新・隠居カウンセラー日記です。

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カウンセリングの反面教師・・・(10)結びに代えて-②。

2017-07-12 09:17:49 | 日記

 前回ではこう書いた。

カウンセリングには、(1)カウンセリング技法と、(2)カウンセラーの姿勢態度。この2つが重要となる。

さらに言えば、(1)のカウンセリング技法より、(2)の「カウンセラーの姿勢・態度」の方が、はるかに重要である。

そして、「カウンセラーの姿勢・態度」は、カウンセラーがご相談者に対して、どのような「まなざし」を向けるかにある・・・と。

このことをより理解していただくために、私が「まずい面接」(金剛出版)から引用した8名のトップセラピストの一人であるスコット・

D・ミラーの言葉を、いま一度おさえておきたい。

 彼はこう述べているのだ。

●「粘り強くテクニックを駆使するだけでは十分ではない、いや、十分ではあり得ない」。

●「テクニックそのものがセラピーの成果に占める割合はほんの15%である」。

 この説に従えば、カウンセリングで重要な働きを示す(1)「カウンセリング技法」の占める割合は、わずか15%程度。

残る85%が(2)の「カウンセラーの姿勢・態度」、すなわち私の言う「カウンセラー側の『まなざし』」というわけである。

 ここで言う「まなざし」とは、単なる「相手に向ける視線」といった意味合いとは、まったく違う。

抽象的に言えば、カウンセラーが「自分の依拠するカウンセラー世界」だけから、相手を「見てしまう」ことを意味している。

 たとえば・・・。

医療系で働く臨床心理士は、何かにつけて「心理テスト」を行い、その「テスト・バッテリー」をもって「症状」を同定したがる。

教育系で働く臨床心理の多くは、「S.F.A(ソルーション・フォーカスト アプローチ)」や「ブリーフ・セラピー」などに染め上げ

られる。

早々と臨床心理士になったカウンセラーの多くは、「精神分析理論」や「ロジャース理論」の「世界」から相手を見てしまう。

また、日本人が創始した「森田療法」や「内観療法」にウエイトを置くカウンセラーは、それらの「世界」がカウンセラー自身の「信念世

界」となって、相手を見てしまう。

仏教にも智慧を求めた臨床心理士は、いわば「他界からのまなざし」ももって、相手を見てしまう。

 そして、生来「懐疑的」であり、かつさまざまなビジネス体験でそれなりの成功体験をあげてきて、後年になって臨床心理士となった私

なんぞは、どこまでも既存の「臨床心理学」に染められることなく、独自の「カウンセリング観」から相手を見てしまうというワケだ。

 そういう「まなざし」に立脚する私は、「まずい面接」という一冊の本から、以下のように新たな「カウンセラー側の姿勢・態度」を学

んできたようである。

 結びに代えて、いま一度、その8項目を列挙しておこう。

(1)謙虚であること。

(2)辛抱強いこと。

(3)自分の力を過信しないこと。

(4)一理論にこだわらないこと。

(5)一筋縄にはいかないこと。

(6)心地良くないことも覚悟すること。

(7)自分の力の限界を知ること。

(8)相手のニーズを最優先し、可能性を拓くこと。

この8項目が、自分に課した「まなざし」となる。

 ところで、カウンセリング・オタクを自称する私は、この8項目の整理をしただけで終えるつもりはない。

私という心理カウンセラーは、果たしてどこまで上記8項目を充たしているのだろうか?

そうした自己点検を行いつつ、それぞれの自己評価点付けを次回から行ってみたい。

 ちょっとした「自己開示」のつもりで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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