”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「東京奄美文化講演会」に参加して!

2016年08月19日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                                  
  東京沖縄県人会では先年から「文化講演会」を実施していますが、東京奄美会でも四ツ谷の「主婦会館」で以前から文化講演会(参加費5千円)を実施しており、8月の例会に出席しました。参加者100人強。
 今回のテーマーは元総務省自治行政局・前鹿児島県企画課長の清水講師による「奄美群島における地方創生への取組み」。詳細なデータによる奄美の現状と今後の課題についてのお話がありましたが、少子高齢の奄美の将来にはなかなか展望が見えません。
 講演後の質疑応答で私は「日本復帰の昭和28年頃の奄美の人口は20万人を超していましたが、現在は半分の10万人前後に減少に対し、沖縄は逆に70万前後から現在は倍の140万に増加しています。
 生命安全のリスクを背負される米軍基地のマイナスが論ぜられていますが、この人口増加現象を見ると米軍駐留には雇用促進や国際化等のプラス要因があるのでは?この“不都合な真実をどう見るのか” 沖縄の人口増加現象要因を奄美も研究検討したらどうでしょう」という質問ならぬ提議をしましたが、会場で行われた懇親会場で、参加の先輩から「重田さん、貴方沖縄の人口増加を言ったけど、それは那覇南部地域だけで、北部ヤンバルヤや宮古・八重山諸島は奄美に変わらぬ人口減少と過疎化になっているのを知っているの」と指摘され、沖縄対奄美という二項対立の思考限界に頭を抱えつつの帰宅路でした。           

                                           

 

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「高校同期で暑気払い」

2016年08月13日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                            
 先週、秋葉原で在京高校同期有志による恒例の暑気払い懇親会。今年は参加者7名と年々減少は寂しい。いずれも70半ば過ぎの後期高齢、これまた止むを得ないか!とはいえ、いまだに事務所を構え、稼いでいる同期もおり様々。
 私はと言えば、事務所は構えるものの、コスト垂れ流しで(´Δ`;)女房に申し訳ない。しかしながら、毎朝、着替えて出掛ける私に“行ってらっしゃい!”と明るく?玄関で送り出してくれる。門を出て玄関を振り返ると“ガラガラ”と扉ははや閉まる。不思議に通勤者と共に駅に向かい、通勤列車に乗ると社会参加の錯覚?でも神田の事務所にはほぼ毎日、知人、後輩が来訪し元気を貰います。
 この日の暑気会、参加のメンバー同志のメインテーマーは何時もながらも病歴情報交換!前回に続き一人参加のシングル同期女性の活気には参加の皆さんと共に元気を貰い、全員で会長に推薦をしました。

 

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「創業OB社員の来訪に深謝!」

2016年08月05日 | 「千客万来」

          
 創業30年目、会社リタイヤのタイミングにレベル4の癌患、残る寿命をカウントしつつ神田のプライべ-トオフイスで一人机に座る昨今、改めて“創業とは何か”を思います。
  起業・独立の目的は資産形成、名声確立、製品開発、顧客満足、人材育成と人によって様々でしょうが、株式上場、蓄財の出来なかった私にとって敢えて言えば創業とは“組織作り・出会いの場所提供”かと思います。
 創業30年、私が作った会社で相手を見つけ、土地を買い、家を作り、お子さんを育て、進学、独立と人生を形成したパートナーが30組近くあります。勿論、これは社員それぞれの自助努力と自己実現に依るものですが、私が構築、提供した場所でキャリヤを形成し、それぞれの人生を切り開く姿を見ると、創業者として曰く言い難い感慨が過ります。
 先般、入院治療中の私の元に沖縄、関西等々からOB社員の来訪に続き、社内婚・大卒入社1期生の“会長!娘が国立1期大に合格しました”との朗報に我がことのように歓喜が湧きました。さらに、創業5年目に東大法学卒生の応募入社には驚嘆しましたが、司法試験何度受けるもパソコンへの興味絶ち難く、創業間もない当社に応募、入社した翌年、これまたユニークな“宇宙女性”社員と結婚、間もなく二人してイギリスに渡り、彼の地で10年以上過ごし帰国したこのカップルが先日、神田オフイスに訪ねて来ました。20数年振りの再会ながら二人の雰囲気、往時といささかも変わらず!これまた創業人生歓喜の一瞬でした。
 二人の結婚主賓招待として、我が生涯あろうことか、最高裁判事を務める新郎ご両親に歓待された栄誉に、これも又”会社を作ったであればこそ”と忘れられることは出来ません。K君ご夫妻来訪深謝です!

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安らかに!「故・西海智恵子さん」

2016年07月26日 | 「美ら島沖縄大使」便り

            
 昨年7月71歳、敗血症で逝去された早大西洋史専攻のクラスメイト・西海智恵子さんのご主人から故智恵子さんの追悼禄をお送り頂きました。
 200ページを超す追悼禄には500枚近いカラー写真と私達西洋史専攻のクラスメイトお2人を含め30人を超す追悼文に恐縮ながら私を含め8人の我がクラスメイトを含め当日葬儀に参列した500人近いメンバーの名前も掲載されています。
 ご夫妻が知り合った早稲田大学ハイキングクラブ(WHC)の思い出、智恵子さんが卒業後就職した中学教師時代、ご主人が留学したカナダを含めた海外生活、帰日後会長を務めた「子供会」「日野市国際交流会」「茶道連盟理事」と多彩な経歴満載には圧倒されます。
 ご主人の書かれた編集後記には私達世代の時代史レビューと同時にご夫妻の強い絆が伝わって来ます。思い出せば新婚間もないご夫妻お宅に招かれた記憶、クラス会にいつも和装で参加される故・西海智恵子さんの瀟洒なお姿を思い出します。改めて、故・西海智恵子さんの哀悼を!

       
        私達西洋史クラス入学(右上)写真の載ったページ

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「空咳、鼻汁、白痰の風邪症状」

2016年07月20日 | 「美ら島沖縄大使」便り

 先々週の沖縄講演前後から喉に違和感があり、帰京後、熱や体の怠さはないものの空咳の連続と鼻と口から痰排泄が続き、もしや喉頭への癌転移かと近くの病院に行き、レントゲン撮影受けたところ異常はなく、風邪薬の処方を受けました。
 絶え間ない咳で通勤列車客や周りに迷惑かけるので1週間近く会社を休み、自宅静養の結果、この数日ようやく症状軽くなりましたが、咳と白色痰は続いています。
 そのため「オリオン三つ星会」「故會田 ㈱CIJネクスト部長偲ぶ会」「おきなわフアンクラブ20周年」「東京瀬戸内会」「多良間祭り」と諸々のイベント欠席の止むなきに至りました。
 “熱無し、連続咳込みと鼻汁、白痰排泄”のこの症状、最近流行りの風邪症状のようです。
皆さんの近くに似たような症状の方、居られますか?

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「那覇市新都心でセミナー講演」

2016年07月13日 | 「美ら島沖縄大使」便り


 

  

  関東沖縄経営者協会50周年記念大会の翌月の7月6日、「琉球銀行」コンサルティング営業部からの「M&A体験」セミナー講演の依頼を受け、那覇市おもろまちの県立・博物・美術館会場で発表して来ました。セミナー講演とは言え、何時もながらの私の苦労、体験談。過去の発表データーの整理、修正で60枚近いPowerPoint原稿を作成、発表、会場満席100名近い出席でしたが、実は那覇市・新都市「おもろまち」は私が中高時代を過ごした“懐かしの「安謝」部落”近接の平野地区。当然のことながら近くには中高同窓が住んでおられ、中には中学後輩の琉舞師匠が琉装のお弟子さん10人近くを連れて来られビックリ!退場の皆さんにご挨拶したら、その中に「安謝中、妹さんの同期です!」と言われる方がおり、これまたビックリ!
 会場には知友の琉大教授もおられましたが、何と尚弘子元副知事が「重田さん、貴方、やっぱり個性的ね!」と笑顔で退場挨拶されたのには驚きました。出席の幸喜典子琉球大学同窓会長が「重田さん!尚さんは御宅が近くで、お誘いしたら、“行きましょう”とご一緒したのよ」と! 拙い私の体験談、皆さん、本当に有難うございました。

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7月6日の無料セミナー

2016年07月05日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                               
 実は私、7月6日(水)琉球銀行からの依頼で那覇市おもろまち「博物館」で講演することになりました。 
タイトルは「M&A・アライアンス」と経営者向けですが、内容は私の“東京での会社立ち上げから合併、社長引退までの拙い苦労話”です。
 もし、お時間ありましたらご友人お誘い共々応援、激励かたがたご出席いただければ幸甚です。          

  ①    タイトル:「M&A・アライアンス」(私の創業、承継経験)
  ②    日 時 ;2016年7月6日 午後3時~5時
  ③    場 所; おもろまち「県立博物・美術館」1階会議室
  ④    参加費; 無料
  ⑤    主 催;琉球銀行

 

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「関東沖縄経営者協会50周年」で「感謝状」!

2016年06月20日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                          
 先週金曜・6月17日、「ニューオオタニホテル」で関東沖縄経営者協会50周年記念総会パーティを開催しました。参加者は多忙なに翁長知事、稲嶺元知事、沖縄県経営者協会 安里会長、富田琉球新報、豊平沖縄タイムス社長、上地海邦銀行頭取、松本金秀本社社長、屋比久県商工労働部長等30余名の沖縄からの来賓を含め総勢630名。これは10年前、7代目会長として私が主宰した40周年記念総会の300人を大幅に超える快挙!これは仲松会長の思い入れ、執念の実現!
 記念講演としては15歳で八重山を出て、売上140億の洋菓子製造のエーデルワイスを立ち上げた㈱比屋根エーデルワイス会長の創業経験談に満場、感激でした。
 2005年から2014年まで第7代会長を務めた私は今回、名誉会長として仲松会長から「感謝状」を頂きました。今後は次世代に幾ばくなりともお役立てばと創業から30年の経営苦心、失敗経験談を伝えたいと思います。これまでの協会メンバーはじめ旧㈱日本アドバンストシステム社員の皆さんのサポート、協力頂き本当に有難うございました。

 

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「大宜味村の宮城仁四郎~沖縄財界四天王」

2016年05月10日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                          
  先日、沖縄県大宜味村を訪ねた時、長寿や人間国宝・平良敏子さん以外にもう一つ、ビックリしたことがあります。それは宮城仁四郎さんの銅像との出会。
 宮城仁四朗は戦後間もなく、糖業、パイン、煙草、セメント業など数々の沖縄県内製造業を起こし、商工会議所、工業連合会、経営者協会等県内経済団体TOPを歴任、国場幸太郎、大城鎌吉、オリオンビール創業の具志堅宗精と共に「沖縄財界四天王」と言われた人。実は宮城社長は私が沖縄で中学、高校時代を過ごした今那覇新都心として併合された安謝に隣接する勢理客に住まわれ、その高級宅に行ったことがあります。それと言うのもお子さんが安謝小中学の同級だった縁です。彼は中学半ばで東京に移住し、慶応に進学します。慶應在学中の杉並お宅を訪ねた記憶もあります。その妹さんも高校同窓で共に在京同窓会の副会長を務める縁です。
 彼のお父さんである宮城仁四郎氏、あの時代沖縄では稀有な旧制7高(鹿児島大・農学部)卒の大宜味村出身で、不思議に安謝の隣の岡野には高名な大宜味出身者が結構おり、当時の私達とって“大宜味出身”とは何かエリートの響きがありました。往時を茫々、宮城銅像を眺めつつ、通り過ぎた大宜味湾は我が故郷の奄美風景と瓜二の眺望でした。                                            (奄美・瀬戸内湾そっくりの大宜味湾)
                                              

 

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元・社員藤川君、安らかに!

2016年04月07日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                             
 4月6日、埼玉県川口市の「光彩セロモ」で行われた藤川勝憲君の葬儀に行ってきました。
 1978年、埼玉工大新卒の藤川君は㈱日本アドバンスシステム8期生として入社されました。以来20年に亘り、SEとして中国に出張開発する等様々貢献頂きましたが、入社20年目の1986年に退社、以来今日まで高齢のお母様の介護に献身されましたが、52歳を迎えた先月、急性の心疾患で逝去されました。
 妹さんの書かれた告別礼状にも語られているように“スポーツ好き、気さくな”人柄から現役社員に限らず、OB社員と幅広い交流関係を示すように、今回の告別式には懐かしい元社内と接することが出来ました。
 
昨日の通夜にはなんと20人を超す元社員が来られたとのことですが、初期認知症の当方、参加OB諸君の顔と名前が一致せず、呆れられました。
 それにしても10名に迫る社員・OBの他界に続く昨年暮,創業以来30年に亘りお世話になった税理士・監査役に続き合併新会社の監査役と相次ぐ他界報に、嫌が負うでも難病治療?中の我とわが身の終末、身辺整理を迫られる昨今です。
 
最後までご母堂介護に献身した藤川君、安らかに!
                               
                             (久々に現役・OB社員と!)

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「感謝状」恐縮、感謝!

2016年03月31日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                   
 早稲田大学の「琉球・沖縄研究所」(勝方=稲福恵子所長)が残念なことに今月末をもって、閉鎖することになり、これを機に大学の小野講堂で開催された沖縄県立芸術大学の新城亘さんと比嘉いずみ企画の「世界にひろがる琉球芸能」の記念公演の招待を受け、参加してきました。因みに、このお二人には私の出版記念パーティでもお世話になった縁ですが、こうしたイベントを後ろで企画、演出したのはエディター川平いつ子さん。今回の公演にも彼女の影を感じました。圧巻はチュニジア出身ブリ・モハメッド、英国出身マット・ギラン、沖縄の新城亘3人による八重山民謡「トゥバラーマ―」の演奏合唱!まさに、“越境するウチナー節”を感じた瞬間でした。こうした国際化と若手研究者の育成という特色をもつ当研究所が何故10年で閉鎖するのか?それは勝方さんを継承する沖縄出身早大教授の不在が一因といわれますが、そもそも総長をはじめ大学サイドに沖縄に関する関心が薄かったのではないか?歴代最長の沖縄県出身の大浜総長という歴史を持ちながら。
 勝方=稲福教授の孤軍奮闘で10年続いたこの研究所の閉鎖は“大浜奨学制度”と言う恩恵を受けた沖縄稲門会メンバーや関東沖縄経営者協会や県人会のバックアップの弱さも幾ばくの責があるのでは!
 次世代沖縄研究者の再興を期待しつつ、勝方さんに影の支援サポータ・川平いつ子さん、本当にお疲れ様!小野講堂イベント後の「南亭」で開催された懇親慰労会で勝方教授から「感謝状」頂き恐縮しました。
                  

 

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「貴重な体験!大相撲親方パーティに参加」

2016年03月27日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                                            
   昨年暮れの話ですが、参加チケット2万円と高額ながら知人のご尊父さんが参加出来なくなったため、プレゼント頂き、「ニュー大谷ホテル」で開催された大相撲・高砂親方の還暦祝パーティに行って来ました。
 相撲世界に疎い私ですが、高砂部屋と言えば先代の親方が我が奄美出身の横綱朝潮。近畿大学卒の現親方に後継したものの、モンゴル出身の朝青龍のマナー躾指導、幕内弟子の育成等が今一で、その筋の評価は厳しいと聞きます。とは言え、当日のパーティには八角新理事長に元横綱の北の富士、新党大地の鈴木宗男代表等に和装華やかな"その筋"の花街・お姉さん達含め500人強の賑わい。無償のタニマチとは言わずとも滅多に接することのない大相撲贔屓ファンという大和独特のカルチャーを目の当たりにすることが出来ました。高額チケットと貴重な体験御贈り頂いた大城さん本当な有難うございます。         
                                

 

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「伝説の大先輩と会合」

2016年03月19日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                    
 先日、目白の「日立クラブ」で開催した“4人会”ゲストに又も奇遇!我が創業のソフト会社と提携、株式交換した親会社の監査役としての奇遇にもびっくりした大野先輩。
 私が当時の総理府行政管理庁から転職、入社したビジネスコンサルタント社で会った大野さんは羨望、稀有、幻の大先輩でした。というのも私学・文卒の私には遠く及ばない赤門・東大の数学科卒で当時IBMを遥かに凌ぐコンピューターソフト・テクノロジーカンパニーTOP・UNIVAC社受注の“石播プロジェクトリーダー。それのみならず東大空手部の主将を務める一方、何と囲碁も7段と文武両道の先輩。そんな大先輩と同じプロジェクトメンバーとし机を並べ、何とか落伍することなく業務遂行出来た経験が、その後のIT企業立上げから今日迎えることが出来た私の一つの要因ではなかったかと思い巡らす出会いでした。まあ、青春の幻想回顧とは言え、互いに後期高齢の巡り合わせに感謝です。野木さん!有難う!

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何と!「大宜味村観光・物産親善大使」拝命!

2016年03月14日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                     
 
先般の「沖縄経営者協会」30周年記念総会の招待を受け、訪沖した際に沖縄県北部の国頭郡大宜味村の宮城村長に招かれ、何と「観光・物産親善大使」を拝命されました。大宜味村は人口3,500人ながら90歳以上が80名を超す沖縄県随一の長寿村。それも単に長寿に留まらず、これら多くのお年寄りが芭蕉布織り、歌・踊り、ゲートボールと健康寿命の村。
「そもそも多病、療養中の重田が何で長寿村大使?」と思われる人は多いと思いますが、それと言うのも「終のオフイス・神田」共有の宮城尚人君が大宜味出身で宮城村長の知友縁。
 大宜味村と言えば人間国宝の平良敏子さんに象徴される“芭蕉布とシィクワーサーの里“。その喜如嘉の「芭蕉布記念館」に訪れ、95歳ながら未だ現役で芭蕉布を織られる人間国宝の平良敏子さんをお訪ねしたら、笑顔でスーッと立たれ記念撮影の栄誉に浴しました。
 大宜味村生育、製造の長寿果物“シークワ―サー”飲料の普及、即配を「大宜味大使」として拝命しています。
                          
                  (人間国宝・95歳の平良敏子さんと"芭蕉布の里で!")

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「宮崎緑さんに感激!」

2016年03月06日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                  
            (稲嶺元県知事、安里沖縄経営者協会長共に宮崎さんを囲んで!)
 先月参加した那覇市ANAクラウンプラザ「ハバビューホテル」で開催された第30回記念「沖縄経営者協会」大会で印象に残ったのは宮崎緑千葉商科大教授(元NHKキャスター)。それと言うのも宮崎さんは、我が故郷・奄美の笠利村にある「奄美パーク」田中一村記念美術館創設以来、館長を務めておられる縁。
 館長就任の経緯詳細はわかりませんが、単なる大島紬フアン・名誉職ではなく、国際教養学部長として、毎年韓国からの留学生を含め千葉商科大学の学生と共に奄美を訪れ、島嶼異文化の体験や離島振興学習をしていることを聞いて、感激でした。この日の講演はこれに留まらず、2時間以上内容尽きることなく、時間ぎりぎりまでの所信披露と熱弁を聞いていると、いずれ田中優子法政大学長に次いで女性学長になるのではないかと思いました。
 因みに島田晴男千葉商科大学長は、宮崎さんと同じ慶応大経済学部OB、沖縄とも浅からぬ縁。講演後「東京から参加した奄美出身です」と挨拶に伺ったら、「そうですが、今日は大島紬で来たかったのですが」と満面笑顔で対応頂き、写真撮影も気軽に応じて頂いた。この日も講演終了後、奄美に向かうとお聞きして、思わず「私も!」と言いそうになりました
                

 

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朝吼夕嘆

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