漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 





「天界の眼: 切れ者キューゲルの冒険」 ジャック・ヴァンス 著  中村融 訳
ジャック・ヴァンス・トレジャリー 国書刊行会刊

を読む。

 「通好み」の作家として、一部に熱狂的なファンのいるヴァンス。かなり高い評価を受けている作家にも、ヴァンスファンであることを公言している人は多い。ぼくはこれまで二作ほど読んできたが、もちろん面白いとは思ったものの、正直言って、なぜそれほど人気が高いのか、よくわからなかった。けれども、この一冊を読んで、ようやく合点がいった。ヴァンスの想像力は軽やかで、こちらの斜め上をゆく。
 最初にタイトルを見たとき、「切れ者」という訳語を採用した意味がよくわからなかった。昔の翻訳ならいざ知らず、いまの時代に「切れ者」という、普段まず使わないような訳語をなぜ使うのだろう?けれども、読んで納得した。確かにキューゲルは、いろんな意味で、振り切れてる。思わず、「うわぁ……最低」と呟きたくなるような人物だ。無責任だし、自分勝手だし、セコいし、思慮が足りないし、厚顔無恥である。基本的に運には見放されてるが、悪運だけは強い。欲望に忠実で、自分のちっぽけな欲望のためにさえ、人が何人死のうが、女を裏切ろうが、なんの恥じることもない。普通のヒロイックファンタジーのヒーローには、あるまじき倫理観である。例えるなら、「パイレーツ・オブ・カリビアン」のジャック・スパロウは比較的近いかもしれないが、もう少しダメである。到底、お近づきにはなりたくない。「切れ者」というのは、褒め言葉というより、むしろ悪口なのである。
 物語の基本的な枠組みは単純である。
 キューゲルが〈笑う魔術師〉イウカウヌの宝物を盗みだそうとしたところ、あっさりと見つかってしまい、その罪を許すかわりに、ある宝物を持って来いと命令される。そして〈笑う魔術師〉イウカウヌの魔法によって、はるか彼方の、その宝物があるはずの場所へと飛ばされてしまう。なんとか宝物は手に入れるものの、大変なのはここからである。その場所から、〈笑う魔術師〉イウカウヌのもとへと帰らなくてはならない。イウカウウヌへの復讐(まあ逆恨みなんだけど)を誓い、波乱万丈の旅をする……といったもの。
 連作短編集なのだが、まあ、長編といっていい。この物語のすごいのは、最終話の「ありえなさ」である。まさかこんな終わり方をするとは、想像もしていなかった。力が抜けるというか、ヒロイックファンジーの定石を、ことごとく裏切る展開である。作中に登場するガジェットももちろん素敵だが、きっとこのあたりが、ヴァンスファンにはたまらないんだろう。

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