新・隠居カウンセラー日記です。

「さるさる日記」から乗り換えました!

カウンセリングの反面教師・・・(10)結びに代えて-③。

2017-07-18 08:22:20 | 日記

 前回で書いた通り、私は「まずい面接」(金剛出版)に登場する8名のトップ・セラピストから、8項目の「学び」をした。

そのひとつ一つに沿って、私自身の「カウンセラーの姿勢・態度」を自己点検しつつ、それぞれについての自己評価点も加えていきたい。

(1)謙虚であること。

 この「謙虚さ」の大切さを教えてくれたのが、家族療法家であるペギー・バップ女史の「失敗事例」である。

彼女には1000人の観衆の前で、ある夫婦のセラピー・デモを行ったが、途中で立ち往生してしまったという「最悪事例」があった。

そのときの彼女は、「穴があったら入りたい!」と思うほどの醜態をさらけだしてしまったようだ。

 彼女はこのように述懐している。

「この経験から何か学ぶことがあるとすれば、一つには外的要因に由来する何がしかのプレッシャーがあるときには、私たち援助者の能力

は十分に発揮されないということです。目の前にいる家族に心から耳を傾けることができなくなるからです」。

 然り!だと思うよ。

ただし、付け加えれば、「セラピー(カウンセリング)を『見世物』なんかにするなよ!」というのが、私の実感である。

セラピーを行う「時間・空間」と「受け取り報酬」とは、すべてクライエントという「あなた」だけのために使うべきものだ。

決して、1000人の観衆という「あなた方」のためにあるのではない。

1000人の観衆に「どう受けるか?」までを考えるのは、まったくもって筋違いである。芸人じゃないんだからね。

 この点だけを考慮すると、私の「謙虚であること」の自己評価点は、10点満点中の10点だと思っている。

もっとも個人的に私を知る人は、「よく言うよ~。お前は十分に『上から目線』だよ。そのお前が謙虚であるわきゃね~よ!」と言うかも

しれない。

もしそういう声があれば、それは素直に認めよう。他者の評価は、他者の勝手なのだから。

だけど、私にとっての「カウンセリング空間」は、どこまでも「謙虚さ」を基調にしているつもりだ。

「主役」はいつもご相談者であって、カウンセラーはいつも「黒衣(くろこ)」でいること。

カウンセラーには、このような「謙虚さ」が求められてくると思い込んでいるからだ。

 それに・・・サ。

もう一方で、私には「カウンセリングって、ほんとうに価値あるものなの?」という疑念も強い。

1000人のカウンセラーがいたとすれば、1000通りのカウンセリングがあるのが実情だ。

そんなものが、「ほんとうに価値あるもの」とは、とても思えない。

とは言え、「役に立つ人」には、確かに「役に立つ」ところがある。ここが悩ましいところなのだ。

 さあ、そんな「カウンセリング業」に老後を託している私が、出来ることとはいったい何なのだろうか?と思ってしまう。

そこで考え出したのが、「日本の開業カウンセラーの中で、一番安いカウンセリング料金を設定すること」であり、「一回のカウンセリン

グ時間も一律に50分とはしない」ということだった。

一度だけだが、なんと一回につき4時間もかけたことがある。

「顧客満足」を求めていくと、そうなってしまったのだ。もっともその時は、頭が痺れたようになってしまったけどね。

 つい最近のこと。

予約もなしに、突然私のところに来られた方がいた。こんな経験は初めてだった。

外に出て、立ち話でその理由をお訊きすると、「どんな人なのかを事前に確認したかったから」とのこと。

ついでに、「どんなことで悩んでおられるのですか?」と尋ねてみると、「2つの障害名」をあげられた。

「う~ん、ちょっと大変かな?」と私は即断したうえで、その方にこう申し上げたものだ。

「時間がかかるかもしれませんね。それでもカウンセリングをお受けになりたいのなら、高い料金をとるカウンセラーのもとには行かない

方がいいと思いますよ。別に私のところに来られなくてもかまいませんが、料金が安いということだけは言えそうですね」。

  ちなみに、この方とのカウンセリングは「ゆるやかに継続中」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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