土崎港☆下酒田町BLOG☆201○

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2012年回顧24 第30号車 幕洗川三区

2012年09月11日 | 振り返る
第30号車 幕洗川三区

外題:逆襲の独眼竜 南奥州を制す




囃子:娯笑会(保存会)

見返し:高さより 絆じゃ負けぬ 夫婦岩(スカイツリー)


委員長:佐藤栄氏


さて、なんだかんだ、ほぼ順調に
ラストまでやってきました。
もっと間が空いたり、時間かかったりするかな、
と思ってましたが、
日々のアクセス数に乗せられました。
皆様のおかげです。ありがとうございます。


そんなわけで、回顧の最終回、
幕洗川三区さん。

新国道、大内・調理師専門学校(元北都銀行)の小路を
寺内・旧国道側に入った右側。
イオン土崎の裏口、隣の公園、もろおか医院さんなど。


今年3つめの伊達政宗登場。




奇しくも相染さんと同じ、天正17年、
米沢・伊達と会津・蘆名の(今でいう)南東北争奪戦、摺上原でした。
先頭と最後が同じ場面というのもなんとも奇遇な。

鉄道社宅さんの場面もほぼ同年代ですから、
3つあった政宗のお話がすべて小田原攻め以前の
お話だったというのもほんと奇遇ですよね。

そんな意味ではこれまでの回顧に何度か書いてるように
面白いリンクでもあり、
今年は特にそれが象徴的なお祭りだったな、
と、最後に来て改めて思います。

で、幕洗川三区さん、
相染さんと同じ、とはいえ切り口が異なり、
こちらは重要人物とも言われる猪苗代盛国を配している。
この猪苗代氏は元々蘆名氏の家臣だったのが、
寝返って伊達氏についたらしく、その働きもあって
伊達軍勝利となったわけで。

この時盛国は既に隠居してて
家督は息子(長兄)の盛胤にゆずり、
その盛胤は蘆名氏側で働くんだけど、
まさかの裏切り、と。

そのすべては後妻と後妻の子(次男)のためだったらしいのですが、
いやはや、後妻に乗せられただなんて、
面白いながらも怖いもんです。

劣性だったところを上記の話や
天候なんかも味方し、伊達軍の勝利、完勝。

ちなみに蘆名氏はお馴染み佐竹さんとのお仲間で、
大将・蘆名義広は我らがお殿様(?)佐竹義宣の実弟で、
当時まだ14歳くらい。
この戦の後、佐竹家にのがれ、
後に角館に居住し現在なお残る城下町の礎を築いたそうです。
面白いもんですね。



WEBカメラなんで映りも動きも悪いですが、
せっかくですのでYoutube、のっけときます。

2012年土崎港曳山まつり 御幸曳山 ラストは幕洗川三区



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