新・隠居カウンセラー日記です。

「さるさる日記」から乗り換えました!

カウンセリングの反面教師・・・(10)結びに代えて-⑦。

2017-07-31 08:58:34 | 日記

 「カウンセラーの態度・姿勢」において重要なこと。

(1)謙虚であること。(2)辛抱強いこと。(3)自分の力を過信しないこと。

そして前回は、(4)一理論にこだわらないこと・・・だった。それに続くのが下記となる。

(5)一筋縄にはいかないこと。

 これは「さまざまなセラピーを統合する流れを作るリーダー的役割」を果たしている、ジョン・C・ノークロスの「失敗事例」から私

が学んだことである。

ノークロスは心理療法家の間で「たらい回し」にされてきたマッド・マックスという男性の面接を依頼され、「1回だけ」という約束で

会うことになった。

しかしマックスはハナから攻撃的な言動を続け、ついにノークロス自身も相手に「激しい敵意」を見せてしまう面接になってしまった。

 そうした事例を省みて、ノークロスはこのように語る。

●「意見の不一致による違和感は耐える価値があるものだと思います」。

●「クライアントから受け取る答えの内容そのものも、そうしたやりとりの過程も、その両方がそれぞれのクライアントに合わせた今後

 の治療の方向性を進めていく貴重な情報となります」。

ノークロスのこの2つの「思慮」を考慮に入れながら私が思ったことは、「ああ、カウンセリングは一筋縄にはいかない!」だった。

 ところで・・・だ。

前回では「一理論にこだわならない」ということについて触れた。

では、今回の「一筋縄にはいかないこと」とは、どう違うのか?

似ているようではあるが、「まったく違う!」ということを今回で強調しておきたいのである。

 一冊の本・「まずい面接」(金剛出版)は、20名以上のトップ・セラピストたちが語る「失敗事例談集」となっている。

そして忘れてならないことは、彼らのすべてが「心理療法」や「心理学」の権威者であり、それぞれが多くの「理論的著作」を出してい

るということ。

つまり、「理論」はそれぞれ異なれど、彼らは「セラピー」という「学問フィールド」のみに依拠している権威者であるということにお

いては、「一緒」であるということなのだ。

嫌な言い方を許してもらえば、彼らのすべてが「心理学理論」という「同じ穴の貉(むじな)」でしかない、ということである。

 そのことを理解していただくべく、私自身の「あるケース」を述べさせてもらいたい。

ご相談者は30代の聡明な社会人女性で、「ある事件」を発端として、もう4年間も彼女のカウンセリングに当たらせてもらっている。

彼女とは「非指示的アプローチ」から始まり、さまざまな「指示的アプローチ」も試みてきて、今は「支持的アプローチ」が私のカウン

セリングの中核になっている。

 あるときの彼女が、私にこんな質問をしてきたことがある。

「仕事関係で、ある件を上司に提案したら、『それは俺には責任がとれないことだ』!と言われて、却下されてしまいました。

それはそれでいいのですが、でも『責任をとる』というのは、いったいどういうことなのでしょうね?それをずっと考えています」。

 さあ、あなたが臨床心理士だったら、彼女のこの「質問」に、どういう「対応」をされるのだろうか?

多くの臨床心理士が彼女の「質問」を、ただただ「受け止めていく」だけではなかろうか?

しかし私は、彼女が「責任をとる」という「行為」を「模索」されていること自体に、強い関心を抱いてしまった。

 最近の安倍首相は、重要な一閣僚の「不始末」を野党から攻められて、「私に任命責任があります」と応えられた。

確かに「任命責任」は安倍首相にある。だが、「任命責任」を「とる」ということは、いったいどういうことなのか?

また別件では、「それは自己責任です」といった言い方もあろう。だったら、「自己責任」をどう「とる」のか?

「責任」の意味はわかるが、その「とり方」とは何なのか?このアタリが判然としないままなのだ。

 私が彼女の質問に答えられたことは、以下が精一杯だった。

「『責任のとり方』は私にもよくわかりませんが、もしその『解』を求められるなら、たぶん『倫理学』アタリでヒントが見つかるかも

しれませんね。ご自分で考えられ、探し出された方がいいでしょう。

私もあなたのご質問にいたく啓発されましたので、この機会に勉強して、私なりの『解』も見出しておきたいと思います」。

 カウンセリングとは、かくも「一筋縄ではいかない」ものなのだ。

従って、諸学における多種多様な「一筋の理論」を拾い集めては、ボーダーレスに一本の「太い縄」のようになるように束ね続けていく

しかなかろうと思う。

その点において彼女には、「責任のとり方」を超えて、「人生」において生じる様々な「問題解決」での「最適解」を求めていく「態

度・姿勢」が、一貫してあるように見受けられ、私は嬉しかったのである。

彼女のちょっとした質問から、彼女の並々ならぬ向上心を「感じとる」ことができた私は、なんとも刺激的な時間を過ごさせてもらった

ものではある。

これだから、いつまで経ってもカウンセリングをやめられないでいるのだ。

 「一筋縄にはいかないこと」・・・この項目についての自己評価は、9点としておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

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