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【トホホ世界偉人列伝!】「うわぁっ!バレてもた!(意訳)」クリスマスの"あの"習慣は、とある聖人のドジがキッカケだった?【第2回(5回シリーズ)】

2016-12-27 01:10:48 | 歴史

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(担当S)
 
 偉人と言うと何だかトンデモなく完璧な人物だと思われたり、周囲の人が過剰に祭り上げたりするものですから尚更、完璧な人物としてのイメージが膨らんでしまう傾向にあります。
 しかし偉人も人の子、偉くなる前は普通の人のように失敗もすれば間違った判断で行動したりもしますし、偉くなった後でもベソをかいたりドジを踏んだりする事もあります。
 そこで今回は、偉人の知られざる意外にお茶目でトホホな面に焦点を当てながら、担当Sの独断と偏見で5人の偉人を紹介していきたいと思います。
 
■「うわぁっ!バレてもた!…もうアカン…(意訳)」サンタのモデルになった人物は、かなりドジな聖人だった
 のっけから某コ●・コーラ社の宣伝広告みたいになっていますが、現在の我々がサンタに抱く「赤い服に赤い帽子の陽気で恰幅のいい老人が、トナカイが引く空飛ぶソリに乗ってやってくる」と言うイメージは、1931年に業績回復を狙った某コ●・コーラ社が張った販売キャンペーンがキッカケとなって世間に広まりました。
 当時、業績不振に頭を抱えていた某コ●・コーラ社は、自社のイメージを向上すべくクリスマスに合わせて赤い服のサンタのキャンペーンを行ったところ、これが世界的な人気を呼びました。
 このキャンペーンがどこまで業績回復に役立ったのかは不明ですが、赤い服のサンタのキャラクターはこの時に大ヒットして現在に至ります。
 と言っても、サンタが赤い服を着ているのは某コ●・コーラ社の発案では無くて、サンタのルーツになっているシンタクラース(※14世紀のオランダで産み出されたキャラクター)が赤い服を着ていた為ですが、このシンタクラースは痩せた老人として描かれる事が多く、またシンタクラースが乗るソリもトナカイでなくロバが引いていました。
 場合によってはソリには乗らず、自ら白馬に乗る老人として描かれる事もあったようです。
 では誰が、現在の我々がイメージするサンタ像を作ったのでしょうか?
 その我々がイメージするサンタ像を初めて描いたのは、19世紀のアメリカに生きたトーマス・ナストと言う人気画家で、1881年に「聖ニクラウスの訪い」と言う詩(※1823年にアメリカで作詩された)に描かれていた「トナカイのソリに乗った、恰幅のいい陽気な老人」のサンタの姿をそのままイラストにした所、これが人気を呼び、以後、サンタ像として定着したのでした。
 上のイラスト(※PCで閲覧している場合は右のイラスト)がトーマス・ナストが描いたサンタですが、現在の我々がイメージするサンタと殆ど一緒です。
 ちなみに、このイラストはナストが描いたイラストに後から着色したものらしく、オリジナルのイラストはちょっと雰囲気が怖かったりします。
 と、ここまではキャラクターとしてのサンタを解説していきましたが、多くの人が知っている通り、サンタは実在した人物がモデルになっています。
 そのモデルになったとされる実在した人物の名は"ミラのニコラウス"、又の名を聖ニコラウスと言います。
 日本では聖ニコラウスの方が通りがいいでしょう。
 ニコラウスは3世紀後半から4世紀半ばまでのローマ帝国に生きた聖職者で、資産家だった父親の莫大な遺産を相続していながら金品には興味がなく、ひたすら弱者の救済に情熱を傾けた人物でした。
 弱者の救済と言う話を聞くと物静かな人物だと想像してしまいますが、ニコラウスはかなり激しい気性の持ち主だったらしく、第1回ニカイア公会議では激しい口論の末、頭に血が上ったニコラウスは、口論の相手を
 ブン殴った
 と言う話が伝わっています。
 そんな気の短い所もあったニコラウスでしたが、性格的に曲がった事がとにかく大嫌いだったようで、冤罪などで苦しむ人を見ると放っておけずに救済の手を差し伸べ、その為、彼は生前から民衆の高い人気を得ていたようです。
 上の写真(※PCで閲覧している場合は左の写真)がニコラウスを描いた絵ですが、現在の我々がイメージするサンタとは似ても似つきません。
 そのニコラウスが、どうしてサンタのモデルになったのかと言うと、それはあるエピソードが元になっています。
 彼がまだ若かった頃、近くに父親と娘が住む貧しい家がありました。
 娘は結婚が決まっていたものの、貧しかったために持参金が用意できずとても困っていました。
 当時のローマ帝国の住民の価値観では、結婚には持参金が必須とされており、娘は体を売ってでも持参金を用意しようかと思い悩みます。
 その事を知り不憫に思ったニコラウスは手を差し伸べようとしますが、キリスト教の戒律がそれを邪魔します。
 当時のキリスト教は名声や見返りを求める善業を固く禁じており、不憫な親娘に直接手を差し伸べるのは、この戒律に触れてしまう恐れがあったのです。
 困ったニコラスでしたが、戒律を回避できる妙案を思いつくと、それを実行に移します。
 彼は夜中にコッソリ不憫な親娘の住む家に訪れると、匿名で金貨の入った袋を家の窓から投げ入れたのです。
 朝、金貨の入った袋に気がついた親娘は天からの助けだと神に深く感謝して、娘は無事に結婚する事が出来ました。
 メデタシ、メデタシ…
 って、ちょっと待ってください。
 日本でも結構有名なニコラウスの善業についてのエピソードですが、この話、何かおかしくないですか?
 匿名で行ったはずのニコラウスの善業が、どうしてニコラスがやった事だと現在に語り継がれているのでしょうか?
 実はこの話には、まだ続きがあります。
 不憫な親娘の家の窓から、金貨の入った袋を投げ入れたニコラウスでしたが、その帰り道に「結婚の持参金だと言うの、私が袋に入れた金貨の枚数は少なすぎやしないか?」と心配になりだします。
 それで次の日の晩にもう一度、親娘の家へ忍び寄ると、昨晩と同じように窓から金貨の入った袋を投げ入れます。
 「よし、これで金貨の枚数は足りてるだろう」と満足して帰りの途についたニコラウスでしたが、その家には娘が三人いて、しかも三人とも結婚適齢期だった事を思い出します。
 「私とした事が!金貨の入った袋が二つだけでは、取り合いになってしまい喧嘩になってしまうではないか!」と思い、自分の行いを深く後悔します。
 そしてまた次の日の晩、金貨の入った袋を握りしめたニコラウスは、親娘の家へと忍び寄ります。
 しかしこの日は、昨日までとは勝手が違っていました。
 最初は神の奇蹟だと喜んでいた親娘でしたが、流石に二晩も連続で金貨の入った袋~それもかなりの大金~が匿名で自分達の家に投げ込まれると怖くなってしまい、犯人が誰であるのかを知ろうと待ち伏せていたのです。
 昨日と同じようにニコラウスは、金貨の入った袋を窓から投げ入れようとしますが、待ち伏せしていた親娘と目が合ってしまいました。
 驚いた両者が「あっ!」っと叫んだかどうか判りませんが、キリスト教の戒律を非常に気にしていたニコラウスは恐らく「うわぁっ!バレてもた!…もうアカン…(意訳)」と心の中で呟いたのでは無いかと思われます。
 この話が伝承として後世へ伝わって行くうちに、"窓から"の部分が"煙突へ”と変わり、金貨の入った袋についても、煙突から金貨を投げ入れたら偶然、干してあった靴下に金貨が入ったのだと内容が変化して、現在に至ります。
 今でもクリスマス・プレゼントを靴下やブーツに入れる習慣があるのは、この伝承が元になっています。
 それにサンタクロースに、何となく"抜けた"イメージがあるのは、やはりこの伝承が元になっているようです。
 もしニコラウスが殆ど何の間違いもしない完璧主義者の人間だったら、この伝承もあり得ずサンタのモデルになった人物が後世に語り継がれることもなかったので、クリスマスに子供達にプレゼントを渡す習慣がそのものが無かったかもしれません。
 そう考えると、子供達にとっては、ニコラウスがかなり"ドジ"な聖人であったのは、非常にラッキーな事だったと言えるでしょう。
 
 
 
 
 

 
 
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【トホホ世界偉人列伝!】「ワ、ワシは、ここで死ぬんじゃ…(意訳)」意外に気弱だったアインシュタイン博士【第1回(5回シリーズ)】

2016-12-27 01:09:53 | 歴史

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(担当S)

 偉人と言うと何だかトンデモなく完璧な人物だと思われたり、周囲の人達が過剰に祭り上げたりするものですから尚更、完璧な人物としてのイメージが膨らんでしまう傾向にあります。
 しかし偉人も人の子、偉くなる前は普通の人のように失敗もすれば間違った判断で行動したりもしますし、偉くなった後でもベソをかいたりドジを踏んだりする事もあります。
 そこで今回は、偉人の知られざる意外にお茶目でトホホな面に焦点を当てながら、担当Sの独断と偏見で5人の偉人を紹介していきたいと思います。

■「うぅ、お腹が痛い…ワ、ワシは、ここで死ぬんじゃ…(意訳)」意外に気弱だった世紀の大天才、アルベルト・アインシュタイン博士
イメージ 1
 アインシュタイン博士を誰だか知らなくても、上の写真(※PCで閲覧している場合は左の写真)は一度は見たことはあるんじゃないでしょうか?
 カメラに向かって舌を出している人物こそが20世紀を代表する天才科学者、アルベルト・アインシュタインその人です。
 アインシュタイン博士が残した偉大な功績してまず挙げられるのが、相対性理論の発見がありますが、この理論を説明すると長くなりすぎるので割愛させて頂きます。
 そのアインシュタイン博士は1922年(大正11年)に、日本の雑誌「改造」が企画した日本招待を受け、日本郵船の「北野丸」に乗船して、一路日本へと向かいます。
 伝わっている話によるとアインシュタイン博士は来日する前から小泉八雲の書物から日本の美術などに興味を持ち、当時ベルリン住んでいた彼の元を訪れる日本人が皆、礼儀正しかった事から、普通の欧米人に比べたら日本に対する関心は高かったようです。
 しかし、これからアインシュタイン博士が訪れようとしている国、日本は彼からすれば文化も習慣も違う全く未知な国であり、興味や関心はあっても親しみは全くありませんでした。
 恐らくは未知の国へ行くことに対する、かなりの不安もあったと思います。
 そんな不安と期待が入り混じって「北野丸」に乗り日本に向かっていたアインシュタイン博士ですが、そんな博士を突如、悲劇が襲います。
 「北野丸」で日本に向かっていたある日、鳩尾あたりに感じた違和感が急速に激痛に変わり、アインシュタイン博士は船上で倒れてしまいます。
 VIP待遇でアインシュタイン博士は「北野丸」に乗船していましたから、博士の容態の急変を知った「北野丸」のクルーは青ざめます。
 心配した「北野丸」のクルーがアインシュタイン博士の寝室に見舞いに行きますが、「ワ、ワシはもうダメじゃ…ワ、ワシは、ここで死ぬんじゃ…(意訳)」と喚きちらすばかりで全く会話になりません。
 アインシュタイン博士は現代で言う急性盲腸炎にかかっていたようなのですが、この病気は激しい痛みを伴いますから、普通に会話するのも博士にとっては一苦労だったのでしょう。
 「ワシはダメじゃ!(意訳)」「もう死ぬ!(意訳)」を繰り返し唱えているアインシュタイン博士に「北野丸」のクルーはほとほと困り果て、乗客の中に医者はいないかと探し回ります。
 ここでアインシュタイン博士にとってラッキーだったのは、当時日本でも一、二の腕を誇る外科医、三宅速(みやけ はやり)博士が乗り込んでいた事です。
イメージ 2
 上の写真(※PCで閲覧している場合は右の写真)が三宅速博士です。
 三宅速博士はドイツで名医であったミクリッツ教授に師事して最先端の医学を学び、胆石症の研究で世界的な名声を得ていた人物でした。
 しかしこの三宅速博士、性格はだいぶ豪胆だったようで、最先端の医学を学ぶのにドイツに留学をした時も私費で行い、日本に帰ってきてからも後続の育成に心血を注ぎ続けました。
 話を「北野丸」の船上に戻しますが、「北野丸」のクルーから、何かの病気で苦しんでいるアインシュタイン博士が喚き散らすばっかりでほとほと困り果てているとの話を聞かされた三宅速博士は、クルーらと共にアインシュタイン博士の寝室に急行します。
 三宅速博士が寝室に現れてからもアインシュタイン博士は「ワシはダメじゃ!(意訳)」「もう死ぬ!(意訳)」と、相変わらず喚いているばかり。
 そんなアインシュタイン博士に三宅速博士は開口一発「お前かぁ!散々、喚き散らして周りの人間に迷惑をかけているドイツ人は!?(意訳)」とどやし付けました。
 見慣れる日本人医師の存在に気がついたアインシュタイン博士は、その日本人医師・三宅速博士に対しても相変わらず「ワシはもうダメなんじゃ…ワシはこの船の上で死ぬんじゃ(意訳)」と情けない声で訴え続けます。
 取り敢えず診察をしない事には話にならないので、三宅速博士が、喚き続けるアインシュタイン博士を尻目に無理やり診察すると、どうやら急性盲腸炎である事がわかります。
 診察中もアインシュタイン博士は「ドクター、ワシは死ぬんじゃ…ワシはもうダメじゃ…(意訳)」と訴え続けますが、三宅速博士は「盲腸なんぞで人が死ぬわけないやろ!お前は何を言ってるんや!(意訳)」と一喝。全く取り合いません。
 「取り敢えず緊急手術をするしかないわ。ほな、手術を始めるで(意訳)」と三宅速博士はアインシュタイン博士に手術の開始を告げましたが、アインシュタイン博士は「手術なんて無駄じゃドクター…ワ、ワシは死ぬんじゃ(意訳)」と相変わらず気弱な事を言うので思わず「アンタええ加減にせんかいな!俺が手術したら、すぐに元どおりになるわ!だから大船に乗ったつもりで安心せぇ!(意訳)」と言い放ちます。
 恐らく二人の会話はドイツ語で行われたと思いますが、会話の内容は担当Sがだいぶ想像力を膨らまして書いています。
 早速、三宅速博士は船上で緊急手術を行いますが、この手術によりアインシュタイン博士は、自分をあれほど苦しめた腹部の激痛が嘘のように消えたので、びっくり仰天します。
 感激のあまりアインシュタイン博士は「ア、アンタはワシの命の恩人じゃ!礼なら幾らでもする!(意訳)」と三宅速博士に最大限の感謝の意を述べますが、謝意を受けた方の三宅速博士は「アホかおんどれは!?アンタが喚き散らして船員さんが困っとったから手術をしただけで、こんなことで礼なんか貰えるかボケ!(意訳)」と言って苦笑します。
 この珍事によりアインシュタイン博士は三宅速博士を深く信用するようになり、二人の友情は三宅速博士が亡くなるまで続くことになります。
 アインシュタイン博士それから程なくして日本に到着します。この来日での博士の日本に対する印象は概ね好意的だったのですが、それは「北野丸」での珍事と三宅速博士の存在が大きかったのでは無いかと思います。
 余談になりますが、来日中のアインシュタイン博士の通訳と身の回りお世話を稲垣守克と言う人物が行ったのですが、稲垣守克氏の献身ぶりに感激したアインシュタイン博士は彼の事を親しみを込めて
「ガキ」
 と呼んでいました。
 稲垣守克氏の苗字のふた文字目が"垣(がき)"ですから、それにちなんで「ガキ」と呼んだのでしょうけど、もっとマトモな呼び方はなかったのかなぁ~とは思います…
 それから時は流れて23年後の1945年。アインシュタイン博士と三宅速博士の友情は相変わらずで、二人は国境を超えた手紙のやり取りをしていましたが、彼らが生活の拠点にしていた国は今では敵国同士となっていました。
 アインシュタイン博士はドイツ生まれだったもののユダヤ人だったので、ドイツでヒットラー率いるナチス党が勢力を拡大すると日増しにユダヤ人に対する迫害が強くなり、1932年のアメリカ訪問の翌年にナチスがドイツの政権を掌握すると、博士はドイツには帰らずにそのままアメリカに移住しました。
 当時のドイツは、アインシュタイン博士の専門分野である物理学の世界で著しい成果を上げていて、その成果を生かした兵器の開発を行おうとしていました。
 ナチスが物理学の成果のもとに作ろうとした兵器。それは原子爆弾です。
 もしナチス政権が原子爆弾の開発に成功したら、ユダヤ人だけでなくアメリカやイギリスなどの国家にとっても大変な脅威になることは明白でした。
 ドイツに新しく成立したナチス政権は、ナチズムの名のもとに急激な国力増大を行い、膨張主義を隠そうともしなかった事から、イギリスやフランス等の隣国はヒットラーのやることに非常に神経を尖がらせて警戒していました。
 アインシュタイン博士にとっては憎い憎い憎いヒットラーとそのナチス政権が原子爆弾を持つなんてことは、考えただけで卒倒するようなことでした。
 1939年に第二次世界大戦が勃発するとアインシュタイン博士は、当時のアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトに手紙を送り、ヒットラーが原子爆弾の製造を画策している恐れがある事と、原子爆弾がそれまでの爆弾とは比較にならない程の威力を持つ恐るべき新兵器であることを紙面上で訴えます。
 世界的な物理学者であるアインシュタイン博士からこんな手紙をもらったフランクリン・ルーズベルトはびっくり仰天して早速、アメリカ中の優秀な物理学者や技術者を集結して"あるプロジェクト"を実行します。
 この"あるプロジェクト"とは後に言う「マンハッタン計画」であり、広島・長崎に落とされた原子爆弾は、この「マンハッタン計画」によって生み出されました。
 そもそもアインシュタイン博士は、ヒットラーとナチス政権の勢力拡大を阻止するためにフランクリン・ルーズベルト大統領に対して原子爆弾についての手紙を送ったのですが、その憎い憎い憎いヒットラーは1945年の4月30日にドイツの挽回不可能な劣勢を悟ると服毒自殺で自ら命を絶ち、結局、原子爆弾はヒットラーの野望を封じ込めると言う目的に使われる事なくヨーロッパでの第二次世界大戦は終結を迎えます。
 最後まで徹底抗戦していたのは日本だけになってしまいましたが、戦争中の6月29日にアインシュタイン博士が命の恩人として深く信用していた三宅速博士が滞在先の岡山で空襲に巻き込まれてしまい、帰らぬ人となってしまいます。
 そして8月6日に広島に、続く8月9日には長崎に原子爆弾が投下され、もはや戦争継続は不可能だと悟った日本は8月15日に降伏します。
 三宅速博士の訃報を知ったアインシュタイン博士は強いショックを受け、非常に落ち込んだと言います。
 それでなくても二発の原子爆弾が日本に落とされた事に対して非常に憤慨していたアインシュタイン博士は、二重でショックを受けます。
 戦後になって、湯川秀樹博士と面会したアインシュタイン博士が涙ながらに「何の罪も無い日本人を原子爆弾で傷つけてしまった。どうか、この私を許して欲しい」と何度も謝罪したと言う話が残されています。
 ネット上とかでは「アメリカ大統領に原爆を作れと言ったのは一体誰なのか!」とアインシュタイン博士を非難する声が一部にありますが、命の恩人である三宅速博士との友情を考えれば湯川秀樹博士に謝罪した話も納得ができます。
 アインシュタイン博士と三宅速博士の手紙のやり取りは、三宅速博士が亡くなるまで続いていましたから、戦争が勃発し、彼らの住む国が敵国同士になったとしても、アインシュタイン博士は日本に対する特別な親しみの感情を持ち続けていたのでは無いかと思います。
 命の恩人として深く信用し長い友情が続いた三宅速博士の墓前に、アインシュタイン博士が送った詩を紹介して、この話を締めたいと思います。
イメージ 3
 ここに三宅速博士と、その妻三宅三保が眠る。
 彼らは共に人類の幸せのために尽くし、
 そして共に、その人類の過ちの犠牲になって亡くなった。

 アルベルト・アインシュタイン
 
 
 
 
 
 
 
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【Xマス特別企画】サンタ「もう、許して下さい…(涙目」泣いてサンタも土下座する、北欧のクッソ不味い食べ物の数々

2016-12-27 01:03:59 | 日記

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(担当S)
 
 クリスマスの日にプレゼントを届けてくれるサンタさんは、北欧の国フィンランドに住んでいると言われています。
 北欧には西欧とも南欧とも違う独自の食文化が存在しており、日本人が食べても舌鼓を打つ食べ物もあれば思わず「……」となってしまう食べ物もあります。
 そこで今回はサンタさんも「……」なりそうな北欧のトホホな食べ物を五つを、担当Sの独断と偏見で選んで紹介していきたいと思います。
 
 
(1)チューブ入り「キャビア」 [不味さレベル:10]
 日本で「キャビア」と言うとチョウザメの卵を意味しますが、本体は特定の魚の卵を意味する言葉ではなくて、欧州では魚の卵であれば何でも「キャビア」と表現します。
 北欧には、その「キャビア」が歯磨き粉みたいなチューブに入った商品が存在します。
 個人的には、チューブ入り「キャビア」はアリだと思うんですが、日本人の感覚では匂いが強すぎて好き嫌いが分かれてしまうようです。
 
 
(2)ブラッド・プティング [不味さレベル:25]
 ブラッド・プティングは牛や豚の血を煮詰めたものです。
 北欧だけでなくイギリスでも良く食べられているブラッド・プティングですが、日本人の味覚では好き嫌いがかなりハッキリ分かれるようです。
 鉄分がとても沢山含まれているので、栄養価的には非常に優れた食べ物です。
 
 
(3)ラクリツ [不味さレベル:75]
 北欧では人気のある菓子であるラクリツですが、日本人の味覚には全く合いません。
 ラクリツを口にした日本人によると、味は「ゴムタイヤの味」だそうです。
 どうにも例えようのない味らしくて、そこで出てきたのが「ゴムタイヤの味」。
 ゴムタイヤを食べた事はありませんが、どんな味なのかなんとなく想像できてしまいます。
 色も黒くてゴミタイヤみたいな見た目をしてますしね…
 
 
(3)サルミアッキ [不味さレベル:99]
 近頃は日本でも「世界一マズい飴」として知名度を上げつつあるサルミアッキですが、先ほど紹介したラクリツとは親戚のような関係にあります。
 サルミアッキの不味さの秘訣は成分に含まれている塩化アンモニウム。日本人の味覚感覚だと塩化アンモニウムによって文字通り"舌が死にます"。
 そもそも塩化アンモニウムは肥料なんかに使われている化学物質なんですけども、どうして飴の中に入れようと思ったのか…
 このサルミアッキを生み出しのはサンタさんの国であるフィンランドなんですが、フィンランドではとても人気のあるお菓子で、色んなバリエーションのサルミアッキが売られています。
 
 
(5)シュールストレミング [不味さレベル:∞]
 写真の中の毒マスクとゴム手袋をしている男性が両手で持っている缶詰がシュールストレミングなんですが、この男性がどうしてこんな格好をしているかと言うと、シュールストレミングがとても強烈な臭気を発しているからです。
 知っている人にとっては「世界一臭い食べ物」として非常に知名度が高いシュールストレミングですが、知らない人にとっては正に悪夢の中に出てきそうな食べ物です。
 世界一臭いと言われているシュールストレミングの正体はニシンの塩漬けの缶詰。ただし普通の缶詰のような殺菌処理をしないので、缶の中でニシンが発酵し、その時に発生したガスによって缶が膨れ上がります。
 缶がパンパンに膨れ上がったらシュールストレミングの食べ頃。ただしシュールストレミングの缶を室内で開けるのは厳禁。
 もし室内で缶を開けてしまうと強烈な臭気が壁などにこびりつき、1ヶ月はその部屋に住めなくなると言われています。
 余りにも臭気が強烈な為に、シュールストレミングの缶には注意書きとして、ご丁寧にこんな事が書かれています。
 
  ’ 化学兵器と誤解されて騒動を起こすかもしれません ’
 
 どうしてこんな化学兵器レベルの食べ物が存在するのか、普通の日本人には理解できませんが、お味の方は塩辛いニシンの味だそうで、塩辛いのが我慢できればそこそこ美味しいと言う意見も存在します。
 
 
 
 以上、サンタさんが強制ダイエットされかねない「北欧のクッソ不味い食べ物」五つでした。
 皆さんも、良いクリスマスを!!
 
 
 
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【Xマス特別企画】北極圏の神秘的な"白い"動物たち

2016-12-27 01:03:16 | 動物

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(担当S)
 
 クリスマスの日に子供達にプレゼントを届けてくれるサンタさんは、北極圏に位置する国であるフィンランドに住んでいると言われています。
 北極圏には日本ではお目にかかれない、白い色をした神秘的な生き物たちが生息しています。
 そこで今回は北極圏に住む白い生き物たち5種類を、担当Sの独断と偏見で選んで紹介していきたいと思います。
 
 
(1)白いトナカイ
 トナカイと言えばサンタさんが乗っているソリを引いている動物として有名ですが、幻想的なその見た目から、想像上の生き物だと勘違いしている人も僅かながらいるようです。
 もちろんトナカイは実在する動物で、北極圏に住む鯨偶蹄目シカ科の動物で、ぶっちゃけた話、シカの仲間です。
 本来のトナカイは茶色い毛並みをしているのですが、1万頭に1頭と言う非常に低い確率で白いトナカイが生まれてくる事があります。
 上の写真(※PCで閲覧している場合は左の写真)は、生まれつき色の白いトナカイの赤ちゃんです。
 色が白いのでアルビノと勘違いされそうですが、アルビノの場合は目が赤くなるので、白いトナカイの場合は遺伝的な突然変異でこう言う色になっているそうです。
 白いトナカイはとても神秘的な見た目をしているので、2011年にイギリスの牧場で白いトナカイが生まれた時は「森の精霊だ!」と騒がれ、非常に大きく報道されました。
 
 
(2)ホッキョクギツネ
 上の写真(※PCで閲覧している場合は左の写真)に写ってる子は耳が短いので、一見すると白クマみたいにも見えますが、れっきとしたホッキョクギツネの子供です。
 その証拠に、白クマでは殆ど退化してしまっている尻尾がこの子にはちゃんとあります。
 ホッキョクギツネは非常に寒さに強い動物として知られ、-70℃でもちょっと寒がる程度だそうです。
 担当Sは、こんな話を聞くとフィンランド人コピペを思い出さずにはいられません。
 面白い事にホッキョクギツネは夏になると、毛の色が黒っぽいグレーに抜けかわります。
 色が白いのは雪がしんしんと降りつもる冬だけなんですね。
 もう一つ面白い特徴として、ホッキョクギツネは同じ巣穴を代々受け継ぐ習性があります。
 中には300年も受け継がれてきた巣穴もあるそうで、日本の古民家もびっくりのモノ持ちの良さです。
 野生動物ですがホッキョクギツネは人間との関わり合いも深く、北極海沿岸地域に住む先住民族「イヌピット」の伝承などにも登場しています。
 
 
(3)ホッキョクグマ(白クマ)
 ホッキョクグマは別名、白クマとしても知られる、北極を代表する生き物です。
 近年、個体数をかなり減らしているので温暖化と関連して取り沙汰される事が多いですが、白クマの個体数が減っているのは別の理由があるようです。
 実は白クマは泳ぐのがとても上手な生き物で、中には160キロメートルも泳いだ猛者もいたそうです。
 白クマの個体数が減っている原因は、乱獲や環境汚染など様々な理由が折り重なっているそうで、温暖化で北極の氷が溶けたからと言うのは要員の一つには成り得ても、それで全てを説明するのは無理があるそうで。
 個人的にはこんな奴が北極に頻繁に出入りしてたら、そりゃ白クマ達にとっても迷惑だわな、と思います。
 白い色をしているので白クマの毛の色も白だと思われがちですが、実は白クマの毛の色は無色透明に近く、その透明な毛が光を乱反射させる事によって白クマを白く見せているのです。
*おまけ*
 
 
(4)タテゴトアザラシ
 上の写真(※PCで閲覧している場合は左の写真)はタテゴトアザラシの子供ですが、全身真っ白なのは生後2週間までで、成長していくに従って徐々に毛が抜け替わっていき、大人になると極々普通なアザラシの見た目になります。
 タテゴトアザラシの子供の色が白いのは、保護色として天敵から身を守る為で、氷上で暮らしている彼ら(彼女ら)にとっては白い色が最も効果の高い保護色なのです。
 どうしてタテゴトという名前が付いているかというと、大人のタテゴトアザラシに楽器の竪琴を思わせるような斑紋があるからです。
 英名もHarp sealなので、タテゴトアザラシという名は、何の捻りもなく英名をそのまま日本語に訳しただけのようですね。
 生息している地域は、世界最大の島として知られているグリーンランド島の近海になります。
 
 
(1)シロイルカ
 名前が示す通りシロイルカはイルカの仲間なのですが、この記事で一番最初に紹介したトナカイとは遠い親戚にあたります。
 シロイルカもトナカイも同じ鯨偶蹄目の生き物に分類されます。
 バンドウイルカなどのいわゆる普通のイルカとの大きな違いは、まず色が白い事ですが、それ以外にも背びれがないのも、大きな違いとして挙げられます。
 何故シロイルカに背びれが無いかと言うと、彼ら(彼女ら)は氷山の下を泳ぐ事が多く、背びれは氷山にぶつかったりして邪魔なので、退化して無くなってしまったそうです。
 他のイルカと同様にとても頭のいい生き物で、名古屋港水族館では、シロイルカによるイルカショーを見る事が出来ます。
 性格は普通のイルカよりもだいぶオットリしているようで、水中で素早く動きまわったりすることはなく、どちらかと言うとアザラシに近いイメージです。
 
 
 以上、北極圏に住む神秘的な"白い"生き物たちの紹介と、それらの生き物にまつわる雑学&ウンチクでした。
 皆さんも、良いクリスマスを!!
 
 
 
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 ゲームのジャンル的には落ちもの系ゲーム(いわゆる、落ちげー)になります。
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 [gooブログ]【Xマス特別企画】北極圏の神秘的な"白い"動物たち
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【Xマス特別企画】アポロ8号のクルーは月でサンタクロースを見たのか?

2016-12-27 01:02:17 | 歴史

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  iPhone用ゲームアプリ(iOS6.0以上)

(担当S)

 
 クリスマスが近いので、特別企画としてクリスマスに関係のあるオカルト話を紹介していきたいと思います。
 今回は宇宙人やUFOに関するオカルト話で、クリスマスの日に月へ行ったアメリカのアポロ8号が宇宙人やUFOに遭遇したかもしれないと言う噂があります。
 任務遂行中に宇宙人やUFOを目撃したり遭遇した場合、アメリカの宇宙飛行士は"サンタクロース"と言う暗号めいた言葉を使って地上にいる管制官に知らせていたらしいのですが、果たしてこの噂は何処までが本当なのでしょうか?
 
 
■アポロ8号のクルーが発言した「月にはサンタクロースがいるんだ!」の真意は?
 上の写真(※PCで閲覧している場合は左の写真)は旧ソ連が開発した「ソユーズ7K-L1」宇宙船です。
 「あれ、アポロ宇宙船ってアメリカの奴やなかったっけ?」と早速、ツッコミが入ってしまいそうですが、アポロ8号のエピソードを語る上で、旧ソ連の「ソユーズ7K-L1」を抜きに語ってしまうのは、クリープのないコーヒー、あるいは551の無い時の大阪の家庭と一緒です。
 アポロ8号は人類初の月に到着した宇宙船(※到着しただけで月面着陸は行っていない)として、歴史に名前を刻んでいますが、実は旧ソ連の「ソユーズ7K-L1」の方がアポロ8号よりも先に、月に到着できた可能性が十分にありました。
 事実、アポロ8号が初の月到着を成し遂げる1ヶ月も前の1968年11月10日に、「ソユーズ7K-L1」は大型打ち上げロケットのプロトンによって打ち上げられ、月へと向かっています。
 ただし宇宙飛行士は乗らずに無人でですが。
 本当は宇宙飛行士を乗せる予定だったのらしいですが、当時、旧ソ連の宇宙計画を仕切っていたヴァシーリィ・ミーシンは、前年に起きたソユーズ1号の死亡事故の影響で、こう言うリスクの高い試みに対してはすっかり臆病になっており、それが「ソユーズ7K-L1」を無人で月に向かわせた原因ではないかと言われています。
 上の写真(※PCで閲覧している場合は右の写真)は、「ソユーズ7K-L1」の打ち上げに使われたプロトンロケットの同型機ですが、信頼性が高いと言われている旧ソ連・ロシア製のロケットの中で、このプロトンロケットだけは例外で、現在ではだいぶ改良されて信頼性が上がってはいるものの、開発された当初は非常に信頼性の乏しい危険なロケットとして旧ソ連のエライ人も問題視していました。
 それでも旧ソ連がこのロケットを使い続けたのは、打ち上げ能力が高く、特に「ソユーズ7K-L1」のような宇宙船を月へ送ろうと思えば、プロトンロケットを使う以外、選択肢はありませんでした。
 前述した旧ソ連宇宙開発の指揮官であったヴァシーリィ・ミーシンが、1968年11月10日の「ソユーズ7K-L1」の打ち上げの時に宇宙飛行士を乗せるのを見送ったのも、プロトンロケットの信頼性の低さを問題視していたからと言うのもあります。
 打ち上げる時にプロトンロケットが地上で爆発して、宇宙飛行士の命が失われてしまう事を、彼は非常に恐れていたのです。
 だから何回かリハーサルとして、無人の「ソユーズ7K-L1」を月に送り、信頼性に問題が無い事が確認できたら、次は宇宙飛行士を乗せるつもりでいました。
 旧ソ連には「兵士は畑から採れる」なんて言葉があったくらい、人命に関してかなり鈍感な部分があったのですが、意外な事に宇宙開発に関しては人命と言うものを西側諸国並みに気にしていました。
 このミーシンの決定に対して、アメリカよりも先に月に行けると信じて疑わなかった旧ソ連の宇宙飛行士達は、ミーシンを臆病者と罵り憤慨したと言います。
 こうした旧ソ連の宇宙飛行士達の反応の裏には、自分達がこうしてグズグズしている内に、きっとライバルであるアメリカは先に月へ人類を送るに違いない、と言う焦りがありました。
 一方のアメリカは、この「ソユーズ7K-L1」の打ち上げに関する大まかな情報を、スパイを使って掴んでいました。
 危ういところで旧ソ連に「人類初の月到達」の栄誉を明け渡してしまう所だったので、「ソユーズ7K-L1」が無人で打ち上げられた事にアメリカのエライ人達は安堵しましたが、次に旧ソ連が打ち上げる「ソユーズ7K-L1」には必ず宇宙飛行士が乗っているだろうと予測しました。
 国家の威信をかけても旧ソ連に負ける訳には行かないアメリカは、本来はアポロ10号で行う予定だった月軌道への投入計画を、前倒しでアポロ8号で実施する事にします。
 これは、かなりのリスクを伴う計画だったのですが、旧ソ連にアメリカが勝つ為には多少のリスクは目を瞑るしかありませんでした。
 こうしてアポロ8号は月へと向かうことになったのですが、この計画の中で特にリスクが高いと考えられていたのが、アポロ8号が月へ到達後、地球に帰還する為に行うロケットエンジンの噴射で、これに失敗すればアポロ8号とそのクルーは宇宙で迷子になり永久に地球へは戻れなくなります。
 もちろんアポロ8号に搭乗する3名のクルーは、この計画の危険性を十分に理解していました。

    1968年12月21日にフランク・ボーマン、ジム・ラヴェル、ウィリアム・アンダースンの3名の宇宙飛行士を乗せたアポロ8号は、サターンV型ロケットよって打ち上げられ一路、月へと向かいます。

 余談ですが、この時に副船長を務めたジム・ラヴェルは、後にアポロ13号の船長を務める事になります。
 上の写真(※PCで閲覧している場合は右の写真)は、アポロ8号が打ち上げられた時に撮影されたものです。
 計画は順調に進み、打ち上げの三日後の12月24日にアポロ8号は人類としては初めて、月軌道に到達した宇宙船となりました。
 月に到達した日がクリスマス・イブと言う事もあり、3名の宇宙飛行士は交代で旧約聖書の創世記の朗読を始めます。
 実はアポロ8号の計画の一部始終は、人類初の月へ到達する宇宙船と言う話題性もあって、テレビやラジオで生中継されていました。
 宇宙船から旧約聖書の創世記の朗読を始めたのは、人類の偉業を聖書の言葉で讃えると言う意味以外にも、テレビやラジオの前の視聴者に対するサービスと言う意味もあったのです。
 月の軌道を10回周回した後、12月25日にアポロ8号は地球へ戻る為、エンジンを点火させました。
 前述しましたが、このエンジン点火に失敗すればアポロ8号は永久に地球へとは帰れません。
 アポロ8号に搭乗している3名の宇宙飛行士はもちろんの事、地上にいる管制官達も、このエンジン点火の様子を固唾を飲んで見守っていました。
 途中でアポロ8号が電波の届かない月の裏側に入ってしまった為に、地球との無線連絡が途切れてしまいましたが、連絡が回復すると副船長のジム・ラヴェルは興奮した様子で「みんなに伝えてくれ!月にはサンタクロースがいるんだ!」と伝えてきました。
 この発言を聞いて、地上の管制室でずっとヤキモキしていた管制官達は胸を撫で下ろしました。
 月を離れてから二日後の12月27日には無事にアポロ8号は地球へと帰還し、旧ソ連に勝利する為に敢えてリスクを承知の上で挑んだ月への旅は、こうして成功裏に終わったのです。
 ……これがアポロ8号の「月にはサンタクロースがいるんだ!」発言の全容ですが、この発言の中に一部のオカルト研究家が言うような、宇宙人やUFOを連想させるような不思議な箇所は微塵もありません。
 一部のオカルト研究家に言わせると"月にサンタクロース"は"月で宇宙人やUFOを発見した"と言う暗号らしいのですが、申し訳ないんですが担当Sの耳には逆立ちしてもそういう風には聞こえません。
 宇宙飛行士のジム・ラヴェル氏が「月にはサンタクロースがいるんだ!」と発言したのは、アポロ8号が月を離れた日がクリスマス真っ只中の12月25日だったのと、失敗すれば一生宇宙で迷子になる危険がはらんでいた地球へ帰還する為のロケット点火が上手く行き、その安堵と興奮の中、「自分たちと祖国アメリカに対する最高のクリスマスプレゼント」と言う意味で"サンタクロース"と言う言葉を口にしたのでしょう。
 と、言うか、そういう風にしか聞こえません。
 本当に"月にサンタクロース"="月で宇宙人やUFOを発見した"と言う意味だったら面白いんですけど、この件に関しては残念ながら、こじ付けと言うほかなさそうです。
 一部のオカルト研究家の皆様には、もっともっと真実味のある「おお!こ、これは一体なんだんだ!?」と思わず口走ってしまいたくなるようなネタを提供して頂くことを心から期待していますので、更に更に頑張ってもらうようにお願いします。
 
 
 
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