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【恐怖!!】霊界からの発明【決して夜中には見ないで下さい…】 第2回(5回シリーズ)

2017-01-15 01:53:00 | 歴史
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(担当S)
 
 世の中には色々と奇妙な発明品がありますが、その中でも特に奇妙な発明と言えるのがオカルト的な効果や効能を謳っている発明品です。
 怪しげな霊感商法とかとは一切関係なく、霊的あるいはオカルト的な事を実現するための装置と言うのが過去には実在していました。
 そこで今回は、その中でも特にぶっ飛んでいると思われるオカルト的な発明5選を、担当Sの独断と偏見で選んで紹介していきたいと思います。
 
■恐怖と戦慄の発明、霊界から授かった驚異のアイデアの数々…第2回(5回シリーズ)
 
●心霊を写し出すカメラ
 この写真は、19世紀のアメリカで心霊写真家と言われたウィリアム・H・マムラーが、 1871年に撮影したリンカーン大統領の心霊写真です。
 写真下側の中央に写っている女性はリンカーン大統領の妻であるメアリー未亡人で、その後ろにボヤッと写っているのが1865年に亡くなったリンカーン大統領の霊です。
 このリンカーン大統領の心霊写真が他のよくあるような心霊写真と大きく異なるのは、偶然このような写真が撮られたわけではなくて、マムラーが発明した霊視機能のあるカメラにより"意図的"に撮影された、霊との2ショット写真だと言う点です。
 噂では、マムラー自身に霊を呼び出せるある種の心霊能力があって、それで心霊の姿をカメラに収める事が出来たのでは無いかと言われていますが、真偽の程は分かりません。
 しかし彼が発明したカメラには、心霊を撮影できる特殊な機能がありました。
 マムラーが最初にこの様な写真を撮ったのは、1868年だと言われています。
 当時のカメラは技術的にまだ未熟で、写真を1枚撮るのに10~20分もかかり、また特殊な技能を必要としたことから、彼が撮った心霊写真の全ては、写真家でもあった彼自身が撮影したものです。
 1回の撮影料金は、当時の一般的な撮影料金の5倍もする10ドルで、これは当時の労働者の月給の3分の1から半分に達するほどの法外な金額でした。
 それでも予約してから撮影まで3ヶ月も待たなければいけないほど注文が殺到し、ビジネスとして大きな成功を収めていました。
 こんな高額な撮影料金にも関わらず、マムラーの心霊写真がこれだけの人気を呼んだのは、家族と死別した悲しみを癒す為に、例え写真の中だけでもいいから亡くなった家族と触れ合いたいと切実に希望する者が、後を絶たなかったからです。
 そういう事もありマムラーの元を訪れる客は、例外なく裕福な人か社会的に地位の高い人でした。
 アメリカの歴史で最大の悲劇と言われた南北戦争が終わってから、僅か数年しか経っていなかった事もあって、マムラーの元には戦争で死別した夫や息子と一緒に心霊写真に収まりたいと言う依頼が、次から次へと舞い込みました。
 当初はとても順調だったマムラーの心霊写真のビジネスでしたが、1869年の4月に思わぬ事が起こります。
 19世紀後半のアメリカで、演劇やサーカスのビジネスで成功を収めていたフィニアス・ティラー・バーナムと言う人物が、マムラーを詐欺罪で訴えたのです。
 バーナムの訴状によれば、マムラーはトリックを使い、あたかも亡くなった家族が一緒に写っているかのような写真をでっち上げ、法外な撮影料金を顧客に対して請求していると言うものでした。
 7日間つづいたとされるこの裁判で検察側は証拠として、バーナムが作り出した心霊写真とその撮影方法を法廷に提出し、簡単なトリックで誰でも心霊写真が作れることを証明して見せました。
 しかし、検察側が法廷に提出したのと同じ方法でマムラーが心霊写真を作り出したと言う決定的な証拠がなかった事と、被害者とされたマムラーの顧客が皆、彼をかばったことにより、裁判官はマムラーを無罪放免にせざる得ませんでした。
 どうしてマムラーの顧客が皆、彼を庇ったのかと言うと、マムラーは顧客達の遺族とは生前会った事が無く顔や姿をまったく知らなかったのに、彼の撮った心霊写真の中には顧客の遺族が寸分違わぬ姿で写っていたからでした。
 だからマムラーの顧客達は、彼が何らかのトリックを使ったとは全く思っていませんでした。
 寸分違わぬとは言っても心霊写真ですから、亡くなった家族の姿は当然ボヤけてはいましたが、マムラーをかばった彼の顧客の1人は「友人達にも写真を確認してもらったが、写っていたのは間違いなく亡くなった妻でした」と法廷で力説しました。
 こうしてマムラーの発明は一度は詐欺として疑われたものの、法廷の場においても真実の発明である事が証明されたのです。
 それではマムラーが発明したカメラは、現在どこにあるのでしょうか?
 残念ならがらマムラーが発明したされる心霊が写るカメラは、彼が死の直前に写真のネガ(※今風に言えば写真の元データー)と一緒に処分してしまい、現物は残っていません。
 金銭トラブルによって、マムラーも不本意ながら自らの発明を処分してしまったようです。
 もしマムラーのカメラが残っていれば、証拠が掴めずに停滞している現在の心霊研究が、大幅に進んでいた事でしょ。
 不本意だったとは言え、マムラーがカメラを処分してしまったのは、非常に悔やまれます。
 ……と、これから後半のパートである真相究明のパートを始めますが、前半のパートの話にあるように、マムラーがどのようにして心霊写真を撮っていたのかについて、それがトリックであったと言う決定的な証拠が出てこなかったのは事実です。
 なのでマムラーが発明したカメラが、どのような仕組みであったのか興味の湧くところですが、彼は自らの手で全ての証拠を消し去っているので、今となっては真相は闇の中です。
 検証できるような物的証拠は何も残っていませんが、詐欺罪に問われた裁判では無罪放免になっている事から、「マムラーは本当に心霊カメラを発明していて、それで心霊写真を撮ったのでは?」と思う人も中にはいるでしょう。
 しかし、彼が裁判で無罪になったのは、検察側が状況証拠にばかりに拘ってマムラーを有罪にしようとした為に、裁判そのものを検察側自らが台無しにしてしまったと言う面が大いにあります。
 決定的な証拠が無いのに状況証拠だけで誰かに罪を背負わせるのは、いつの時代も難しいものです。たとえ告発した相手が限りなくクロに近くても…
 検察側がマムラーのインチキを暴くような証拠写真でも持っていれば、裁判の行方も違っていたんでしょうけど、前半のパートにもあったように、当時の写真は撮影するのに特殊な技能が必要だったので、今みたいにスマホで証拠写真をパチリと言う訳にはいきませんでした。
 そうした決定的な証拠が欠けていた上に、被害者であるはずのマムラーの顧客達が皆、彼をかかばってしまったので、裁判そのものが成立しなくなってしまいました。
 マムラーを裁いた裁判官も判決を述べる時に、彼の心霊写真には何らかのトリックがあるとはずだと言うニュアンスを含ませていますが、彼の顧客の誰もがマムラーに騙されたとは思っておらず、被害者が存在しない以上、彼に詐欺罪を適用する訳にはいきませんでした。
 しかしながら当時から現在に至るまで、マムラーの心霊写真には、やはり何らかのトリックがあったのでは無いかと考えられています。
 もしトリックを使っていたとしたら、彼はどんなトリックを使ったのでしょうか?
 一番、可能性が高いのは「二重露光」です。
 上の写真(※PCで閲覧している場合は右の写真)は、その「二重露光」を使って撮った写真です。
 マウスの上にかぶさっている手が透けているので、何だか幽霊の手みたいに見えますよね。
 この写真のトリックは非常に簡単で、最初にマウス"のみ"の写真をフィルムカメラで撮っておいて、その後でマウスに手を乗せて、全く同じ視点から同じフィルムを使って写真を撮れば、こう言う写真が撮れます。
 ただし、現在主流になっているデジカメでは、このトリックを使っても同じ写真は撮れません。
 フィルムカメラだからこそ出来る、アナログなトリックなのです。
 これで、マムラーが心霊写真を撮った時に使ったらしいとされる、トリックの内容は分かりましたけど、大事な疑問がまだ残っています。
 彼は全く会った事が無いはずの、顧客の遺族の顔や姿をどうやって知ったのでしょうか?
 どんなトリックやイカサマを使ったとしても、顧客の遺族の顔や姿が分からなければ、心霊写真は作りようがありません。
 これを解く鍵はマムラー自身が設定した、法外な撮影料金に隠されていると思います。
 前半のパートでも触れましたが、マムラーが設定した撮影料金10ドルと言うのは、当時としてはかなりの大金で、一般的な労働者の月給の3分の1から半分の額に相当しました。
 この為、マムラーの顧客は例外なく裕福な人か社会的に地位の高い人ばかりになってしまいましたが、こう言う金銭的に余裕のある人達は、亡くなった家族の生前の様子を収めた写真を必ず何枚かは持っていました。
 写真自体が珍しいかった時代に、こういった事は非常に稀でした。
 ちなみに、普通の写真撮影の料金は、だいたい2ドルくらいですが、これは当時の一般的な労働者の、だいたい2~3日分の賃金に相当します。
 一般的な労働者でも生活をある程度犠牲にすれば、払えない事も無い金額ですが、それでも決して安いとは言えず、当時のアメリカの一般大衆は冠婚葬祭などの余程の事でもない限り、自分や家族の写真を撮ろうだなんて思いませんでした。
 しかし裕福な人や社会的に地位の高い人からすれば、2ドルなんて大した額ではないので、何か機会があるごとにパシャパシャと自分や家族の写真を撮っていました。
 前述しましたけども、当時の写真は例外なく特殊な技能を持った写真家が撮影していましたから、写した写真のネガ(※今風に言えば写真の元データー)はその写真家が保管していました。だからマムラーの顧客の遺族の写真のネガは、探せば必ず何処かの写真家が持っていました。
 ここからは推測になりますけども、マムラーはあの手この手を使って顧客の遺族のネガを探し回していたんじゃないでしょうか。
 ネットもSNSも何もない時代ですから、顔も姿も全くわからない人物のネガを探し出すのは、大変な手間と時間がかかります。だからマムラーの心霊写真の撮影は、予約待ちが3ヶ月なんて事態になっていたんじゃないでしょうか。要は時間稼ぎをしていたと言う訳です。
 当然"タネ"がばれないように、ネガを提供してくれた写真家には口止料とかも払っていたと思います。なんせ、マムラーはかなりの高額な撮影料金を設定してましたから、口止料を払うくらいは何ともなかったはずです。
 ここまで説明すればもうお分かりでしょうが、マムラーが法外な撮影料金を設定したのは、探せば必ず何処かに遺族のネガが有りそうな、裕福な人か社会的地位の高い人だけを相手にしたかったので、そのような料金設定にしたのでしょう。
 しかし、このビジネスモデルも、そう長続きはしなかったようです。
 裁判では無罪放免になったマムラーでしたが、心霊写真家としてのキャリアには大きな傷がついてしまい、裁判が終わった後は顧客が激減します。
 それでも彼を信じた顧客が心霊写真の撮影を依頼する事はあったようですが、以前のようにビジネスとして成立しなくなり、裁判の時に弁護士費用などで3,000ドル(※現在の日本円で2千~3千万円に相当)と言う大金を投じてしまっていたのが仇となって、晩年の彼は貧困に苦しみながら1884年に亡くなります。
 本当にマムラーが心霊を写せるカメラを発明していたのなら、裁判で無罪になった事は彼のビジネスにとっては追い風にはなれど逆風にはならないので、顧客が以前よりも増えそうなもんですけど結果は全く逆でした。
 この事実からしても、マムラーが発明したとされる心霊が写るカメラについては、本当に霊視機能のようなモノが備わっていたのかについて非常に疑わしい面があり、彼の心霊写真のビジネスが行き詰まったのも、そこに原因があったのではないかと思われます。
 
 
 
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