近代文明の弊[自分を見つめ]

無知で幸せな私が考える世の中

死後の権利

2017-07-12 23:11:11 | 日記
人は死んだら、現世とは何の関係もなくなる。
死者から何らか要求された人がいますか? 相続や葬式やその他もろもろの事は生きている残された人がすべて処理します。死者は一切、口出すことはできません(遺言がありますが、無視されても文句は言えません)。死者からアドバイスをもらうこともできません。
逆に死者に対して何か、できるとお考えですか? 好きだったお酒を飲ませたい。毎日お経を上げたい。大きなお墓に収めたい。先祖と一緒のお墓に納骨したい。死者が本当に望んでいるかの回答は得ることができません。

死は分かれなんです。断絶なんです。意思疎通はでき無いんです。
(だから別れの前にいっぱい話をして思い出をつくりましょうよ。)

死者が何を考えていたかを慮(おもんぱか)ることはできます。死者の意向に沿った行動はとれます。いかに死者を気遣い、敬い、懐かしんだとしても、返事は一切ありません。自分の自己満足にしかなりません。

ここで唐突ですが、著作権問題をどう考えるかです。
死んだ後、50年も権利を保障するのは長すぎると思います。
著作物を出版するには執筆者以外にも多くの人が関わっています。しかし、彼らは昔の家長制にぶら下がった扶養家族だと思います。出版社を生かすために執筆したのではないと思います。
著者がなぜ執筆するか? 私が思うに著者は世の中に発信したかったからだと思います。これが第一だと思います。決して家族の経済状況の改善が目的とは思えません。ウォルト・ディズニー(Walt Disney)だって金儲けのためだけにミッキーマウスを作ったわけではないでしょう。でも会社を維持するためには著作権の有効期間を長く保持したい。故ディズニー個人でなく会社の思惑でしょう。

死者の思いを最優先に考えると死亡後の著作権は速やかに公開するべきでしょう。公開すれば死者の主張がより多く広がることになります。出版社など関連企業、関係者を考えても死後5~10年が妥当ではないでしょうか。早ければ早いほうがよい。

死者は経済的な要求はしない。自己主張の拡散を望んでいるのではないでしょうか。

日本国憲法は死者の人権を認めていない。

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