しなこじダイアリー

日常生活のあれこれ

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元興寺 (がんごうじ)

2011-01-31 15:46:21 | 旅行
              猿沢池をはさんで北の興福寺、南の元興寺と平城京の台地に広大な寺地と伽藍を有し
              南都七大寺に数えられて隆盛を極めたが、平安後期から次第に衰退した。



      

           重文 東門



              

               国宝  極楽坊本堂 (極楽堂または曼荼羅堂)



              

               今の極楽坊は鎌倉時代に僧坊を改築したもの



              

                国宝  極楽坊禅堂(僧坊)



              

              

 
  

           境内には多数の石仏が並んでいる


  

                                        天邪気?     何カ所かで見かけた



              

            

                  国宝五重小塔や仏像は収蔵庫で見せていただいた

                  世界遺産 元興寺 正式名称は「元興寺極楽坊」?
                  奈良時代には金堂や講堂、僧坊、塔などの大伽藍を構えていたが、
                  平安時代に朝廷からの保護がなくなると衰退。

                  室町時代の一揆でほとんどの建物が焼失してしまった。
                  現在、一般に「元興寺」と呼ばれているのは真言律宗の元興寺極楽坊のこと。

                  華厳宗となっている元興寺と区別するために「極楽坊」と表記されている。



             3日間の奈良の旅はこの元興寺で終わります、久々の奈良で、もう一度訪ねたいところばかり、
             少し急いで廻りすぎたようで反省しています。

             斑鳩、飛鳥そして柳生とまだ行きたいところがあります、次回の楽しみにしましょう。





               

               

        
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奈良町散策

2011-01-31 08:21:39 | 旅行

浄瑠璃寺と岩船寺から奈良駅に戻り、お昼時は過ぎていて空腹に気がつきました、
              1人旅だとどうしても食事をする場所が難しい。
              よさそうなお店を捜しながら奈良町に行ってみることにしました。



                

                  格子が特徴の奈良町

               意外なことに、奈良町という行政上の地名はない。
               現在呼ばれている奈良町とは、猿沢池の南側一帯、かつての元興寺(がんこうじ)の
               大伽藍跡に形成された地域を指しているのだそうです。



                

                  程なく見つけたお店に入りました



                

                  野菜料理のお店でした、お昼のセットを注文



                

                 黒米ご飯と野菜料理の盛り合わせ、野菜料理が思ったよりボリュームもあり
                 黒米のご飯との相性もよく、お腹に優しい昼食になりました
                 


                

                 感じの良い若いカップルのお店でした



                

                 格子作りの家並みを見ながら歩くと歩調がゆっくりになった感じです



   

          中を見学できました


               

                こんな井戸が不思議でない感じの町家です



              

                いかにもこの町に似合うお店



                     

      庚申信仰  60日ごとに巡ってくる庚申の日(かのえさるのひ)の夜、人間の体内にいるサンシという虫が
      人間が眠っている間に体から抜け出して天に昇り、天帝にその人が犯した罪を告げる。
      天帝に罪を知られると早死にしてしまうと信じられ、サンシが体から出ないように仲間と共に徹夜する
      習わしとなった。

      徹夜の習わしはなくなったが、身代わり申を吊し、庚申さんをまつる信仰は今でもこの町に息づいています。
      


              

              申をかたどったお守りは、災いを代わりに受けて下さる「身代わり申」と呼ばれます



                         

                  奈良町は以前来た時より街並みも整い、お洒落なお店が増えていました
                  そう広くない奈良町ですがから散策にはちょうどよいです。
                  目指す元興寺にはすぐ着いていまいました。



                  

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岩船寺

2011-01-30 15:39:22 | 旅行
              浄瑠璃寺から木津川市コミュニティーバスで、上り道を10分弱で「岩船寺」に到着、
              このバスでまた浄瑠璃寺まで戻るようなのでバスの時刻表をチェックしておきます。



      

            階段を上がると山門 初夏になると道の左側に紫陽花が咲きます



      

           山の斜面に朱色が美しい三重の塔  前の池は氷っていました



             

                 葉を落とした木々の中に一段と鮮やかに見える塔です



                    

                      十三重石塔



      

             本堂  本尊阿弥陀如来座像        

    創立は天平元年(729)聖武天皇が出雲の国不老山大社に行幸の時、霊夢によってこの地に阿弥陀堂の建立を発願

    弘仁四年(813)堂塔伽藍が整備され、寺号、岩船寺となる


              

                    鐘楼



              

                 みつまた、つつじ、紫陽花などの花と紅葉が美しいそうです
                 この日は池に氷が張るほど寒かったのです、夏にクーラーがいらないほど
                 涼しいところなのだそうです。

                 
            この岩船寺に、京都クラブで訪れた時は観光バスでした、そしてここから浄瑠璃寺まで
            石仏巡りで山道を歩きました、磨崖仏や笑い仏など見つけながら歩いたのを覚えています。



              

              そのころと同じ光景に出会いました、農家の人が作った漬け物などが下がっています
              その時は野菜も並んでいましたが、この季節は漬け物とお茶でした。

              家に帰る日だったので何種類かの漬け物を買いました、一袋100円です(お茶は200円)
              クチナシで黄色く漬けたたくわん、中が赤い蕪など自家製といった漬け物でした。


              
               

                コミュニティーバスで浄瑠璃寺まで戻り、バスを乗り換えて奈良に戻ります。
                バスの時間だけチェックしておけば、問題なく行けるところになっていました。
                せっかちな私には1時間に1本のバスの時間が少々気になりましたが。

                こちらも住所は京都ですが、奈良の文化が濃い当尾の里です。

        

                      



        
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浄瑠璃寺

2011-01-30 07:09:48 | 旅行
              奈良の旅3日目、目的地は決まっていました、1時間に1本しかないバスで出かけます。
              それでも以前出かけた時は2時間に1本、それに急行になり、停まる停留所は少なく
              思いがけず早く着きました。

              到着したのは京都の木津川市、奈良との県境近くの小田原山「浄瑠璃寺」 ここには奈良から行きま。



        

              少し山合いにはいった場所で、静かなところです、大好きなお寺さんです



        

              山門



                

                  山門の塀の左手に見えた屋根は鐘楼

                  すぐ右手に潅頂堂、こちらの大日如来像は秘仏で、拝観は3日間のみ
                  何と前日まで、久し振りで忘れていました!



        

           本堂です



                 

                   本堂には九体の阿弥陀如来像 「九体寺」(くたいじ)ともいわれます

                 人間の努力や心がけなど、いろいろな条件で九つの往生の段階があるという考えから
                 九つの如来をまつった
                   



                       

                          中央 阿弥陀如来中尊像



        

             九体阿弥陀堂 (国宝 藤原時代) 当時、京都を中心に競って建立された九体阿弥陀仏を
             まつるための横長の堂で、現存する唯一のものです

             太陽の沈む西方浄土へ迎えてくれる阿弥陀仏を西に向かって拝めるよう東向きにし、
             前に浄土の池をおき、その対岸から文字通り彼岸に来迎仏を拝ませる形にしたものです

             1体1体の如来が堂前に板扉を持ちます



               

                  三重の塔 (国宝 藤原時代)



                     

                      三重の塔内には 東方本尊 薬師如来仏 (秘仏)

                      毎月8日・彼岸の中日・正月3ヶ日(ただし好天に限る)公開

                      今回拝観できなかった大日如来像も、この薬師如来像も
                      1回拝観させていただいています



        

            塔の前から望んだ阿弥陀堂  池には薄氷が張っていました

              今もここから池越しに秋分・春分「彼岸の中日」の午後の太陽の軌道を見ていると、
              九体仏の後方へ沈む様子が見られます。
              そして扉を開くと阿弥陀仏が池面に写る様子が見られるようですが、聞いてみたら
              「公開していません」と言われました。



                 

                   阿弥陀堂のところから見た対岸の三重の塔  



                 

                      秘仏・吉祥天女像

                五穀豊穣、天下泰平、豊かな暮らしと平和を授ける幸福の女神吉祥天
                こちらは拝観できました (阿弥陀堂内)


           

                           
  
                       阿弥陀堂も静かな境内もゆっくり見せていただきました
                       このあともう少し山奥の「岩船寺」に向かいます
         
        
            
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當麻寺(たいまでら)

2011-01-27 10:36:18 | 旅行
               お寺さんの閉門早いので、1時間以上かかりそうな葛城市の「當麻寺」に向かうべく
               奈良駅から出発しました。



              

                 近鉄の方が早いのですが、都合でJRで出発です



              

                     春の装いのような電車でした、乗り換えは3回、
                     途中から近鉄で「当麻駅」着は15時を廻っていました
        



        

         二上山の麓に広がる当麻は大阪湾と飛鳥を結んだ古道の街道沿いにあたる歴史的旧跡があるところです
         前回の時はもっと畑道のような気がしていましたが、駅からの道は民家の多い道、参道になるのでしょうか



             

                 仁王門を入ります



             

                本堂(曼荼羅堂)は正面でした

             創建は612年、推古天皇の時代にさかのぼる古刹です
             中将姫が蓮糸を使って一晩のうちに當麻曼荼羅を織り上げたという伝説にちなんで
             本堂に當麻曼荼羅を模した文亀曼荼羅が納められている、{文亀年間(室町)に転写したもの}
             解説と共に見せていただきました、美しい曼荼羅でした。



    

      本堂の前左右にある講堂と金堂は見せていただけます、鎌倉時代の両お堂には
      国宝や重要文化財の仏像が多く安置されていました



            

                東塔  国宝ー白鳳時代



           

                西塔  国宝ー天平時代

             三重塔にして宝輪は八輪で東西両塔が現存するのはここのみだそうです



             階段を上がり奥院に行ってみました
      

          奥院本堂   (重文)



      

          阿弥陀堂    (重文)

         當麻寺塔頭奥院は浄土宗総本山知恩院の「奥之院」として建立されました



               

                  楼門 (重文)



              

                 大方丈の仏間の絵天井に、牡丹の絵が描かれているに由来して
                 庭園に多くの牡丹が植えられています



      

                     浄土庭園  現世を表現した渓流とその先に浄土の世界が広がります
                     阿弥陀如来座像を中心に十三重石塔や数多くの石仏が並びます。

                     二上山を背景に当麻の自然を取り入れた浄土庭園です。

                     浄土の世界もこんなに静かでしょうか、人影もなく1人では淋しいところです
                     庭師さんらしき人を見かけてほっとして見て回れました。



                

               阿弥陀堂の横に花が咲いる木を見かけ梅かと思ったら冬桜か子福桜のようでした



       

        古刹當麻寺は冬の夕方では少し淋しいところでした、でも訪れたいところだったので、、、

        閉門まで時間がないかとタクシーで駆けつけましたが、帰り道は下り坂を歩いて当麻寺駅まで15分ほどでした



                   

                      近鉄南大阪線 当麻寺駅


            

             橿原神宮で乗り換えて奈良まで戻りました。

         (「當麻寺」の當の字が変換できないと思い「当麻寺」としましたが変換できたので変えました)

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「ろくさろん」と「味亭 山崎屋」

2011-01-26 09:04:06 | Weblog
                新薬師寺の余韻を残したまま、興福寺方面に出ようと住宅地を行くと大通りに出る手前に
                喫茶店らしきお店を見つけ、ひと休みすることにしました。



                 

               新薬師寺を出てから住宅地とは言えまったく人の気配もなく、そっとのぞいてみたこのお店も



          

            まったく人影も見えなかったのですが営業しているようなので入ってみました



          

            中にはいるとガラス越しに小さな庭が見え、そう広くない店内ですが、グランドピアノが置かれてました



                  

                 店内のはお店の人も誰もいなくて、コーヒーを飲みながら少しの時間を楽しみました

          
                   「ろくさろん」を出て目指す奈良公園あたりは少し遠かったですが裏道を通り、
                   猿沢池の横を抜けて興福寺境内あたりは人通りも多く賑やかでした。

                  

                  「興福寺」は京都クラブに入会していた頃、専門の研究者の方の解説を聞きながら
                  国宝館や北円堂、南円堂内部も特別に見学させていただいたことがありました、
                  懐かしくぐるっと一回りをしましたが、この日はまだ行きたいところがあり、
                  「阿修羅像」をはじめ寺宝は東京国立博物館で見学しているので通過しました。


                  どこかで昼食をと思い、東向通りで見つけたお店に入りました。


                  

                    奈良漬店の奥にあります


          

            「茶粥」は有名ですが、奈良通いをしてもあまり好まないお粥はまだ食べたことがありません



                   

                    寒かったし少し歩き疲れていたこともあり、茶粥を注文



                   

                ほうじ茶で炊かれ、細かいあられの入ったお粥は思いの外香ばしく、体も温まり美味しかった



                   

                   沢山の種類を盛り合わせたお重も、奈良漬けとくずもちも、全部美味しく頂きました



                   

                     地元の女性のお客さんの声も聞こえる店内です


                   

                     奈良漬けを少し買い、駅に向かいました。

                    

               
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新薬師寺

2011-01-25 07:55:51 | 旅行
              東大寺から「春日大社」に抜ける道を通り「新薬師寺」に行くのは初めての道です。

              「春日大社」は本殿にお詣りをして、次回にゆっくり見学することにしました。



                  

                   水谷橋を渡り神社の横を抜けて情緒ある石段を上がります、静かな道でした



         

            見覚えのある釣灯籠が見えました



                 

                      本殿でお詣りをして釣灯籠を見て回りました



                 

                    朱色の回廊にゴールドの釣灯籠も素敵ですが



                 

                    こんな色の組み合わせも素敵です



         

            萬燈籠の様子が再現されていました、節分に境内三千基の燈籠に火が灯されるようです



                 

                  お詣りだけで南門を出ました



                 

                  地図にはこの道を行くと新薬師寺方面とありましたが、道を見て心配になりました



                 

                 人影は全くなく、森の道のようなのです、明るく見えるところまで急ぎ歩きました
                 春日大社の森を抜けると畑道に出て、その先に民家が見えてほっとしました



                        

                     住宅地の細い道に出ました、以前行った時は奈良公園から徒歩でした



                     楽しみにしていた「新薬師寺」の門の前に出て中に入りました



        

           鐘楼  鎌倉時代ー重要文化財  中の梵鐘も重要文化財

           南門から入ったのですが、通行できない東門と共に鎌倉時代の重要文化財でしたが
           うっかり写真を撮るのを忘れて残念でした。




         

           本堂(国宝) 天平時代 

           新薬師寺は聖武天皇眼病平癒祈願のため光明皇后により天平19年(747)に建立されました。
           新薬師寺の「新」は「あたらしい」ではなく「あらたかな」薬師寺という意味だそうです



         

           創建当時は七堂伽藍を構える大寺だったが33年後落雷から炎上この本堂のみ残りました



                     

                       横の入り口より堂内に入れます



                 

                      堂内には薬師如来座像を取り囲む12神将像



                          

                            本尊薬師如来座像  国宝

                  大きく見開いた切れ長の目、引き締まった口元、厚い肉付きの堂々とした体躯が特徴です。
                  光背は6体の化仏(けぶつ 小さな薬師如来座像) 本尊を合わせて7体仏薬師になります。

                  昭和50年の調査で体内から平安初期の法華経8巻見つかりました。


                    そして、本尊を守護する大将、現在テレビコマーシャルでおなじみの12神将

                    仏法を護る12の夜叉大将、もとはインドの鬼神だったが、仏教成立後、
                    薬師如来の従者となる、甲冑を身につけ忿怒の表情が一般的。



                 

                   バサラ大将            アニラ大将  

                 

                  ハイラ大将             ビギャラ大将  

                 

                  マコラ大将             グビラ大将


                 

                  ショウトラ大将           シンタラ大将


                 

                  サンテラ大将            メキラ大将


                 

                  アンテラ大将            インダラ大将


          あるいは剣を持ち、あるいは矢を持って須弥壇上に円形に並ぶ十二神将は我が国最古、最大のものである。
          土の素材を生かして顔面の筋肉の起伏がデリケートに表現されている。

          造立された当時は群青、緑、青、朱、金箔などで塗られ華麗なものであった。
          所々に残るこれらの彩色で当時のさまを再現した映像を堂内で見ることができます。
          テレビコマーシャルで見るあの鮮やかな色なのです。

          12神将はそれぞれ干支の仏であり、初詣には自己の守護神に祈願されるそうです。
          忿怒の表情もいろいろ知ると頼もしいお顔に見えます。
          
          そう広くないお堂で薬師如来を囲む12神将と対面してなんだか穏やかになれたひとときでした。


 
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東大寺 二月堂~法華堂

2011-01-24 08:27:38 | 旅行
                   大仏殿をあとに二月堂に向かいます



              

                   途中にある鐘楼は梵鐘と共に国宝



              

                風情のある石段を上り



              

                四月堂の前に出ました



        

   奈良に春の到来を告げる「お水取り」は毎年3月1日~14日に行われている修二会(しゅにえ)の行事のひとつ、
     正しくは「達陀の行」(だったん)といいます。



        

   息子が学生だった頃に京都で待ち合わせ奈良に出かけた時、3月12日お水取りのクライマックスの日だったので、
   すごく寒い中、夜まで待ち、大松明が回廊を駆けめぐり火の粉を降らす光景を見たのです、それは感動でした。

   この舞台の下で大勢の人が松明の火の粉を浴び、それを浴びると風邪を引かないといわれました。



        

         舞台に上がってみました



        

         ここから大仏殿の屋根越しに見える景色は変わりなく思えました



               

                 お坊さん達が大松明を持って駆け上がった階段です



        

          奈良の都に春を告げる「お水取り」をまた見たいと思いました



                

                  祭日の午前中でしたが人影はまばらでした



        

     法華堂(三月堂) 東大寺建立以前、すでにこの地にあった金鍾寺の建物で東大寺最古の建造物だそうです



        

       毎年3月に法華会が行われることから、三月堂という名で親しまれています、堂内を見学しました

       安置されている16体の仏像のうち、12体が国宝、4体が重要文化財です、優れた天平彫刻が見られます。


            「戒壇堂」「正倉院」そして「転害門」にも行きたかったのですが、かなりの距離があったので
            次回の楽しみにすることにして、このコースの目的地に向かいました。



                

               山焼きが有名な若草山です、東大寺と興福寺、春日大社の境界争いが起源と
               伝えられているが、一説には山菜が育つよう、野焼きの灰を肥料としたともいわれます。



        

          この赤い橋を渡ると「春日大社」にでます、ここを通してもらい、目的地はその先なのです。
        

        
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東大寺金堂

2011-01-23 07:25:32 | 旅行
               奈良に行きたいと思ったのは、平成の大改装が終わった「唐招提寺」と
               昨年秋に東京国立博物館で開催された「東大寺大仏~天平の至宝~」展を
               見てからでした。

               2日目のこの日は9時の開門を待って”奈良の大仏さん”に久しぶりの対面です。



        

             冬晴れの寒い朝でしたが、澄んだ空気が心地よかった



        

             南大門から入ります



        

             朱塗りの回廊の中に金堂が見えます、わくわくしました



        

           大棟に黄金の鴟尾が輝く、威風堂々とした金堂(大仏殿)は江戸時代に再建されたもので国宝、
           天平時代の創建当時に比べると、これでも横幅が3分の2に縮小されているそうで、驚きです。
           木造建築としては世界最大規模なのです。

           金堂の前の柵の中に国立博物館で見た「八角燈籠」があったのですが、、、



                                  

                      国宝「八角燈籠」何度もここに訪れているのに意識してみたのはこの展示の時でした
                      唯一、造立当初から大仏と寺を見守ってきた燈籠なのです



        

             本尊は高さが15メートルの廬舎那仏  ここは堂内で写真撮影が許されています



                 

                    見上げると重厚感に圧倒されます、752(天平勝宝4)年インドから僧を招いて営まれた
                    開眼供養は国家を上げての一大イベントだった



                 

                  青銅で鋳造された大仏は、地震や戦火で度々破損し何度も補鋳されている

                  745年平城京で着工した大仏造営は、完成までに12年の歳月を要した大事業だった
                  作業に関わった延べ250万人は、当時の日本の人口の約半分に相当した、
                  技術面での困難も多数あったが、最大の難関となったのは黄金の不足、
                  大量の金を入手する目途がたたないまま大仏像に金メッキ(鍍金)を施す
                  計画を立てたのだった。

        


                        

                          真後ろです

                    ようやく陸奥の国から金が献上されたものの、752年4月の大仏開眼供養の時
                    鍍金はまだ顔の周辺だけだったらしい。

                   開眼供養を急いだのは、仏教伝来200年目の節目の年に合わせようとしたため。
                   開眼供養から5年後、完成した大仏は全身が金色に輝く、現在より一回り大きな
                   像だった。



                

               廬舎那仏の手の形は施無畏印といい、説法を聞く人に「恐れなくてもいいですよ」いうサイン。
               左手掌の指を伸ばした形は与願印「願いを叶えてあげましょう」というサインなのです。



                 

                そして手に水かきがあります、苦行の表れとも、慈悲の表れともいわれますが
                「水一滴も漏らさないように人々をすくい上げる」ことを表しているといわれます。



              

                堂内の他の像は虚空像菩薩、如意輪観音



              

                広目天、多聞天など安置されています



               

                朱塗りの回廊を巡らせた大仏殿は日本有数の大寺院らしい雄大さでした



               

                東楽門



      

           大仏殿をあとに法華堂、二月堂に向かいます。


                    
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平城宮跡から門跡寺院「法華寺」

2011-01-19 09:20:09 | 旅行
                西大寺駅から昨年「平城遷都1300年際」の平城宮跡を通り
                そこから西方向の法華寺に向かいます。



        

          かつては中心だった平城京跡はかなり広いです、近づくと「大極殿」は朱色が美しい建物でした




        
 
         平城宮跡の北側にある遷都1300年を記念して復元された建物、国産のヒノキとケヤキを使った建物は
         東西約44メートル 南北約20メートル 高さ約27メートルと巨大建造物です




        

         天皇が座った玉座「高御座」(たかみくら)が再現されていた



                  

                     朱雀大路の北側に見える「朱雀門」は平城宮の正門です



                  

                   大極殿では即位や賀正の大儀など、天皇が臨席する重要な儀式が行われた

 
                   「朱雀門」から「東院庭園」「遺構展示館」など見学したことがありますが
                   かなり広い場所、廻るのに時間がかかりこの日の平城宮跡の見学はここまでとして
                   徒歩で「法華寺」に向かいました。




        

    気持ちよさそうに青空を泳ぐ凧、広い場所ならではの景色です 「1300年前にもこんな光景が見られたのでしょうか」



        地図は持参していましたが、住宅地の道は分かりにくく、20分ほど歩いて門跡寺院「法華寺」に到着



        

           赤門 (通用門です)



        

            豊臣秀頼の母・淀君の寄進の本堂

          日本総国分寺である東大寺に対して光明皇后御願になる日本総国分尼寺です

          本尊の木造十一面観音立像(国宝)の公開の日程は決まっており、今回は見られませんでした
         (前回特別公開で見せていただいています)



                 

                     十一面観音立像 国宝

                  右手は長く垂れて天衣の端をつまみ、左手は直角に曲げて宝瓶を支えている
                  指の優しい線が美しい。

                  右足は膝から少し前方に踏み出し、親指の先が軽く跳ね上がる。
                  光明皇后が蓮池をお渡りになっている姿をうつしたものと伝えられ、          
                  動から静への一瞬をとらえた印象的な写実作で我国木彫りの最高作品といわれる

                   


                     

               2010年は光明皇后1250年大遠忌の年でした      昭和天皇、皇后両陛下記念樹



        

              華楽園  江戸時代初期に作られたとされる庭園



                  

                    咲いている花も少なく淋しい季節です



                  

                   千本もの椿があるそうです



        

             浴室 (からふろ)


                   

                光明皇后が薬草を煎じその蒸気で多くの難病者を救済されたところです
                かたわらの井戸は常に清らかな水をたたえていました。

                内部は公開されていませんでしたが、見せていただいた時、内部は二部屋になっていて
                板張りの蒸し風呂でした。



        

               「月光亭」


                  

                奈良県月ヶ瀬の民家を昭和46年に移築したもの、18世紀の建築と推定されるそうです




               

                 光明皇后「御影」   日本画家 林屋 拓翁 作

              2010年の光明皇后千二百五十年大遠忌に光明皇后の絵姿を製作、奉納した掛け軸。
              慈悲深い光明皇后を天平美人として思い描いたもので岩絵具原色豊かな平成の名画として
              法華寺に所蔵され永く後世に引き継がれる「御影」ですとありました。


             法華寺から隣接する海龍王寺、そしてそこから近い不退寺、般若寺と訪れる予定でしたが
             お寺は閉門は早く、旅の初日にかなり廻ったので少し疲れて、またの機会にすることにしました。




 
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