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【世界初!!】ビックリ世界史!意外な"世界初"5選!【コレ豆な!!】

2017-07-16 01:20:18 | 歴史

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(担当S)




※本記事は2017/01/26に投稿した記事に、修正を加えて再投稿したものです。


 
 歴史的な出来事の中には、他の偉大な業績の陰に隠れてしまったり、時期やタイミングが悪かったせいで余り目立たない"世界初"の業績と言うものが存在します。
 例えば活字による印刷は、中世の中国が世界に先駆けて行っていたのにも関わらず、現在ではグーテンベルグの活版印刷の方が遥かに有名です。
 この様な"世界初"なのに何故か地味で目立たない歴史的業績5つを、担当Sの独断と偏見で選んで年代順に紹介して行きたいと思います。
 
 
(1)火薬を使った世界初の海戦(ビザンツ帝国)
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 火薬は7世紀頃の中国で発明されましたが、ほぼ同じ時期に中国から遠く離れたビザンツ帝国(※現在のトルコ周辺に存在した、ギリシャ・ローマ人による国家)でも独自に火薬が発明されました。
 ビザンツ帝国は古代ローマ帝国の正統な継承国家なのですが、ギリシャからの文化的影響を強く受けていた為に、このビザンツ帝国で発明された火薬は「ギリシャ火薬」と呼ばれていました。
 中国での火薬の発明が錬金術の延長線上で行われたのに対して、「ギリシャ火薬」は最初から武器として開発されました。
 史上初の火薬が用いられた海戦は、672年頃にコンスタンチノープル(※ビザンツ帝国の首都で現在のイスタンブール)を奪おうと海から攻めてきた、イスラム勢力との間で勃発しました。
 この戦いで「ギリシャ火薬」はイスラムの艦隊に対して大損害を与え、ビザンツ帝国はコンスタンチノープルを守る事に成功します。
 そんな歴史にも名を残す「ギリシャ火薬」がどんなモノだったのか気になる所ですが、残念ながら製法や詳しい成分や性質については記録が失われてしまっており、全く伝わっていません。
 ビザンツ帝国は「ギリシャ火薬」を重要な軍事機密とし、製法その他が国外に漏れないように厳重な管理体制を敷いていましたが、機密を余りにも厳重に守ろうとしすぎたせいで、時が経つと共に帝国内の人間ですら「ギリシャ火薬」の製法を忘れてしまいました。
 その為、「ギリシャ火薬」については、当時の戦争で恐るべき秘密兵器として猛威を振るった、と言う話くらいしか伝わっていません。
 直接「ギリシャ火薬」が使われる様子を目の当たりにした人々の記録によると、「それは(※ギリシャ火薬の事)水をかけても火が消えず、却って激しく燃え上がった」と言う話が残っているので、火薬と言う名前が付いていても、実は火炎放射器の一種だったのではないのかと現在では考えられています。
 
 
(2)世界初の「科学的アプローチ」による自然現象の探求(アッバース朝及びファーティマ朝)
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 科学と言うとヨーロッパで生み出されたモノだと考えられがちですが、実はそんな事はなくて、世界の各文明で独自の科学が生まれて発展してきました。
 4世紀頃から12世紀頃までは、ヨーロッパよりも中東(アラビア)の方が遥かに進んだ科学力を持っていて、しかも世界で最も優れた研究を行っていました。
 この、中東で独自の発展を遂げた科学の事を"アラビア諸科学"と呼びます。
 "アラビア諸科学"が隆盛を誇った痕跡は現代にも残っており、例えば化学の英訳である"ケミカル"や三角関数の"サイン"と言う用語も、元をただせばアラビア語が語源だったりします。
 その"アラビア諸科学"の中でも、最も偉大な業績を上げた学者と言われているのが、今回紹介するイブン・ハイサム(※上のイラストの右側の人物)と言う名の数学者です(※数学者ですが、色んな分野の研究を行っています)。
 彼は10世紀から11世紀にかけて、イスラム王朝のアッバース朝とファーティマ朝で活躍し、科学史に残る多くの業績を残しました。
 特に顕著な業績を上げたのが光の屈折や反射に関する研究で、光の性質を追求して行くうちに、実験結果から理論を打ち立てる「科学的アプローチ」を世界で初めて編み出しました。
 彼が編み出した研究手法は後世のヨーロッパの学者達にも大きな影響を与え、中世の大哲学者であったロジャー・ベーコンや、惑星が楕円を描いて太陽の周りを回っている事を発見したヨハネス・ケプラーも、イブン・ハイサムの影響を受けている人物だと言われています。
 また、物理の分野で先駆的な研究を行った人物としてもイブン・ハイサムは知られており、ニュートンが"運動の第1法則"を発見する5世紀も前に、同様の結論に彼は独自にたどり着いています。
 
 
(3)771名の命を救った世界初の「SOS信号」(イギリス)
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 実は誰が(と、言うよりどの船が)世界初の「SOS信号」を発したのかに付いては諸説あるのですが、某百科事典に載っている「スラボニア号説」はどうやら間違いのようです(※興味のある方は「CQからCQD/SOSへ」と言うキーワードでググってみて下さい)。
 色々と諸説ある中で、世界初の「SOS信号」を発した船と知られているのが、米クライドライン社所属の「アラパホ号」だとされています。1909年の8月11日の事でした。
 この時発生した「アラパホ号」の事故(※プロペラシャフトの破損)では、幸いな事に死者は一人も出ず、全員が無事に救助されています。
 俗説では、かの有名な「タイタニック号」の沈没事故(1912年4月10日)の時に発せられた「SOS信号」が世界初とされていますが、どうしてこんな説が広まってしまったのでしょうか?
 実は当時の船舶用無線は規格が統一されておらず、色んなメーカーの独自規格の無線機が乱立していました。
 その中でもイギリスのマルコーニ社が当時、世界最大のシェアを誇っており、排他的なビジネスを行うことでも知られていました。
 「タイタニック号」はイギリス船籍の豪華客船だったので、船舶用無線はマルコーニ社のモノが積まれていたのですが、このマルコーニ社の無線機を積んだ船として「SOS信号」を発したと言う意味では、「タイタニック号」が世界初だったのです。
 だから「タイタニック号」が世界初の「SOS信号」の発信者と言うのは、半分間違いで半分正解です。
 ちなみに、この「SOS信号」のお陰で、無線機のない時代だったら全員が死亡しててもおかしくない事故だったのに(※救命ボートに乗り移った生存者も、事故が起きた場所が高緯度だった為に救難が遅れれば全員凍死する恐れがあった)、乗員・乗客の3分の1に当たる771名の命が、「タイタニック号」の沈没から2時間40分後に救援に来た「カルパチア号」によって救われています。
 また、歴史に名を残す重大事故で「SOS信号」が使われたのも、「タイタニック号」の事故が世界で初めてだったと言えるのではないかと思います。
 
 
(4)世界初の「人種差別撤廃提案」(日本)
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 第一次世界大戦が終わった1918年当時、ヨーロッパ列強諸国による植民地支配を受けていない有色人種の国は、日本とタイとエチオピア位になっていました。
 その中で日本は有色人種の国としては唯一、世界の五大国の1カ国に名を連ねていたので、ヨーロッパ人による搾取や差別を受けていた人々の中には、ヨーロッパ列強諸国への発言力がある日本に対して期待する者も少なくありませんでした。
 そういった日本に期待した有名な人物としては、後にインドの初代首相になるネルーや、アメリカで黒人差別の撤廃運動を指導していた黒人運動家のデュボイス博士がいます。
 そんな中、日本政府のエライ人は誰から頼まれた訳でもないのに、1919年のパリ講和会議で「人種差別撤廃提案」をいきなり提唱します。
 ヨーロッパ列強諸国からの反発が予想された「人種差別撤廃提案」でしたが、投票の結果、意外な事にフランスとイタリアはこの提案に賛成票を投じ、その他数カ国も日本のこの提案を支持し、賛成票が反対票を上回ります。
 しかしと言うかやはりと言うか、世界中に植民地を抱えていたイギリス(※植民地を含めた当時のイギリスの領土は世界一)と英連邦に所属していたオーストラリアやカナダや、国内に黒人差別の問題を抱えていたアメリカなどは反対に回ります(※アメリカはこの時、議長国だったので投票そのものには不参加)。
 賛成票が多かったので、一瞬「人種差別撤廃提案」は受け入れられたかに見えましたが、この時に議長を務めていたアメリカのウィルソン大統領が「この様な重大な問題については、全会一致でないと受け入れられない」として、「人種差別撤廃提案」を棄案にしてしまいました。
 この「人種差別撤廃提案」が提唱され、そして棄案となった20年後の1939年には、人種戦争の様相を呈した第二次世界大戦が勃発し、世界の主要国が真剣に人種差別撤廃を検討し制度として導入したのは、世界大戦によって7,700万人もの尊い命が失われた後でした。
 
 
(5)世界で初めて"2度"宇宙に行った男(アメリカ)
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 1950年代後半から始まった米ソの宇宙競争の中で、アメリカのエライ人は宇宙に人間を送るには、どんな方法が一番よいのかを分からずにいました。
 その時に、とりあえず考えられた方法は二つで、まず一つ目が現在の"ソユーズ有人宇宙船"みたいにロケットの先端に宇宙飛行士が乗るカプセルを載せて人間を宇宙に送る方法と、もう一つは飛行機の性能をどんどん上げて行って宇宙まで飛ぶことができるロケット飛行機を作る方法でした。
 前者のロケットの先端にカプセルを載せる方法は、技術的困難が予想されたので、当時のアメリカのエライ人は後者の宇宙まで飛んでいける、ロケット飛行機を作る方法を採用しました。
 こうして作られたのが、極超音速実験機の"X-15"(※上の写真の右側に写っている飛行機)でした。
 "X-15"はロケットエンジンにより音速の6~7倍の速度が出せる非常に速い飛行機で、人が乗る事ができる飛行機としては現在でも"X-15"が世界で最速の記録を持っています。
 到達できる高度も、それまでの飛行機の10倍近い、高度100,000メートルまで上昇できる能力を有していました。
 ちなみにFAI(国際航空連盟)では高度100,000メートル以上の高空は宇宙と定めているので、"X-15"はまさしく宇宙飛行機だったと言えるでしょう。
 開発は順調に進み、1959年9月17日には初飛行を果たします。完成式典には当時のニクソン副大統領が顔を出すなど、アメリカのエライ人達の期待を一身に受けて作られた"X-15"でしたが、意外な所から飛んでもない刺客がやってきます。
 その刺客とは、旧ソ連による世界初の有人宇宙飛行の成功でした。
 1961年4月12日、ユーリー・ガガーリンを乗せた有人宇宙船"ボストーク1号"は、地球を一周した後、無事に地球へ帰還しました。
 これに慌てたアメリカのエライ人は色々と悩んだ末に、それまでのロケット飛行機(※"X-15"の事)で宇宙に行く方法を放棄して、旧ソ連のようにロケットの先端に人が乗るカプセルを載せて宇宙に行く方法(※当時"X-15"と並行して進んでいたマーキュリー計画の事)へ方針転換を図ります。
 しかしこの時、"X-15"は既に3機も作られており、多額の予算をかけて開発してしまったロケット飛行機を今更、捨てる訳にもいかず、実験は継続して行われる事になりました。
 なんとか退役の危機から逃れる事が出来た"X-15"でしたが、この突然の方針転換のせいで宇宙へ飛び出すのは遅れに遅れ、後からスタートしたマーキュリー計画(※打ち上げロケットと有人カプセルの組み合わせによる有人宇宙ロケット計画)よりも遅れを取ってしまいます。
 国家上層部の様々な思惑に翻弄され、唐突に肩身の狭い立場になってしまった"X-15"ではありましたが、1963年7月19日にテストパイロットのジョセフ・ウォーカー(※上の写真の左側に写っている人物)の操縦により、初めて宇宙空間へ飛び出します。
 この事により、ジョセフ・ウォーカーはアメリカで4番目の宇宙飛行士に認定されます。
 更に翌月の8月22日に、ジョセフ・ウォーカーは"X-15"によって再び宇宙へ到達する事に成功します。
 当時、宇宙に"2度"も行った人物はジョセフ・ウォーカーだけでした。
 そのため彼は、世界で初めて"2度"宇宙に行った男と呼ばれる事となります。
 しかし、宇宙開発におけるこの偉業は、同じ時期に行われていたジェミニ計画(※月宇宙船の開発を目的としたアポロ計画より前に実施された宇宙計画)の陰に完全に隠れてしまい、当時から現在に至るまで、そんなテストパイロットがアメリカにいた事を知る者は、かなりの少数派となっています。
 
 
 
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