今は授業で兼好法師の「花は盛りに」をやっているのですが、もういろいろと言いたいことがあるのに、授業では差し障りがあって話せないのが、腹ふくるるここち、本当に10を1にしなくてはいけないこの欲求不満。やるかたなしです。
「男女の情も、ひとへに逢ひ見るをばいふものかは。」のところだと、指導書には、この「ひとへに」が「逢ひ」にかかるか、「いふものかは」にかかるか二通りあるっていうんですね。二通りあったっていいと思うし、それが研究史上重要な議論だったのか、勉強不足で知らないのですが、ここは「ひとへに逢ひ見る」でいいと思うのです。前の文章からのつながりから言って。だって、「よろづの事も、はじめ終りこそをかしけれ」って言ってるんだから、ものごとの全盛期って「け、そんなことに心をおどらせるのはだめだね」って言ってるんでしょう?だから、ひたすら逢って愛し合うっていうそういう恋愛の絶頂期のはどうもね…ってことでしょう。
指導書ってその「逢ひ見る」も道徳的に「結婚して」って訳をつけてるの。恋愛の全盛が結婚?笑っちゃうわ、バカバカしい。これも無理があるよね〜。
本当は「ねえ、みなさんは『ひとへに逢ひ見る』ってどんな場面、妄想しちゃう〜?って聞いてみたいんだけど、そんなことを言っては変態教師になるので、ぐっと我慢。指導書はとにかく「逢ふ」を結婚ってしたいらしいけど、それはどうにもおかしいと思うから、もう男女の契でいっちゃいます。
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