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フラッシュバック

2016-10-18 22:20:21 | Weblog

風邪は昨日よりだいぶ良い
今日も早寝して養生したい



オーバードーズの動画や医療サイトを調べている内に
県内に「赤城高原ホスピタル」という場所があるのを知った。
どうも聞いたことがあると思ったら
裏の家の あいつがアル中で引きこもってたときに
渋川に依存症専門の病院があるから
そこに行けば治るんじゃないかという話しがあった。
なるほど ここかと思った。

あの時は 酒ばかり飲んで外部との接触を一切拒否していたあいつに
親戚の方から「自業自得なんで放っておいて下さい」と
そんな話をされ、本当にだれも干渉しなくなっていた。
アルコール依存症の人が一人で依存症から抜け出せるわけがないと思っていたのに・・・
せいぜい玄関のドアを叩くくらいで何の手立てもしなかった。
赤城高原ホスピタルに入院していたら死ななくて済んだかもしれない
そんな思いが去来する。

人は助け合いの精神があるからこそ
地球上でこんなにも繁栄できたのだと思う
だが、こと自分に不利益な状況になりそうだと思うと途端に干渉しなくなる。
その親戚にしたって あいつが背負っている借金が
自分の所に転がり込んできたら大変だと思っていたはず。

コミュニケーションの手段も療養の方法も
豊富に有る現代だろうに
誰も手をさしのべること無く若い命が失われていった。

人の心には弱い部分が有る
それが時に依存症だったり、無干渉だったり
そしてそれが命を失うまでに発展してしまうこともある。
手を差し伸べたつもりの自分にしたって
あいつとの会話の中で「助けてあげたい」と同時に「関わりたくない」という気持ちも有った。
それはあの状況なら当たり前だと納得しているが
他の誰かなら助けられたかもしれないとも思っている。
あいつは話の中で多くのSOSを出していた
自分では助けることは出来ないけれど
助けられる切欠くらいは作れた筈である。

依存症に陥る人は弱い
それで死んでいった人はもっと弱い
でも生きている人も弱い
その弱さを利己的な弁解で納得した振りをするのは嫌な事だ。
あいつを殺してしまったのは弱さでもありアルコールでもあり
幼なじみを見捨ててしまった自分でもあるのだろう

重い記憶だが 時々フラッシュバックしてくる。
幼い頃からずっと一緒に遊び、育ってきた友だ
忘れられるわけがない


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