金包みを放り出して夫を助けてくれと叫びます。

             互いの心が解かり、手をとりあって美しい宿の月を眺めるのでした。

             夫婦の愛情を描いたユーモア溢れる舞踊劇、2人の三三九度の杯から
             始まる舞台、妻のういういさが次第に変わる様子など、客席からも
             笑いを誘う楽しい舞踊劇でした。 (長唄囃子連中)

 

 

            「怪談乳房榎」   ー中村勘太郎四役早変わりにて相務め申し候ー

           勘三郎の当たり芸「怪談乳房榎」を初演から21年目に長男・勘太郎が
           受け継いだ、三遊亭円朝の口演をもとにした怪談噺。

           絵師重信・悪党三次・下男正助の三役をめまぐるし変わる舞台でした。
           早変わりは見事で、花道ですれ違いざまに入れ替わる時は目の前でしたが
           傘の影で瞬時の出来事で驚きました。

 

                    

           悪党三次がやむなく悪に荷担した下男正助を滝壺で殺そうとするところ
           (本物の水が流れ落ち、その中でびしょ濡れでの演技でした)

           ここに至るまでの大きな木のまわりを2人が追いかけっこする様は
           何処でどう入れ変わったか解らないくらい速いテンポでした。
           (二役とも勘太郎ですが、2人が舞台上にいるシーンもありますから)
         
           絵師・菱川重信の妻お関役の七の助の女形は美しく、最初から悪党役然と
           している浪人磯貝浪江(獅童)は、ひと波乱起こしそうな気配でした。

           滝の向こうに現れた重信の亡霊と、重信の内弟子となり、浪江により
           殺害されたはずの重信が南蔵院の天井絵を完成させるために霊となり
           現れる。
           舞台での怪談は思っていたほど怖くなく、怪談が苦手な私にも大丈夫。

           天井絵の龍に目を入れて完成させて、亡霊が煙と共に消える様は
           江戸時代から伝わる装置のようでした。

           終幕、4役目の三遊亭円朝で大団円を語る歯切れのよい口上も
           見事でした。
           

 

 

 

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公園で見る朝の月

2011-08-15 21:53:16 | Weblog

              今朝は4時半に目覚めてしまい、このままウオーキングに出ようか、
              もうひと眠りも魅力と迷いながらカーテンを開けたら、まんまる月が
              見えて、急いで仕度をしてカメラを持って木場公園に行きました。
               

 

         

             夜明けが少しづつ遅くなっています、公園にはまだ街灯が点いていました
             (4時50分頃)

 

                

 

                

                  

 

                

                  朝陽が当たり始めたスカイツリー (5時頃)

 

 

          

 

                 

 

           

                  木場公園北側エリアの端の現代美術館

 

         

                 蔓を大きく伸ばした色とりどりの朝顔は朝のお楽しみ

 

         

            散歩中のわんちゃんも多いのです、右は長唄を歌いながら歩く女性が
            連れているわんちゃん(長唄であるということは今日聞きました)

 

                

                     5時15分頃大橋の上から見た葛西橋通り

 

                

                  ビナンカズラ(美男葛、蔓植物)の葉に蝉の抜け殻
                  この時間公園は賑やかな蝉しぐれ、短い命を終えた
                  蝉もたくさん見かけます。

 

                

                

                                     アオオギリがたくさんの実をつけている

                

                   名残の百日紅に朝日が当たり始めました

 

                

                    大橋を戻る時にはだいぶ日が差してきました

 

                

                     緑のカーテンは何かしら?

 

                

                         ゴーヤでした

 

                

 

                

                   6月に咲き、この夏2度目の開花はアメリカデイゴ

 

         

               ニチニチソウと地に着きそうに伸びたミニバラ

 

                

                        コットンボール(綿花)

 

                

                

                   ムクゲやフヨウに似ているこの花はケナフ

 

                

                   ケナフのまわりのマリーゴールド、虫除けかしら?

 

                

                 最後の花のひと枝はキョウチクトウ、向こうの木にはセミ

 

                

                        クサギ (臭木)

                  独特の臭気をもつ落葉樹、秋に紫黒色に熟した実を
                  鳥が食べるそうです(シソ科) 
                  そんない嫌な香ではなかったような気がしますが
                  臭気を放つには訳があるのでしょうね。

 

              いつもは1時間ほどのウオーキングですが、今朝は満月につられて
              カメラを持って出たので、いつものコースを歩くのに時間がかかり
              1時間半近くも経過していました。

              ウオーキングの人、ランニングの人そしてラジオ体操に来る人、
              木場公園には早朝から多くの人が集まります。

              この所の猛暑で朝も蒸し暑く、爽やかな朝になるのが待ち遠しい。
              満月を夜に見ないで朝気がつく、早起きにすっかり慣れてしまった
              暑い夏です。

 

 

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相撲健康体操 in 国技館

2011-08-13 07:00:12 | Weblog

                 両国国技館で夏休みの朝開催されている相撲健康体操に
                 参加してみました。

                 国技館は我が家から地下鉄大江戸線で3つめの両国駅、
                 そこから徒歩で5,6分の所です。

 

                

                   朝7時半から始まるようなので少し早めに出かけた

 

 

                

                

         

           門の柵からのぞいたらまだ準備中、朝の稽古が終わったあとなのでしょうか

 

         

        7時20分頃には門が開き”おはようございます”とお相撲さんが迎えてくれる

 

                

                   小さな子にも声をかけて

 

         

                  子供達に大人気の若いお相撲さん達

 

          

            稽古のあとなのでしょうかまわしに砂が付いた若い力士さん達もいた

 

                 

                      ごめんなさい!力士のお名前は分かりません

 

                 

                        そろそろ時間です

 

 

           

                 広場には豊国稲荷と出世稻荷神社が祀られていました

 

 

  

               体操の始まりです

 

 

 

        見覚えのある方(理事さんの関係でしょうか)も指導していました  ”よいしょ”

 

 

           

                 力士さん達は体が柔らかいです

 

 

           

             子供達を連れた若いママさん達も多かったです

 

           

               可愛い光景があちこちで見られました

 

           

                 坊やが首から提げているのはスタンプを押してもらうカード

 

           

                      柔らかい体の女の子

 

                 

                  カメラを持って体操をしていたので、気になるらしく、、、

 

           

                  元気に!  ”よいしょ”

 

         

                 ”よいしょ”

             さすがに足腰が鍛えられそうな相撲健康体操でした

 

         

                体操が終わるとスタンプをもらいます

 

                      

                           もらってみました

 

                 

                      13日から21日まではお休み、次回は22日

 

 

           

                帰り道、振りかえると国技館の向こうにスカイツリーが見えました

 

 

                 

                      9月場所のポスターもらいました

 

               子供達からお年寄りまで多くの人が健康体操を楽しんでいます。
               子供達にはお相撲さんたちに近づけたり、話したり思い出の夏に
               なるでしょうね。
               次回はもっと動きやすい服装で行くことにしましょう。
                  

 

 

 

 

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薬膳料理 「星福」

2011-08-11 22:25:51 | Weblog

              連日の猛暑に銀座のランチは体に優しい薬膳料理にしました。

 

                     

                   銀座6丁目 かねまつビル6階「星福」 (シンフウ)

                   お昼の薬膳コースをいただいた。

 

 

           

                 前菜三種盛り合わせ  大葉のうしろの千切りはお豆腐です

 

 

         

            冬瓜と蓮の実、クコの実入りスープ       本日の点心は小籠包

           蒸しスープの、すぐいただけないほどの熱さが思いがけず美味しかった。

 

 

                

                    苦瓜と海老のすり身の黒みそ煮(トウチみそ)

                    苦瓜(ゴーヤ)の苦みはほとんど感じなくて
                    海老のすり身との相性は◎

 

 

                

                  ナツメ入りきのこと湯葉巻き、これも熱々の鍋料理
                  具も美味しいけど、スープがすごく美味しかった。

 

 

                

                    野菜入りお粥、さっぱり感を楽しんだり、
                    揚げワンタンの皮やザーサイ、ネギなど入れて
                    味の変化も楽しめます、野菜入りがいいですね。

 

 

                      

                         おなじみフルフルの杏仁豆腐

 

                     暑い日に熱い薬膳料理、お腹いっぱいでも
                     さすがにもたれる感じはなく、お腹が心地よく
                     食後にショッピングをしても汗だくにならない
                     気がしました。

                     連日の猛暑に冷たい物ばかり口にしているので
                     あつ~い薬膳料理が速効だったのでしょうか。

 

           

                  カウンターに並んでいるのは薬膳酒のようですね

 

 

                薬膳料理は美味しかったのですが、kiyさんが「味もよいし、
                もちろん体にもよいのでしょうが、やっぱり何か物足りない」
                ということで、買い物のあとにお茶にしました。

 

                 

                    いつもの「チョコレートサロン」でなく和光の喫茶店

 

           

                   ケーキはシーブーストそれに珈琲

 

           

                   しっかりしたタルトのケーキ、好きな味でした

                   お茶の時間、店内は女性ばかりでほぼ満席状態、
                   並びにある「和光チョコレートサロン」とは違う雰囲気でした。
                   

 


                      
               

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