新・隠居カウンセラー日記です。

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カウンセリングの反面教師・・・(8)自分の力の限界を知ること-②。

2017-05-11 09:12:46 | 日記

 「まずい面接」(金剛出版)に登場したトップ・セラピストの「反面教師事例」から、心理カウンセラーの私はいくつか学んできた。

それは決して「技法」を学んできたものではない。

35年近くもの間、カウンセリングに携わってきた私は、「技法」以前にもっと重要なものがあると考えてきている。

それは、「良いカウンセラー(セラピスト)とは何か?」「良いカウンセリング(セラピー)とは何か?」といった本質的興味に尽きる。

 いま一度まとめてみると、以下のようになる。

1.謙虚であること。

2.辛抱強いこと。

3.自分の力を過信しないこと。

4.一理論にこだわらないこと。

5.一筋縄にはいかないこと。

6.心地良くないことも覚悟すること。

 こんな内容は、わが国の臨床心理学者あるいはスーパーバイザーとなる臨床心理士から教えてもらったことはない。

しかし、私にとっては確かに「身つまされる」ほど実感できる諸項目になってきている。

 さて、今回引用させていただく「教師(トップ・セラピスト)」は、スコット・D・ミラーである。

私は彼が掲げる「失敗事例」から、以下を学んだ。

7.自分の力の限界を知ること。

 スコット・D・ミラーは、日本の若い、とくにスクールカウンセラーが飛びつきやすい「S.F.A(ソリューション・フォーカスト・

アプローチ)」や「ブリーフ・セラピー」の権威者でもある。

 ミラーは「まずい面接」(金剛出版)のなかで、セラピーにおける「失敗」及び「成功」とは何か?の「定義」を論じている。

これがなかなか考えさせる内容になっているので、簡単に3つばかりを要約して紹介させてもらおう。

(1)セラピーにおける「失敗」の定義;「セラピー(カウンセリング)の貢献したことが何もない場合が、失敗である」。

 実に単純な定義なのだが、「貢献」したか否かはどうやって見極めるのだろうか?

ミラーの言葉を借りていえば、クライエントの「変化」が、セラピストの「成功要素」としての明確な「起因」になっていないというケー

スのことを指している。

 でも、これは、果たしてどういう意味なのだろうか?

少なくともこの私は、次々と訪れてこられるクライエントに対して、常に「変化」を生じさせることを「目標」としている。

 たとえば、私がクライエントに発する「質問」。これは私の「成功要素」に向けた「起因」のひとつである。

そこには、きまって「どういう変化を生じさせるか?」が意図的に含まれている。

漠然とした質問はしないし、自分の興味・関心だけでの「質問」は一切しないように心がけている。

どこまでも、その「質問」がクライエントの「悩みの解決」に貢献しうるものかどうかを、いつも頭のなかでチェックしているのだ。

平易に言えば、日常会話のような「質問」はいっさい控えている。

カッコ良く言えば、「ひとつひとつの質問」が、ことごとく「真剣勝負」になっているつもりだ。

 それでも、やはりいまだに「的を外す」ことがなくならない。

ご相談者が「?」の表情を浮かべたり、「それについては答えたくない!」と言われる場合があるからだ。

そんなときは、必ず「シマッタ!」と慄然たる思いに駆られてしまう。

「変化」を生じさせることが「目標」としてあるのに、逆効果しか得られていないからだ。

終始こんな「無意味」で、「逆効果」しか得られない質問をしてしまった先で待ち構えているのが「失敗」だと思っている。

カウンセラーにとって「カウンセリング場面」は、常にヒリヒリする「真剣勝負」なのだ。

ゆえに、ちょっとした「一言」で、カウンセラーはクライエントに切られてしまうこともある。

 そんなカウンセリングを行った日は、就寝時に「ああ、失敗した!」という膨大な後悔感が私を襲ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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