新・隠居カウンセラー日記です。

「さるさる日記」から乗り換えました!

カウンセリングの反面教師・・・(8)自分の力の限界を知ること-④。

2017-05-18 09:08:48 | 日記

 アメリカのマスター・セラピストの一人とされたスコット・D・ミラーによれば、「セラピーの失敗」の定義には3つある。

前回及び前々回で述べたように、ひとつは「通常の失敗」。すなわち、「セラピーの貢献が一切ない」という「失敗」。

加えて「成功未満」という「失敗」がある。これは、セラピストが自分勝手に「貢献した」と自己満足してしまう「失敗」と言えそうだ。

 そして、最後に「本質的な失敗」というのもあげられている。下記にミラーの言葉をそのまま引用しておこう。

(3)セラピーにおける「本質的な失敗」の定義;

(前略)クライアントの状況が、『明らかにセラピーのせいで』私との面接中に悪化していくケースです。

悪化の原因が偶然の要素であるよりも、私とのかかわりに由来する要素のほうがはるかに大きい割合を占める場合です。

こういう場合を私は本質的な失敗と呼びます。

私のしたこと、あるいはしなかったことのせいで、クライアントの状況が悪化してしまったからです」。

 いわゆる「二次的弊害」というヤツ。セラピスト(カウンセラー)にお金を払って、わざわざ悪化させられてしまうケースだ。

「え!?そんなことってあるの?」と思われる読者もおられるかもしれないが、断言しておくが、大いにあり得るのだ。

とくに「精神医学」に憧れを抱くセラピスト(カウンセラー)に、精神医学用語を使って「症状」を「病気」として見做していく傾向が多

分に潜んでいるように思えてならない。

 たとえば私は、ある同業者から「あなたはアスペルガーですね(笑)」と言われたことがある。

もちろん、そう言った当の本人は、仲間内の軽いジョークとして言ったに過ぎない。だから私は、笑って聞き流すことができた。

しかし、権威あるセラピスト(カウンセラー)から、もし真顔で同じようなことを言われたら、私も少なからず動揺してしまうだろう。

ちょっとした「症状」や「特徴」をとらえられて、「病者」にまで仕立て上げられてはたまらない。

 では、どうすればセラピスト(カウンセラー)は、そうした「悪癖」から解放されるのだろうか?

これについて、ミラーは次のような指摘をしている。私がもっとも賛同できる内容となっているので、ぜひ熟読願いたい。

「私はクライアントが治療に入る前から元々持ち合わせている個人的背景、文化、ことば、能力、サポートとなる人間関係、変化を生み出

す考え方、セラピーのなかでフルに活用できる長所などに注目します」。

 そう、「セラピー(カウンセリング)のなかでフルに活用できる長所」こそが、「問題解決」に貢献できる最高の「リソース」となる。

こうした「長所探し」の「まなざし」をどこまでも有することが、「悪癖」から解放されることにつながるのだ。

私は自分のカウンセリングを「リソース・フォカースト・アプローチ」と称しているが、ミラーの上記の言葉がそれを裏付けてくれる。

 続けてミラーは、こう語る。

「直すべき欠点を探すよりも、こうした長所探しの方に力を入れます。

クライアントはセラピーの筋書きを決める業者であり、私はその読者というように捉えています。また、適切なタイミングで拍手喝采を送

る聴衆のような役目も私にあると考えています」。

 とはいえ一般の方は、ミラーのこの言葉をほとんど理解できないだろう。

とくに「クライアントはセラピーの筋書きを決める業者」であり、「セラピスト(カウンセラー)はその読者」

かつ、「セラピスト(カウンセラー)は、適切なタイミングで拍手喝采を送る聴衆」。

こうした比喩が、きっとピンとこないところだろうねえ。

でも私は、ここでその説明を加えていきたくない。もう膨大な論理展開をすることが要求されてくるからだ。

 どうやらこの私は、その論理をまとめたくてこの「隠居カウンセラー日記」をエンエンと書き続けているようなのだ。

だから、「それらを読み続けてくれ」としか言いようがない。

 

 

 

 

 

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