視人庵BLOG

古希(70歳)を迎えました。"星望雨読"を目指しています。
TwitterID @seibou_udoku

「朝鮮王朝の絵画と日本 宗達、大雅、若冲も学んだ隣国の美」展

2008-12-13 06:20:55 | 文化
先日いった沖縄県立美術館で殷元良という画家の「雪中雉子の図」「花鳥図」という画をみた。
「なんだか若冲に雰囲気が似ているナァ?やはり若冲も中国画の影響を受けているのだろうな?」と思った。

その時は、殷元良は中国明代の画家だと思っていた。

東京に戻って調べてみると、ビックリ!
殷元良(いんげんりょう・1718~1767年)は、日本名、座間味庸昌(ざまみようしょう)。琉球王朝の宮廷画家だった。
そして伊藤若冲(1716-1800)と同時代の画家だった!
1752年には「進貢使」の一員として中国に渡っている。
「雪中雉子の図」は清朝の画家章声の画の模写だったのだ!


12月6日の朝日新聞文化面で「朝鮮王朝の絵画と日本 宗達、大雅、若冲も学んだ隣国の美」展が、栃木県立美術館で開かれていることを知った。

これは視にいかねばと思った次第。

昨日鑑賞後、このタイトルは少しフライング?と思って帰ってきた。

展覧会の詳細は小生がいろいろな展覧会に行く前、いつもお世話になっている「弐代目・青い日記帳」様のブログをお読みください。
朝日新聞の記事も引用されています。

18世紀、京都に朝鮮の画も紹介され、若冲たちに影響を与えたのは確かだろう。
しかしその朝鮮画に影響を与えたのはやはり明朝、清朝の画だったろう。

李朝朝鮮は15世紀に明の冊封国となった。
琉球王国も同じく15世紀に明の冊封国となり、17世紀初頭に薩摩藩(日本)の付庸国になるという国際政治の二重構造国となった。

若冲と同時代の琉球王国の画を調べることは明、清朝時代の中国画の東アジアでの影響を考える一助になりそうだ。

琉球王国、地政学的見地からも興味ある存在だ。

韓国・朝鮮の絵画 (別冊太陽)

平凡社

このアイテムの詳細を見る



コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 望遠鏡操作講習会 | トップ | プロペラ到着! »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Tak)
2008-12-13 20:48:25
こんばんは。
TBありがとうございました。
リンクまでして頂き感謝感謝です!

さっぱりこの辺のつながりが
分からないままに観てきたので
頭の中未だ整理できていません。
図録でも買ってくればよかったと
今さらながら後悔しおります。
返信する
RE:Unknown (視人庵住人)
2008-12-14 21:59:36
Takさん、コメントありがとうございます。
Takさんのブログにはいつも啓発させてもらっています。

若冲の時代には朝鮮絵画として認識されていたものが、明治以降、"朝鮮絵画"という言葉が抹殺されていたという話もあるそうです。

「朝鮮王朝の絵画と日本」展、静岡にもう一度視に行ってこようと思います。



返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

文化」カテゴリの最新記事