新・隠居カウンセラー日記です。

「さるさる日記」から乗り換えました!

カウンセリングの反面教師・・・(1)序-①。

2016-10-13 09:42:59 | 日記

 20歳の頃から、私はカウンセラーになりたかった。

今では「カウンセラーになりたい!」と思う若い人もいるだろうが、半世紀前にそんな「職種」は存在しなかった。

そして私がやっと「カウンセラー」という「職」を得たのは、定年退職後の60歳になってからのことである。

そこでは「臨床心理士」という肩書きが大いに役立っている。

その意味において、この資格を確立してくれた諸先輩に大いに感謝するところである。

 このブログで何度か触れてきたが、カウンセラーになりたかった私が大学卒業後に選んだ職種は、大企業の宣伝課に入ることだった。

「宣伝」という業務は「カウンセリング」とはまったくフィールドを異にするようだが、実はそうではない。

どちらも「コミュニケーション」を重視する業務だからである。

しかし、「宣伝」を「説得的コミュニケーション」と捉えるなら、「カウンセリング」は「納得的コミュニケーション」を中核とする。

そこが明らかに違う。

そしてこの私というカウンセラーは、「説得的コミュニケーション」から出発したカウンセラーだと言える。

ここが、大多数の心理カウンセラーと大きく違う点だと自覚している。

 何度か書いてきたことだが、小学校高学年のときに手にした一冊の本が忘れられない。

その本は「言葉の魔術」という書名の、新書版らしき体裁の本だった。

その本の中味についてはよく憶えていないし、きっと読んでもよく理解できなかったに違いない。

しかしながら、「言葉の魔術」という書名に私は完全に魅了された。

「言葉」は使い方次第で、あたかも「魔法」のように相手を変えることができる!・・・そう、ひたすら感激したものだ。

その思いは、今も変わらない。

だから社会心理学者ケネス・ガーゲンが言う「世界が言葉をつくるのではない。言葉が世界をつくるのだ」に、私は今も染まっている。

とはいえ、ガーゲンが提唱するところの「社会構成主義」は、残念ながら日本の臨床心理学者にはいっこうに馴染まないままだ。

従って私が行うカウンセリングは、同業者からすれば、どこまでも異端のように映るに違いなかろう。

また、クライエントの「内面世界」をあれこれとほじくり出す精神分析や、同種の心理アセスメント手法も私は敬遠している。

「原因探し」も結構だが、それよりも「問題解決法探し」の方がはるかに重要だと思っているからだ。

 ところで「説得的コミュニケーション」一辺倒であった私が、一気に「納得的コミュニケーション」に傾いたのは30代半ばのとき。

東京で新設された専門学校の責任者として転職してからのことだ。

ここでは、悩みを抱えた多くの青年たちと接してきた。

そこで習得したことは、こちらの一方的な「説得」なんぞは、まったく役立たないということだった。

「説得」ではなく、いかに相手を「納得」させるかという「醍醐味」を、嫌というほど体験してきたのだ。

・・・次回に続けます。

 

 

 

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「公認心理師」という名の国... | トップ | カウンセリングの反面教師・... »

あわせて読む