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新宮山彦ぐるーぷ

2017-05-19 01:24:08 | 日記
先日の落慶法要に合わせて、どうしてもみんなに知らせたいのが、この山彦ぐるーぷです。

ウィキペディアで調べてみました。

登山道の整備から山小屋の建設・改修・管理まで、新宮山彦ぐるーぷの手によるものであり、ほぼ完全に民間の力で行われてきたという点で特徴あるものといえるだろう[6]。また、こうした南奥駈道再興の活動を通じて、同会は青岸渡寺(和歌山県那智勝浦町)の副住職・高木亮英による、順峯(熊野から吉野を目指す)による奥駈修行の復興を支援し、1988年(昭和63年)の再興に大きく寄与した[7][8]。

こうして再興された南奥駈道だが、刈り払いを続けなければ再び草に埋もれてしまう。そのため、同会は南奥駈道の整備を続けており[9]、その活動を修験道の千日回峰行になぞらえて「千日刈峰行」と呼んでいる[3][4]。また、持経宿・行仙宿・平治宿の3つの山小屋も同会により維持管理され続けている。こうした業績に対し、2004年、シチズンよりシチズン・オブ・ザ・イヤー(シチズン賞)が授与された[10]。

注[編集]

先日の行事に約50名以上の人が参加していました。
そのみんなになおらいとして振舞われたのが、手作りの弁当なのです。
煮物から赤飯、お造り、お味噌汁その他細やかな品をキレイに盛り分けたお弁当でした。
一番考えさせられるのが、水です。
水場は宿から離れています。この料理を作るのに、何リットルの水を運んだことでしょう。
そんな苦労も感じさせないにこやかな顔で、どうぞどうぞと言ってみんなに勧めてくれました。
最後にコーヒーまで頂いて。
その皆さんのにこやかさがいいのです。
特別なことをしているのではないよというような顔で、みんなで喜びを分かち合いましょう、そんな感じなのです。

そこに参加したグループの方から聞きました。
「数年前に40周年記念を勝浦でしたんだけど、100人が集まったのです。東京からも来ていました。」
「このグループに入ろうと思われたのはどういうきっかけなのですか?」と私が尋ねると
「この奥駈け道を歩いて、自然に入ったのでしょうね。」
「休みの日や体が空いた時に、この宿の掃除や、草刈り、道直しに来るんですよ。」
「東京からもですか?」
「ああどこからも来るよ。そしてしんどい目をしてボランティアをして帰るのですよ。その時参加した人は、この活動がボランティアで良かった。お金をもらうんだったら、ここまで来ない。」
そう言われたのです。
考えましたね。反対じゃないの?お金をもらうから、まあしんどいけど働こうかと、なるのではないのかな?
と思いました。

そうじゃないのですね。
昨日書いたように、山全体が信仰の対象で、その山に包まれて修行しているという考え。
そして山から恩恵をいただいている。ボランティアだからできるんだ。
自分の体に合わせて、自分の思いに合わせて山にお返しする。そのおおらかさが人を動かすのですかね。そこに代償があると負担になって疲れるのでしょうかね。
うまく表現できないけど、少しわかった気がしたのです。
それくらいみなさんのお顔はいいお顔でした。
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