賞与を含めて、全体で2億7千万円の職員などの給与を削減した。人事院の勧告に従った。
反対する議会質問があった。
いっしょに働く職員であるから、できれば勧告に従わずに「そのまま」といいたい気持ちはある。しかし、「そのまま」の根拠を見つけるのはむずかしい。
経済の変化、雇用や周辺企業の給与状況などを考えれば勧告が適切と考えてのことでもある。
経済対策をどんな形で進めていくのか、雇用をどうやって確立していくのかなど生活を守る政策が見えてこない。「必殺仕分け人」は景気を冷やす役割は果たしているが、将来への希望を与えることをしているようには見えない。
今日的なことさえ改善される気配はない。ハローワークは今日もいっぱいだ。
母が入院した。
あまりに日常的なことなので、そのことはたいして問題はない。入院費用のことだ。
幸いにして母はその費用を払うお金はある。しかし、国民年金だけで生活している人は大変だ。その人が「お腹がおかしい。入院だ」ということが果たしてできるだろうか。
そのことが心配になった。
福祉施設だって同じことだ。
プライバシー保護という美名の下に「個室化」が施設をつくるにあたって義務になっている。結果として、施設に入るのにけっこうなお金がかかる。
年金だけで入所できることなどできないのが実態だ。
認知症になって家庭で介護できなければ施設のお世話になるしかない。しかし、である。本人に払う力がなければ家族のだれかが払うしかない。
雇用が安定しなければ・・、どうしたらいいのか。
生活保護が増えていくような気がする。
身近にいる自分以外の人が、自分より下にいることを愉快に思うのが通例だ。
しかし、そのことがデフレの心理になってしまう。あらゆることを下へ、下へと押し下げていく。なかなか他人のよろこびを自分のよろこびとすることはできないものだが・・。









