漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 



 今年は、年初の挨拶は控えさせていただきますが、2017年になりました。今年もよろしくお願いいたします。
 年末から年始にかけて、インフルエンザらしき症状で、ずっと寝ていた。仕事納めの日あたりから、なんだか調子が悪いなと思っていたのだが、微熱だったし、まあ軽い風邪だろうと思っていた。ところが、30日の夕方くらいから急に熱が上がってきて、大晦日には38度5分ほどまでになった。高熱は元日には落ち着き、インフルエンザにしては随分軽いなとは思ったのだが、娘によると、「今年のインフルエンザは高熱は一日で下がるらしいよ。だから、油断して周りに移しまくりがちなんだって」ということ。なるほど。熱が下がったとはいえ、微熱はやはりあるし、体もだるいので、翌2日も一日寝ていた(寝ていても、痩せているせいもあって、腰や背中が痛くなってきて、本当につらかった)。で、今日になってようやく起きて動けるようになった。せっかくの長い休みだというのに、ほとんどどこにも出かけることもなく、まったくもったいない。随分と疲れが溜まっているという自覚はあったし、まあ、体を休ませろということだったのだろう。
 もうひとつ。年末にPCを買い換えた。約9年ぶりである。古いPCが、どうも怪しく、これではいつ起動しなくなっても不思議ではないという状態になったからである。それに伴って、普段はほとんど使わないが、windowsもこれまでのxpから10になった。CPUもdual coreからcore5になって、随分とグレードアップした。まあ、今のところ大したこともやっていないので、体感的にはちょっと処理が早くなったかなという程度だけれども。そんなこんなで、PCが新しくなったのはいいけれども、最初買ってきて、Ubuntuとのマルチブートをやったり、環境を整えたりするのにちょっともたついて、あれこれ試行錯誤しながらやや夜ふかししてしまったのも、体調を崩した原因だったのかもしれない。
 寝ている間、じゃあ本でも読もうかと思ったが、当然とてもそんな余裕はなく、昨日になってようやくちょっと読めるようになった。で、こんな機会でもなければもう読まないだろうと思っていた、なんと30年以上も積読にしていた本を、今回は絶対に読み切ると決め、ついに読了した。
 その本というのは、

 「ケンタウロス」 アルジャナン・ブラックウッド著 八十島薫訳
 妖精文庫 月刊ペン社刊

 今まで、何度も読もうとして挫折を繰り返してきた一冊なので、まあ、インフルエンザといっしょに肩の荷も下りたという感じである。
 ストーリーはあってないようなものであり、筋を楽しんで読めるような作品ではない。一言で言えば、地球はひとつの有機的な生命体であり、人間を含めた生物たちはその感覚器官にすぎないということを、400ページもかけて何度も説明をしてくれる、思想の告白書である。やがてニューエイジを経てニューサイエンスへと繋がってゆく神秘思想を、小説という形を借りて書くことで布教しようとしているとさえ思えるような作品というべきか。この本を手に入れた、頭の柔らかい十代の頃にちゃんと読んでいたら、もしかしたらそれなりに影響を受けたかもしれないけれど(まあ、読めなかったんだけど)、この年になって読むのは、かなり苦行に近かった。何と言っても、今となっては思想的にはやや陳腐な印象は拭えないし。後半、ちょっとくたびれてきてかなり走り読みにはなったけれど、こんな機会でもなければ、やっぱり読み通せなかっただろうと思う。どっぷりハマって読めば、非常に美しいイマジネーションが散りばめられた本ではあるとも思うが、積極的に人に勧められるような本ではないなあ。

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