津城寛文の徒然草 Shiloh's Blog

時事問題や世間話その他に関して雑感を記し、著書その他の宣伝、関係者への連絡も載せています。

第一次産業と研究、そして芸能のフージョン

2016年10月30日 | 日記
 身心変容技法研究会(代表、鎌田東二上智大学特任教授、科研A)の第52回会合が開催され、代表の鎌田先生が別件で不在のため、私が司会を代行し、井関大介さん(東洋大学)、大石高典さん(東京外大)の新進気鋭のお二人に、ご発表いただきました。

 井関さんは「江戸儒学と身心変容技法」というタイトルで、儒教の最近の研究動向が、思想から実践に移ってきて、「礼」は外的実践の継続、洗練により、身心変容を遂げるもの、という捉え方を示されました。大石さんは、「アフリカ修験道とアフリカ俳句――人類学的フィールドワークと身心変容技法」というタイトルで、狩猟民族が森とどうかかわってきたか、また現地語でどのような俳句があるか、といった貴重な調査を報告されました。

 さらに面白いは、井関さんは後半部で、自らの田づくり、田楽の実践を紹介、農による身心変容の試みを示唆され、また大石さんは、情報交換会において、日本国内での狩猟文化に関わる別の研究会を、話題にされたことです。

 今朝のニュースでもやっていましたが、熊や鹿や猪が、人間の生活圏、都市にまで出没するようになっており、狩猟文化の復活や野生肉の流通が必要ではないかと、私もつねづね思っていました。大石さんたちのグループが取り組みはじめたのは、まさに期待していたテーマで、研究上もあちこちに広がりがあると思います。

 野生動物の出没は、山と里の緩衝地帯、耕作地の減少とも、かかわっています。井関さんのコメ作りや田楽の実験と考え合わせて、第二次、第三次産業の従事者、とくに研究者が、農業や林業や狩猟を兼業するようになると、バランス良いライフスタイルになるような気がします。大石さんによると、狩猟研究のグループには、狩猟免許を持つ方がおられるとのことです。

 さらに、井関さんが田楽を試みていることは、農林水産業や狩猟との兼業だけではなく、芸能の兼修という意味でも、面白いことです。民俗学や人類学の知見を俟つまでもなく、伝統文化は、生業だけから成り立っているのではなく、定期的あるいは随時の儀礼や祝祭を組み込んでいました。大小のメディアから供給される芸能を、ほぼ受け身で消費するよりは、自らの身心をメディアとして、芸能を実勢するほうが、より未来的かつ古代的なスタイルではないでしょうか。

 研究者も、とくに将来のある若手は、また人生の夕暮れを迎えた老輩も、ただ本を読んで、調査をして、論文を書いて、だけではなく、みずから地を耕し、木を育て、海に潜り、漁労、狩猟、採取を実践し、歌を作り、歌を歌い、舞い踊り、楽器を演奏することで身心のバランスを取り、太古から伝わる智慧を表現することで、大宇宙と小宇宙の照応に与る生き方に近付いていくことを、お勧めします。この身心変容技法研究会や、狩猟文化研究会には、そのための多用なロールモデルがおられます。

研究会案内:
国立民族学博物館企画
「消費からみた狩猟研究の新展開」
(代表者:大石高典)
http://www.minpaku.ac.jp/research/activity/project/iurp/16jrw012
科研基盤研究A「身心変容技法と霊的暴力」
(代表者・鎌田東二)
http://waza-sophia.la.coocan.jp/

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