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【なんじゃこりゃ?⑨】世界の大失敗発明品10選【理解できん!】 第9回(10回シリーズ)

2017-07-16 01:20:01 | 歴史

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(担当S)


※本記事は2016/12/18に投稿した記事に、修正を加えて再投稿したものです。
※追記:2017/07/02に再度、文章の推敲を行い、本文の一部に修正を加えています。

 
 世の中の発明品の中には、作っている本人は大真面目でも、端から見ると「……」としか言いようの無い発明品が数限りなくあります。
 そこで今回は、そう言った発明品の中でも、特にぶっ飛んだ発明品を、担当Sが独断と偏見で選んで紹介していきたいと思います。
 
 
 
■「これはアカンやろぉ…」思わずドン引きする世界のぶっ飛んだ発明品10選 (10回シリーズ 第9回)
 
●19世紀のコンピューター
[写真]バベッジの「階差機関」の復元モデル
 今回紹介する発明品は発想そのものは非常に良かったものの、あまりに時代を先取りしすぎていて周囲の人達からは「なんじゃこりゃ?」「理解できん!」と言われてしまい、正当に評価される事もないままドン引きされて終わってしまった可哀想な発明品です。
 そのドン引きされて終わってしまった可哀想な発明品のお話しをする前に、今から180年以上も前の1822年まで時代を遡って、当時世界最大の大国だったイギリスの事について説明する必要があります。
 この時代はあらゆる分野でイギリスと言う国が他を圧倒していて、それは軍事、領土だけにとどまらず科学分野に関してもそうでした。
 そのイギリスでチャールズ・バベッジと言う名の30歳の若き数学者が、王立天文協会に時代を先取りした機械の論文を提出します。
 バベッジは論文の中でその機械の事をdifference engineと呼んでおり、これを日本語に訳すと「階差機関」となります。
 この「階差機関」はどんな複雑な計算もこなすことが出来る万能計算機で、現代風に言えばコンピューターみたいな装置でした。
 動作原理を簡単に説明すると、こんな感じになります。
 上の写真(※PCで閲覧している場合は右の写真)は某ウィキペディアさんからお借りしたものですが、写真が小さいので少し分かり辛いのですけど、一番左側の列には上から順番に
 
 2 , 1 , 4 , 11 , 22
 
 と、あたかも酔っ払いが適当に書いたような数字が並んでいます。
 この一見すると、適当に並んでいるように見える数字同士の差を計算したのが、上の写真の真ん中の列なのですが、実際に計算すると
 
 1  - 2 = -1
 4  - 1 =  3
 11- 4 =  7
 22-11=  11
 
 と、なり、この計算の答えを横に並べると
 
 -1 , 3 , 4 , 7 , 11
 
 となって、やっぱり適当に並んでいるように見えます。
 更にこの計算の答えの数字同士の差を計算したのが、上の写真の一番右側の列なのですが、実際に計算すると
 
 3-(-1) =  4
 7  - 3 =  4
 11 - 7=  4
 
 と、なり、今度なんと答えが全て4 になります。
 これは、たまたま答えが同じ数字になったわけではなくて、どんな複雑な数字の並びでも、
  その数字同士の差を計算して、
  更にその計算した答え同士の差を計算して、
  更に更にその計算した答え同士の差を計算して、
  更に更に更にその計算した答え同士の差を計算して…
 と言う事を何回も何回も繰り返して行くと、必ずある時点で答えが"4 , 4 , 4 , 4"とか、あるいは" 1 , 1 , 1 , 1"とか、あるいは"2.5 , 2.5 , 2.5 , 2.5"とかになり、答えの数字が全て一緒になります。
 この原理を使うと、どんな複雑な数式でも計算できるようになるのですが、バベッジが考えついた「差分機関」とは正にこの原理を応用して、理論上はどんな複雑な数式でも計算する事ができる機械なのです。
 バベッジが「差分機関」を思いついた背景には、当時の欧州で使われていた対数(たいすう)表が、余りにも誤記や計算ミスが多いと言う問題がありました。
 ここで対数(たいすう)と言う、数学者かエンジニア以外は絶対に使わない言葉が出てきましたが、昔の欧州の人達はこの耳慣れない言葉である対数(たいすう)を上手に使い、あたかもソロバンの様な感覚で計算に用いていたのです。
 上手に対数(たいすう)を使うと、ケタ数の多い掛け算や割り算でも、まるで足し算や引き算の要領で計算できるので、欧州の人達にとっては正にソロバンと一緒でした。
 ただし対数(たいすう)をソロバン感覚で使うのには正確な対数(たいすう)表が必要となるのですが、前述した通り当時の対数(たいすう)表は間違いが多く問題になっていました。
 19世紀頃天測航法で外洋を航行していた船は、自分の現在位置を推定する複雑な計算式を対数(たいすう)表を使って計算していたのですが、その対数(たいすう)表に誤記や計算ミスがあると間違った現在位置が算出されてしまい、侵入してはいけない危険な海域(※座礁や波浪で転覆する可能性のある海域の事)に迷い込む事も起こり得るので、文字通り命に関わる大問題でした。
 実際に間違いだらけの対数(たいすう)表を使った為に遭難したと思われる海難事故が多発しており、当時、世界で最も海運が盛んだったイギリスとしては、早急になんとかしなければならない課題の一つでした。
 対数(たいすう)表が間違いだらけだったのは、人間が手計算して表を作っていた為ですが、バベッジは正確無比な機械が対数(たいすう)表を作るようになれば間違いを撲滅できて、その上、作表の時間も大幅に短縮できると考えました。
 彼のアイデアはイギリス政府から認められ、1823年に1,700ポンド(※現在の日本円で約1億円)の資金援助を受けますが、すぐに彼は当時の工学技術の限界を思い知らされる事になります。
 バベッジは「階差機関」を複数の歯車やカムから構成される機械として製作しましたが、これら歯車やカムなどの部品の製作を、現代風に言えば下請け工場みたいな所に彼は任せていました。
 しかし当時、世界最先端だったイギリスの工学技術を持ってしても、バベッジが満足するような精度の部品はなかなか作れませんでした。
 部品を作らせては捨て、また部品を作らせては捨て…を繰り返して、たまたま要求通りの精度が出ている部品が現れたら、その部品を使ってバベッジは「階差機関」の組み立てを行いましたが、このやり方だと莫大なコストがかかってしまいます。
 何故なら「階差機関」用として下請け工場みたいな所に作って貰っていた部品は、一個一個がオーダーメイドで製作に手間がかかっていたので、製作費がかなり高額になったからです。
 その上、バベッジの要求はかなり厳しかったので、彼を満足させるような部品を一個作るだけでも相当な時間がかかってしまい、これは「階差機関」の製作期間の長期化にも繋がりました。
 こうした困難を乗り越えて、イギリス政府からの資金援助を受けてから10年後の1833年にようやく完成したのが、上の写真に写っている「階差機関」1号機です。
 こんなに手間暇が掛かる方法を取っていましたから、最初にイギリス政府から資金援助を受けた1,700ポンド(※現在の日本円で約1億円)だけでは足りなくなってしまい、バベッジ自身もイギリス政府からの資金援助とほぼ同額の金額を、自費で捻出しています。
 自費でこれだけの金額を捻出できたのは、彼が裕福な家の出身だからですが、「階差機関」にかける執念みたいなものが伝わってきます。
 苦労の末に完成した「階差機関」1号機は、かなり複雑な数学的計算であっても見事に答えを導き出し、バベッジが唱えた理論が正しかった事を証明します。
 と、凡人ならこれで満足してしまう所ですが、バベッジは「階差機関」1号機の計算能力に満足する事はなく、この1号機にはある重大な機能が欠けていると考えていました。
 それは「階差機関」で計算した結果を自動的に紙に書き写す機能、平たく言うと…

 プリンター

 …が「階差機関」1号機には欠けていると思っていたのでした。
 プリンターと言っても、現代のプリンターのように年賀状をカラフルに印刷できるようなものではなくて、ただ単に数字を紙に書き写す程度の装置をバベッジは考えていたのですが、パソコンどころか電球すら発明されていない時代にプリンターの必要性を思いついたのは、かなり特異な事だと言えます。
 彼が「階差機関」にプリンターが必要だと思ったのは、「階差機関」によって対数(たいすう)を正確に計算する事が出来るようになっても、計算結果を人間が紙に書き写していたのでは、必ずどこかで誤記が発生してしまい、彼が狙っていた間違いの無い正確無比な対数(たいすう)表の作成には障害になると考えていたからです。
 なんとなく考え過ぎでは無いかと思ってしまいますが、先述したように間違いだらけの対数(たいすう)表を使ったことによる海難事故なんかも実際に起きていましたから、バベッジとしては100%完璧な対数(たいすう)表を作りたかったのでしょう。
 イギリス政府の支援の元、さっそく彼はプリンターの付いた「階差機関」2号機(※冒頭の写真が、その「階差機関」2号機の復元モデル)の製作に取り掛かります。
 「階差機関」2号機の製作と並行してバベッジは、ある装置の設計に取り掛かります。
 その装置は「解析機関」と言う名前で、プログラムを入力すると、そのプログラム通りに計算したり、あるいはプリンターに計算結果を印刷したりできる、当時としては非常に優れた機能をもつ装置でした。
 つまり原始的なコンピューターをバベッジは思いついたのですが、原理的には現在、私達が使っているパソコンやスマートフォンの中に組み込まれている電子的なコンピューターと殆ど変わりがありませんでした。
 上の写真(※PCで閲覧している場合は右の写真)は、晩年のバベッジが作成したとされる「解析機関」の一部ですが、結局彼は「解析機関」の完成を見る事なく亡くなっています。
 晩年の彼には協力が殆どいませんでした。
 それはバベッジの先進的な着想を正しく評価できる理解者がいなかったからです。最初に彼が作った「階差機関」1号機ですら辛うじて当時の人たちに理解してもらえた程度だったの、更にその先を行く「解析機関」は殆ど理解してもらえませんでした。
 結局「階差機関」2号機についてもイギリス政府からその実現を危ぶまれ、1842年に支援の打ち切りが決定されます。バベッジは「解析機関」だけでなく「階差機関」2号機も完成させることが出来ませんでした。
 現在、「階差機関」2号機はイギリスとアメリカの博物館にそれぞれ一台ずつ展示されていますが、それは20世紀の終わりから21世紀の初めにかけて、バベッジの残した設計図を基に忠実に再現された復元モデルであり、バベッジが途中まで製作したと思われるオリジナルの「階差機関」2号機は残っていません。
 イギリス政府からの支援を打ち切られ窮地に立たされたバベッジでしたが、そんなことでめげるような男ではありませんでした。
 先に紹介した、現代的なコンピューターの先駆けであると言える「解析機関」については、遂に完成は果たせなかったものの、その「解析機関」の研究開発の過程で、彼は世界初のコンピューター・プログラムとも言えるものの開発に成功しています。
 そのコンピューター・プログラムは、上の写真(※PCで閲覧している場合は右の写真)の「パンチカード」と呼ばれる、穴の開いた紙の上に書かれていました(※写真はバベッジが作成した「パンチカード」の実物)。
 書かれていました、と言っても文字でプログラムが書かれていた訳ではありません。
 「パンチカード」はコンピューターにやらせたい事を紙に開けられた穴で記録する一種のメモリーカードの様なもので、例えばコンピューターに足し算にさせたい場合には「カードの右の列の上から3段目に穴を開ける」とか、引き算をさせたい場合には「カードの左の列の上から5段目に穴を開ける」とかと言う風に、動作ごとにカードの何処に穴を開けるのかが予め決まっていて、その穴の開いたカードをコンピューターに通すと、穴を開けた位置どうりにコンピューターが動作を開始します。
 キーボードによるプログラミングが主流ではなかった1960年代頃までのコンピューターでは、「パンチカード」によるプログラミングは盛んに用いられていた手法の一つでした。
 バベッジは1960年代頃のコンピューターで行われていたプログラミングの手法を、それよりも100年も早く行っていた頃になります。
 遂に実現はできなかったものの「解析機関」が完成した暁には、この「パンチカード」によって書かれたプログラムを、彼は「解析機関」で実行させるつもりでいました。
 イギリス政府からはそっぽを向かれてしまったバベッジですが、それでも彼が「解析機関」の研究を継続して行えたのは、彼自身が裕福な家の出身だったのも理由の一つではありましたが、更にラブレース伯爵夫人のエイダ・キングから資金提供を受けていたからです。
 エイダ・キングはこの時代の人間としては珍しくバベッジの発明の重要性を見抜いていて、彼に惜しみない資金援助を行いました。
 エイダは非常に聡明な女性で、数学を生涯のライフワークにしていました。その為、バベッジが開発したとされる世界初のコンピューター・プログラムも、実はエイダが作ったのではないかと言われています。
 この二人がどう言う関係であったのかイマイチ分からない部分があるのですが、エイダは数学にとても情熱を注いだ女性だったので、両者とも俗っぽい恋愛感情みたいな物は無かったようです。
 バベッジにとって最大の理解者だったエイダですが、そのエイダを悲劇が襲います。1852年に36歳と言う若さで、突然エイダはこの世を去ってしまいます。
 死因については、子宮ガン治療の為に行った瀉血(しゃけつ)が命を奪ったのではないかと言われています。
 こうして最大の理解者と資金提供者を同時に失ったバベッジですが、そのせいで「解析機関」の研究開発は物心共にジリ貧になります。
 彼が考えていた「解析機関」は、完成すれば長さ30メートル、幅が10メートルと言う巨大なもので、蒸気機関を動力にする予定でした。バベッジにとって最大の理解者であったエイダが亡くなると、彼のアイデアは余りに突飛すぎるとして遂に理解者は現れませんでした。
 彼のアイデアが正当に評価されるようになったのは、バベッジが「解析機関」の設計を始めた100年以上も後の20世紀後半になってからです。
 産声を上げてから100年以上も後になって、やっと正当な評価を受けるようになったバベッジの「解析機関」ですが、「解析機関」を再評価する学者や技術者らの手によって、バベッジの設計に間違いがないかについてチェックされました。
 しかし設計上の大きな問題点は見当たらず、改めてバベッジの着想の先進性が評価される事となりました。
 現在、そうしたバベッジの「解析機関」を再評価した人物の一人である、イギリスのプログラマー、ジョン・グラハム・カミングが、バベッジが残した設計図を元に「解析機関」の再現を試みています。
 生前のバベッジは王立天文学会からゴールドメダルを授与されたり、同学会の長老職を務めるなど、学者としては決して不遇な人生を送った訳ではありませんが、世界初のコンピューターの発明者としてみた場合はかなり不遇だったと言わざるを得ません。
 どうしてバベッジが、プリンター付きの本格的な「階差機関」や現代的なコンピューターの先駆けとも言える「解析機関」の開発に失敗してしまったのかについては、色んな原因と理由が考えられますけど、失敗した大きな要因の一つに、彼は自分が生きた時代の工学技術の限界について殆ど考慮していなかったと言うのが挙げられると思います。
 一番初めの「階差機関」1号機を作った時でさえ、バベッジは自分が要求する精度の部品が出来るまで、ひたすら部品を作らせては捨て、またひたすら部品を作らせては捨て…を繰り返していましたが、こんな無駄な事をせずに当時の工学技術の限界に合わせて「階差機関」の設計を柔軟に変更していれば、結果は違っていたかもしれません。
 ただでさえバベッジのアイデアは余りに進歩的すぎて当時の人達からは「なんじゃこりゃ?」「理解できん!」と言われ続けていたのに、当時の工学技術の限界を考慮に入れない設計方法ではトホホな結果に終わってしまったのも仕方がなかったような気がします。
 でも、もし、この時のイギリス政府が国家予算を投じてバベッジのコンピューターを完成させていたら、20世紀もイギリスの世紀になったかも…
 と、ちょっと歴史のIFを考えてしまいたくなるような、今回の大失敗発明品でした。
 
 
 
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イメージ 3
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